(16)大人に任せてしまう事
今回で、鬱要素は全部膿として出し切って、次から明るい展開が続く予定です。ちょい長め。
そう、ここでもそう。
原因が有って結果が有る。プルーフィアが悪役令嬢になっていたのを、教会排斥派の娘だからと単純に考えてはいけなかった。
悪役令嬢と言っても、ゲームに出て来るプルーフィアの本質は孤独だった。
プルーフィアを孤独にしていたのは誰なのか、それを理解していなければならなかった。
お母様は壊れていた。お母様を壊れたままにしていたのは誰?
お兄様達やお姉様には可愛がって貰ったけれど、後二年もすればヴァレッタお姉様も王都の学園へと向かうのだろう。
それからの六年間、私を孤独なままにするのは誰?
敵でも無ければ悪でも無いけれど、私が私らしく生きて行こうとする時に、私の前に立ちはだかる物。
頑冥で愚昧で信じたくない事は理解しようともしない、グリムフィード領の改革を阻む物。
それがお父様だ。優しく見えたお父様だったんだ。
気が付いてしまったそんな事実に慄いていると、私が考え込んでいる間もお父様と遣り合っていたネイサン叔父様が、嘆息と共に言いました。
「認識が全然違ってるんだが、兄貴の頭の中はどうなってんだ?
いや、俺の考えも確かめた訳では無いな。
プルーフィアはグリムフィードが攻められたら、どうなると考えてるんだ?」
その問いは、私がお父様の抱えている問題に対して分析をしようと思っても、お父様の事を私が殆ど知らないという事実に気付いて息を呑んでいた所に発せられたので、答えはオブラートに包む事も無く、私が思っていた事を口からそのまま垂れ流してしまう。
「まず、尋常に名告りを上げたりなんかしないで、山肌を駆け下りてきた後は野党の様に襲い掛かって来ると思うわ。街壁も門も打ち破られて、競争の様に人々は狩られて、街は血の臭いと悲鳴に満たされるのよ。女の子は多少長生き出来るかも知れないけど、陵辱されて、攫われて、死ぬまで玩具にされるわね」
「馬鹿な! 王国騎士団だぞ!?
――いや、プルーフィア、王国騎士団は騎士の誓いを立てているから、そんな酷い事はしないのだよ」
「そういう思慮深い騎士は、教会に逆らったなんて名目での戦争からは距離を置いて様子見するから、嬉々としてやって来るのは私達を人間とは思って無くて、寧ろ遣りたい放題に出来ると踏んでる人達よ?」
「全員がそうなど考えられん!」
「いいえ、そんな人達の中に真面な騎士が居た方が危険ね。真面な騎士は彼らの中で殺されて、私達がその罪を擦り付けられる事になるわ。皆殺しの名目が立ってしまうわね」
「み、皆殺し!?」
「そうよ? 生き残りに証言されたら困るから、玩具にする分を確保したら皆殺し以外無いじゃない。私やお母様も景品扱いで、お父様は最後まで生かされて、私達が壊されていくのや街が炎に包まれるのを無理矢理見させられるのね」
「ば、馬鹿な!?」
そうして垂れ流してしまった最悪の想定だったけれど、言っている内に案外良い手なのではと思えてきた。
お父様の抱える問題が分からないなら、ショック療法的に最悪の想定をぶつけてみて、認識を革めさせるのも手では無いかと思ったのだ。
だからもう少し「お父様の所為で皆死ぬ」とか「お父様が殺した様な物」とか言おうとしていたのだけど、その前にネイサン叔父様が後を引き取ってしまった。
「いや、プルーフィアの口からここまでの言葉が出て来るとは思ってなかったが、俺の想定も似た様な物だぞ。
つまり、その時領民や家族が死ぬのは、兄貴が何の備えもしなかったからだな。その自覚は有るか?
