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(2)岐路 ~好転~

 二話目だー!!

 グリムフィード伯爵家の当主イルカサルが朝の食卓に着くと同時に、一人のメイドが食堂へと駆け込んで来た。


「プルーフィアお嬢様が高熱を出して魘されてます!」

「何だと!?」


 直ぐ様イルカサルは立ち上がり、娘の部屋へと走った。

 四女のプルーフィアは、尋常ならざる産まれ方をした所為か、三歳に成るまでは直ぐに熱を出していつ死んでしまうかも知れない危うさが有った。

 三歳を過ぎてからは安定したと思っていたが、まだ気を抜くには早かったのだろうか。

 そんな想いを抱きながら、娘の部屋へと駆け込んだイルカサルは、荒い息を吐きながらぐったりと寝込んだままのプルーフィアを其処に見た。


「あら、お父様? お早う? どうしたの?」


 そのまま駆け付けるつもりだったイルカサルは、苦しそうなのに暢気なプルーフィアの言葉に勢いを削がれて、その隙にイルカサルの脇を侍女の一人が擦り抜けていた。

 そしてそのまま脇机の上に有った本を退けて、その上に氷嚢を据え付けている。


 確か第一夫人のヴァチェリー付きの侍女、シオンだ。

 ヴァチェリーはすっかりプルーフィアと目を合わせる事もしなくなったが、その侍女であるシオンは何かとプルーフィアを気遣っている様子を見せる。

 それを、表には出さないヴァチェリーの気持ちを代弁しているものとイルカサルは信じたかったが、それにしてももう五年だ。

 伯爵として第三夫人まで娶っているイルカサルだが、その誰よりも愛しているヴァチェリーの頑なな様子には、深く心を痛めていた。

 伯爵夫人としての役目にも今は問題無く対応しているが、プルーフィアが社交界デビューを果たす頃にはどうしても襤褸が出るだろう。

 プルーフィアの寂しげな様子を見ても、過去を乗り越えるべきはヴァチェリーなのだ。


「あ、冷たくて気持ちいい。――私、また熱を出しちゃったのね」

「ああ。今日はこのまま休んでいなさい。食事は後で食べ易い物でも持って来させよう。

 他に、何か欲しい物は有るか?」


 いつもならば、その問いにはその時々に応じた果物や菓子の名が返って来た。

 しかし、今日ばかりは趣が違ったらしい。


「じゃあ、ちょっとだけ我が儘を言ってもいい?」

「うん? 何だね?」

「今日はお母様に手を繋いで貰って、ずっと一日お喋りをしていたいわ」


 その言葉に胸を突かれたイルカサルだったが、思いの外に穏やかな様子のプルーフィアを見て、妙に気持ちが揺り動かされた。

 何かに突き動かされる様に振り返って見れば、部屋の入り口には顔を強張らせたヴァチェリーが佇んでいた。


「ヴァチェリー、プルーフィアを頼めるか?」


 普段のヴァチェリーならば、それに頷く事はしなかっただろう。

 しかしヴァチェリーは頑なな表情のまま、数歩足を踏み出したのである。


「……シオン、二人の事は任せたぞ」

「――はい。畏まりました」


 ヴァチェリーの侍女に後を任せて、イルカサルは食堂へと戻る。

 沁みる様な不思議な期待を胸に抱いて。



 結論から述べるならば、ヴァチェリーとプルーフィアの関係は劇的に改善した。

 あの日、晩餐の場に現れたヴァチェリー達三人共が泣き腫らした眼をしていた。食事の間も、ヴァチェリーは時折涙を溢しながらも膝の上にプルーフィアを抱き上げて、手ずから匙で食べ物をプルーフィアの口元へ運ぶ等、甲斐甲斐しく世話を焼いている。

 それは五年の欠落を埋める様に甘やかして、またプルーフィアも存分に甘えている様だった。


 因みにプルーフィアと同腹の兄弟姉妹は、長男ジャスティン、次男アドルフォ、次女ヴァレッタの三人だ。ジャスティンとアドルフォは王都の学園に通っているから、今この丘の上に建つ領主城館で暮らすのは、イルカサルとヴァチェリーの他は、ヴァレッタとプルーフィア、それに使用人達となる。

 ヴァチェリーは寄親であるアクトー侯爵の娘であり、政略結婚なのには違い無いが、イルカサルにとっては幼い頃から挨拶にお伺いする機会も多かった侯爵家で、見事胸を射貫いていった秘密の思い人だった故に、蜜月を過ごす二人の住処を第二夫人以下とは分けたのである。


