(20)魔術と刃物の使い方
TUEEEにはしない予定だったのだが……?
まだ大丈夫だ。多分。
追加で一日寝込んでしまった。無念。
お昼のお祈りには賑やかしとして参加したけれど、ヴァレッタ姉様が代わりにくるくる踊って滞りなくお祈りは済ませていた。
神様に祈りながらも、見返りを求めず、お供え物を受け取ってくれるのを喜んでいるだけなので、神様からは微笑ましく見られているかも知れない。
私の頭の中は打算だらけだから、ちょっと皆の純真さに申し訳無くなったりもするけれど。
どうにも前世の影響で、神様は敬うべきものと思うよりも、犬猫の様に何処にでも居るのだから上手く適切な距離を取って付き合っていくものと考えてしまう。
京都や奈良に住んでいれば、二三百メートルも歩けばお地蔵さんや誰かの古墳に行き当たると言っても言い過ぎでは無いし、そんな喩えを出さずとも、マイケルの手袋一つ祠の中に安置すれば、直ぐ様神様扱いされるに違い無い。何の変哲も無いそこらの石を積み上げて花を添えておくだけでも、一週間経てば供えられているのが花束になって石にも注連縄が巻かれていてもおかしくない気質だったのだ。
八百万の神と共に暮らす民にとって、絶対の神というのは理解し難い概念なのかも知れない。
尤も、聖神なんて絶対神を考え付いたのはこの国ばかりだろうから、原作世界の他の国々ではもっと気安い物なのかも知れないけれど。
兎に角一日寝込んでいる間は、その時間を無駄に過ごさない様にメイドに付いて貰って、街の事を教わったりした。
この領ならではなのかも知れないけれど、貨幣経済と物々交換がミックスされて、寧ろ魔石こそがこの領の通貨みたいになっているらしいのは面白い。
「お母さんの財布にコインが入ってるのなんて見た事が無いわ。私がお給金をコインで貰ってきたら、面倒臭いとか言われちゃうのよ?」
何だか領として手持ちの貨幣は少ないのに、魔石という独自の通貨で領内は思いの外に豊かな経済活動をしている感じだ。この辺りの事情を知らなければ、きっとグリムフィード領は伯爵領にも拘わらず物凄い貧乏な領だと思われていそうだ。
教会が在るからそこから情報は上がっていると考えるべきだけど、魅力的な土地とは思われて無さそうなのにちょっと安心する。それは諸々の改革を進めるにもその分猶予が出来るという事だから。
そして次の日。一日寝込んだ間に、礼拝堂手前左の小部屋が、お願いした通りに調えられていた。
私に合わせた机と椅子。箱に詰められた石材や木材。棚の中には布や糸。但し道具類は大人用。
本当なら、それら道具の握りを削って、自分用に調えるのが初めの作業になるのだろう。
でも、私には考えが有った。
私は既に魔術師として目覚めていて、人族の特徴としては無属性魔術に秀でている。無属性とは属性の偏りが無い魔の力で、物理的干渉に優れている。
そして、魔術師としての魔術を使う感覚というのは、見えない魔力の腕を動かす様な感じだ。
それなら、態々道具を子供用に調えなくても、魔力の腕で大人用の道具を使えばいいじゃ無いか。
箱に入っている石材や木材は、彫刻用の軟らかい物を頼んでいる。何れしっかり硬い材料で造りたいとは思うけれど、まずは造って神々の神像を揃える事が大事だ。
でも、そんな軟らかい材料でも、五歳児にとっては樫の古木か花崗岩かといったところ。
そういう意味でも魔術を駆使するのは必要不可欠だった。
小部屋にはまだ最低限の物しか無いけれど、逆に言えば最低限の物は揃っている。
それなら早速取り掛かろうと、私は後を付いて来ていたシオンを部屋の中から締め出した。
「ぷ、プルーフィア様!?」
「駄目! 集中出来ない方が危ないのよ?」
何方も高さ三十センチ程の石材と木材を机の上に運んで、鑿や鎚、彫刻用の小刀を机の上に出しておく。