自覚が無いならもう口出しするのは止めておけ。
前から言ってるが、兄貴は自分を綺麗に見せようとして、その結果無難な選択肢を選んでいるつもりなんだろうが、実際はやるべき事を悉く外して無難な所か只の無能だ。
兄貴はヴァチェリーさんを癒やせなかった。プルーフィアは母親を取り戻した。この違いもそれだ。分かったな?」
でも思いの外にネイサン叔父様が言いたかった事を言ってくれたので、思わず拍手をしてしまいそう。
そしてネイサン叔父様はもうお父様を完全に視界から外して、私へ向き直って言った。
「話を戻そうか。脱出路となるのは大河しか無い。騎士と探索者の実力向上を含めての長期――そうだな、十年計画といった所だが、王都や教会の目は逸らしておきたい。単純に河辺の開発を始めたというのでも良いのかも知れないが、出来ればそういうグリムフィード領の発展を匂わせる理由では無く、何かの大事故が起きての衰退を思わせる物としたい。旨味が有れば賊も寄って来るだろうが、近寄る事も厭われる様なら態々攻め入られる事も無いだろう。
無茶振りをしているのは承知の上だが、そういう何かに心当たりは無いか?」
愕然としているお父様は放置だけど、ネイサン叔父様にお任せすれば大丈夫かも。
そう思って期待に応えようと原作の知識を漁っていくと、原作に出て来たのは僅か数頁のロズムの洞窟を思い出した。
英雄を夢見て冒険者となった少年少女が、とある村を訪れる。村ではどんな治療も効果を示さず衰弱死する奇病が流行っていた。少年少女は患者達の共通点がロズムの洞窟に立ち入った事だと突き止める。ロズムの洞窟に入って原因を突き止めようと意気込む少年と、止める仲間達。しかし結局は村の大事なロズムの洞窟に余所者を入れる訳には行かんと拒絶され、更にはその洞窟が原因だと言う少年少女は憎しみをもって村を追われる事になる。
二百冊以上有る原作のそれも初期の話だ。それを読んだ頃はまだ中学生で、主人公達の糧になる訳でも無いエピソードは、ただ怖かった憶えが有る。
それ故に憶えていたのだろうけれど、二百冊続いた原作を読んだ上で考えるなら、ロズムの洞窟も恐らくはダンジョンだったに違い無い。
それも死や病の属性を持ったダンジョンだ。
ダンジョンに潜って身に付いた魔力を、引き剥がす方法なんて原作には出て来なかった。もしかしたら魂との合一を果たした魔術師なら、死の魔力もそれはそれとして操って、その影響を受けずに済むのかも知れない。それは火の魔力を得ても体が燃え出す訳では無い様に。
でも、火の魔力を得れば寒さが和らぐと言うし、光や闇の魔力を得れば夜目が利く様になるという。影響を受けない訳じゃ無い。
「呪われたダンジョン、とかどうかしら?」
「……何だその物騒な名前のダンジョンは?」
「ダンジョンには風とか水とか属性が有るわよね? その属性が死とか病とか老いとかのダンジョンよ? ダンジョンで得た属性の魔力は引き剥がしたり出来無いから、死の属性をダンジョンで得たりしたら、どんな治療も効かずに衰弱していって死んでしまうかも知れないわ。魔術師なら制する事も出来るかも知れないけど」
「そんな恐ろしいダンジョンが有るのか!?」
「理屈は通ってるわ。
ん~……それと、ダンジョンじゃ無いけど、呪物の呪いを解くのに大量の魔石に埋める方法が有るらしいわ。魔石が必要になる理由には十分かしら?」
「……ああ! 期待していた以上の、最高の情報だぜ! 後は俺に任せな。直ぐに探索者ギルドにも話を通して、文句が出ない計画を練り上げてやらぁ!」
と、そのままネイサン叔父様は執務室を出て行こうとしたので、慌てて呼び止めた。
「あ、ま、待って!」
そうして呼び止めておいて、私は項垂れたままのお父様に向き直る。
「お父様、今ここで会話した通り、呪われたダンジョンが見付かった事にして河辺の開発をするわ。ネイサン叔父様が細かい内容を詰めて、お父様もそれに従うと言う事で良いわね?」
「……か、考えておこう」
お父様に念押ししたら、案の定な答えが返ってくる。
ネイサン叔父様が気色ばむ気配を感じるけれど、今はまだ私のターンだ。
「駄目よ。お父様の考えておこうは、答えを出すのを先延ばしにするだけの卑怯な言い方なんだから。
い~い? 私、お父様の事が良く分からないでいたけれど、ここでのお話やネイサン叔父様の言う事を聞いていて分かっちゃったわ。お父様は信じたくない事は理解しようとしないの。目を背けるの。考えようとしないのよ。
でもね、物事には原因が有って結果が有るのよ? 良く見て理解しようと考えないと、原因は見えてこないの。
お母様が心を閉ざしていたのも原因が有ったわ。でもお父様はそこをしっかり見て考えようとしなかったから、もっと早くにお母様を救えていたかも知れないのに、ずっとお母様を苦しめたのよ。
今の話だってそう。お父様が認めないでずるずる先延ばしにしたのを原因として、領民達が死ぬ結果になるかも知れないわ。動かなかったら酷い未来を招かない訳じゃ無いのよ。
それだけじゃ無いわ。原因と結果を考えられない人が動くと、全部台無しにしてしまうの。例えばこんな状況なのに教会に懺悔に行くとかね。
――どうしてそこで目を逸らすのよ!」
まさかのお父様の反応に、つい感情が激してしまう。
ちょっと落ち着くのに時間が掛かりそうだったけれど、顔を歪ませたネイサン叔父様が何事か吐き捨てようとしているのを見て、それを止めた。
ネイサン叔父様の目を見ながらしっかりと首を振る。
まだ、私のターンだ。
「お父様、こんな状況で教会に懺悔だなんて、頭を掠めるだけでもおかしいわ。お母様が聞いたら、きっとお父様の正気を疑うくらいに。少しでも真面なら、アクトー侯爵様に相談に行くかも知れないわ。でも教会には行かないの。
きっと教会で懺悔すれば、司祭様からは良く言ってくれましたとお褒めの言葉を授かるでしょうね。けれどその報告は王都へ行って、騎士の姿となって戻って来るわ。お父様は騎士達を満面の笑顔で出迎えるかも知れないけど、お父様の思惑とは違って騎士達は領主の一味を捕縛する為に来るのよ。そして私達は罪人として王都に護送され、見せしめとして処刑されるのよ。グリムフィード領には教会派の貴族が領主として派遣されて、重税を課せられ苦しい時代が始まるの。
お父様が一言でもここでの会話を外に漏らしたら、グリムフィード領は終わるのよ。だからと言って何も備えをしなければ、それはそれで何れ蹂躙されるわね。
ね? お父様の遣り方では皆が不幸になるだけなの。それは分かってくれたかしら?」
「な、何を言っ――」
「そうそう、領の大切なお話なのに、お母様が一緒で無いのはおかしいわ。次からはお母様にも入って貰えばいいのよ。侯爵様の娘だから、きっと鋭い指摘をしてくれるわね!