 長女マリエと三女エイラ、四男エドは第二夫人エマとの子供、三男ロジャーと五女リジーは第三夫人ラズリーとの子供だ。

 エマは寄子の中でも政務を任せている家の娘であり、城館の在る丘の麓に他の一族と共に住まわせている。

 ラズリーは領都の有力商家の娘で、暮らしているのも街の中となると、殆ど妾の様な扱いだ。

 しかし血縁を用いた統治の手法が一般的と成っている世の中で、イルカサルもヴァチェリーだけで良しと押し切る事は出来無かった。

 故に扱いを変えて立場の違いを示してきたが、曲がり形にも夫の役目を果たすならばどうしても子は出来る。

 エマが今も身籠もる子を含めるなら、既に数の上ではヴァチェリーに並んでしまった。もうヴァチェリーに子は望めないのにだ。

 その事が益々ヴァチェリーを追い詰めたのか、最近はどれだけ言葉を重ねても笑顔を見せる事は無かったのだが……。


 今はプルーフィアと見詰め合って、思い出したかの様にくすくすと笑っていた。


「も~……お父様もにやにやして気持ち悪いですわ」

「いや、お前もヴァチェリーが笑っているのは嬉しくは無いのか?」

「それは嬉しいですけど、遅すぎますわよ。も~」


 そんな遣り取りをイルカサルがこれも眼を腫らしたヴァレッタとしていたら、ヴァチェリーに抱き付いたプルーフィアが、頬を膨らませたヴァレッタを悪戯気な瞳で見ていた。


「お姉様の抱っこより、ずっと嬉しくなるのよ?」

「当たり前でしょ、も~。後で(わたくし)も一緒に抱っこしちゃうわよ!?」

「きゃあ♪」


 手を伸ばしたのはプルーフィアだったが、ヴァチェリーはそれに応えた。

 そして今、こんなにも幸せな時間を過ごしている。


 母娘の蜜月は何日も続いたが、或る日珍しくヴァチェリーが一人でイルカサルの執務室を訪れた。


「珍しいな。もうプルーフィアとは一緒で無くても良いのか?」

「ふふふ、直ぐに戻りますわ。少しだけお喋りをしたくて」


 優しく微笑むヴァチェリーに、イルカサルは体の向きを変えて続きを促す。


「一つはね、倉庫にしている昔の礼拝堂をプルーフィアが欲しがっているの。彼処をプルーフィアの部屋にしてしまってもいいかしら?」

「礼拝堂を? しかし彼処は使い難いだろう?」

「丸い部屋がいいらしいわ。窓を塞いでいる板を剥がして、開け閉め出来る様にして欲しいのですって」

「ふむ――」


 プルーフィアが欲しがっているという礼拝堂は、古い城館に設けられている事の多い庭に突き出た円筒形の堂だ。

 城館から礼拝堂に入るには、まず一つ両開きの扉が有り、其処を抜ければ左右に小部屋が有る短い通路が有り、突き当たりに礼拝堂に入る為だけの本当に小さな小部屋が有り、その小部屋の中に大人なら身を屈めねばならず、太っているならば閊えてしまいそうな小さな入り口が設けられている。

 礼拝堂に入れるのは、その小さな入り口一つしか無い。

 礼拝堂の中は高い場所に大きな窓は並んでいるが、低い場所は握り拳程度の幅しか無いスリットの様な細い隙間が壁に開いているだけで、折角庭に面しているのに其処から出入りする事は出来無い。

 つまり、何処と無く薄暗く、それでいて全周に隙間が開いているから風や湿気は我が物顔で通り抜けて行く厄介な部屋だった。


 教会派と訣別してからは用いられる事も無く、今は窓にも板を張り付けて倉庫としているが、それにしても使い辛い事には変わりない。


「――プルーフィアが使うならば、壁に扉でも設けるか」

「ふふふ、それはあの子と話をするのがよろしいですわ。でも、私はあの子の言う事なら、何でも聞いてしまいそうですわよ」


 イルカサルも、ヴァチェリーのその言葉には全く同意だったのである。


「ところで、もう一つのお話ですけれどね?」


 イルカサルは、掌を胸の前で合わせて、悪戯気に微笑むヴァチェリーの姿に油断していたのだろう。


「今迄そんな素振りを見せてはくれませんでしたけれど、“ユイリーローズ園の女神”に何か言う言葉は有りませんの?」


 え? とイルカサルは呆けて、次の瞬間にはぶわっと熱が顔面に昇って来た。

 慌てて鍵付きの引き出しを開けてはみるが、隠していた日記を誰かに見られた形跡は無い。

 ほっとイルカサルが一息吐いた時、その視界に(たお)やかな手が映り込む。

 はっと仰ぎ見れば、にや~と笑みを浮かべたヴァチェリーが、その手を愉し気に差し出していた。


 やってしまったと狼狽えるイルカサルがそっと引き出しを閉じようとするのと、それを押し留めるヴァチェリー。勝負にすらならない攻防の末に、秘密の日記はヴァチェリーの手に渡る事となる。

 真っ赤な顔を手で覆って、執務机に突っ伏したイルカサル。


「ふふふ、どうして日記の始まりが私と出会ったその日なの? 八歳の日から、ずっと思ってくれていたのかしら?」


 イルカサルに返す言葉は無い。


「うふふふふ、宝物を手に入れてしまいましたわ♪」


 しかしヴァチェリーの喜びに溢れた声を聞いていると、イルカサルの胸の中にもじんわりと幸せが広がっていくのだった。



 もしもヴァチェリーとプルーフィアの和解が成り立っていなかったならば、少しずつイルカサルは感情を押し殺して行っただろう。その結果としての情の無い振る舞いは冷血の名をイルカサルに与え、善悪を顧みない施政には恐怖の感情を返される事になるだろう。

 それが本来の運命だったのだろうが、イルカサルは幸せな家庭を手に入れた。

 運命の岐路を越えて、失意と諦めの人生では無く、幸せと喜びの人生へと進路は切り替わる。

 それを祝福するかの様に、ユイリーローズ園の女神が転がす笑い声は、軽やかに響き渡るのだった。

 書く時に計算して書いたりしてない私こと作者。

 本作は知識チート持ち転生者を書きたいだけなのです。

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