鍛冶屋で使う革のエプロンと面頬に、一番小さい革の手袋も用意してくれていたので、それらをしっかり身に着けて椅子に座る。
小部屋入り口扉の小窓からシオンが覗いていたから、睨み付けながら強く首を振ったら、シオンの姿が小窓がから消えた。
どうせ直ぐにまた顔を出すのだろうけど、集中するまでの時間を稼げればそれでいい。
目の前で掌を上に向けた大きな革手袋。整然と並ぶ刃物類。
「オペを開始する」
うん、作戦だよ作戦。手術でもいいけど。
そうして私は神像作りに取り掛かったのだった。
まぁ、こんな完全防備なのは理由が有る。
彫刻に魔術を利用するとして、ゲームに出て来た無属性魔術のイメージは、身体強化と純粋な暴力だ。技の名前もメガパンチやギガパンチ、或いはバーストランスと言った、如何にも弾け飛びそうな物が多い。
原作ではもっとスマートに斬撃を飛ばしたり、遠くの物を引き寄せたりしていたが、万が一を考えるなら安全を期すべきだろう。
小刀に無属性魔力を纏わせる。石材に触れる。爆発した礫が! なんて事になったら目も当てられない。と言うより目が危険。
幸いな事に、実際にこの手で小刀を持つ訳では無く、無属性魔力で小刀を持つのだから、分厚い革手袋をしていても邪魔にはならない。私の小さな手の外側に、無属性魔力で出来た大人な大きさの腕が有るイメージだ。
既に魂との合一を果たしているからか、小刀は普通に手で持っているかの様に宙を舞い、漫画やアニメに囲まれて育った赤石祥子のイメージ力の賜物か、小刀は呆気無く無属性魔力をその刃に纏った。
その刃を切り落とす事が確定している木材の角に滑らせる。
硬いチーズか冷たいバターかの様に、角は容易く落とされた。
「おお!」
思わず声が出る。実は既にそれなりの攻撃力が有るのかも知れない。
因みに前世では怪我をしない様にナイフの刃は外に向けると教えられていたけれど、外国ではその逆で、体の前で刃を内側にしっかりと固定して切りたい物の方を動かすのが常識と聞いた。
確かに危険物は止まっている方が安全だ。他者が周りに居たらと思うと、その意味でも外国での教えに軍配が上がりそうだ。
だからと言って、木像を彫るのに木材の方を抱えて刃物に当てるなんて事は誰もしない。
確かに私はこの国の中で、他の誰も知らない事を知っている特異な存在なのだろう。
でも、それらの“常識”にも、想定している事柄や、前提となる条件が有って、何処でも通じる訳じゃ無い。
この国に蔓延る出鱈目な決まり事も、それが必要とされた経緯や、定められた理由が有るのだから、それを知らずに簡単に否定していい訳じゃ無い。
ふと、そんな思いが胸の中に湧き上がる。
どうやら敬虔な信者とは成れずとも、謙虚な気持ちはこの身の内にも有った様だ。
それが神様の像を造るという場で心が定まり、表に現れた様な気がする。
角を切った木材を端に寄せる。
続けて小刀を石材の角に滑らせると、刃に当たる前に一センチ程の切り込みが出来て、刃は石に当たった所で止まっていた。
成る程、無属性魔力が極薄の刃になって切る事は出来ても、元々の小刀の厚みは如何ともし難い模様。木材も角だから切れたけれど、厚みの有る部分ならそれなりの力を掛けないといけなさそうだ。
勿論無属性魔力で力業に押し切る事は出来そうだけど、無理をするのは禁物。
無理矢理力を込めなければ、防具だって要らない。
私はまず机の上の刃物を片付けてから、椅子から降りて防具を脱いだ。
角の欠けた木材も、箱の中に戻しておく。
スケッチ帳と木炭棒を持って戻り、椅子に座る。
石材の四面に、原作や漫画、アニメに出て来たエイラール様の姿を思い出しながら、木炭棒でその姿を描いていく。
その後はただカリカリと、神像を造る音だけが小部屋の中に響くのだった。
ナイフの使い方は本当、国が変われば常識も変わりますよね。