――ねぇ、お父様。私、お父様を嫌いになりたく無いわ。私、おかしな事は言ってないわよ。それを蔑ろにされてしまうと、私自身も取るに足らない物と思われている様な気持ちになるの。私、間違った事を言ってるかしら?」
「…………」
「答えてくれないのなら、私がお父様に言って上げる。お父様はおかしい。お父様の考えは間違ってるわ。――分かった?」
「わ、分かった」
「領を護る為の方針はネイサン叔父様が立てて、お父様もそれに従うのよ? それは誰にも言ってはいけないのよ? ――分かった?」
「……分かった」
「本当に本当なのよ? もし嘘だったら、お父様の事は大っ嫌いになるんだから。――分かった?」
「ああ……分かった」
私はネイサン叔父様に抱きかかえられて、お父様の執務室を出た。
部屋を出てからネイサン叔父様のハンカチで、びちょびちょになっていた涙と鼻水を拭われた。
結局お父様は私の言葉を理解してくれた訳では無くて、私の涙に押されて流されただけかも知れない。
でも、「分かった」と答えた。それは大きな前進だ。
本当に、こんな所にこんな地雷が埋まっているとは思わなかった。
でも、ゲームでのプルーフィアは打ちのめされた少女で、そうなるにはそれなりの理由が有る筈だった。
二年もすればヴァレッタお姉様も居なくなった館の中で、私を見ようとしないお母様と、プルーフィアの言葉に真面に返さないお父様と暮らす事になる。
メイドやボーイが慰めても、きつい家庭環境だ。
毒になる親は何も暴力を振るう親ばかりでは無い。子供の人格を認めないだけでそれは猛毒だ。そんな家で六年も暮らさなければならなかったプルーフィアは、どれだけの絶望をその身に刻んできたのだろう。
幸いにして、今の私には魂の記憶付きだ。知識として毒になる親への対処方法は知っている。
必要なのは相談出来る理解者だ。一人で毒になる親と戦うのはとても厳しい。
その上で乗り越える為には、毒になる親と対峙して、あなたは毒だったのだと認めさせなければならない。
そうで無ければ区切りを付ける事も出来ず、新しい一歩を踏み出せないのだから。
お父様を糾弾したのは、領にとっての毒になるとの意味合いだった。しかし、王都の学園に通うプルーフィアを知っている私にとっては、私の毒にならないでという慟哭にも等しかった。そして赤石祥子にとっては前世で果たせなかった事の成就を思って泣いているのだろう。
感情が溢れて折角合一した魂もばらばらになりそうだけど、哀しみの中に胸に灯る熱が有った。何かを遣り遂げたという誇らしさが有った。
「……どうする? 探索者ギルドでの話し合いを聞きたいなら連れて行くが」
「ううん、いいわ。私は明日のお祈りを成功させないといけないもの」
だから私は前を向く。私の決めたこの道が、きっと正しいと信じるから。
私と皆の幸せに、繋がっていると信じているから。
毒となる親は、そのままの名前の本が存在しますね。
正直こんな展開にする予定では無かった。
プルーフィアが原因と結果を考えないと駄目と溢した言葉で、悪役になりそうな父親が物を考える様になって、悪役ポジションから脱退する予定だった。
何故プルーフィアが悪役令嬢になってしまったのかという深掘りが、父親も駄目親にしてしまったのですよ。
でも、作者の別作品に出て来る駄目父と違って、立ち直る予定の父親です。
というか作中人物をプロファイリングしながら書き進めていると、それと似た現実世界の人物の内面腐り切ってるんとちゃうんかいべらんめぇ! 的な毒が溢れてきてしまう罠。
色々ともっと駄目出ししたいけれど、作品的にこの程度で留めている所も有るねぇ。
ストック無くなって自転車操業状態だけど、出来るとこまで毎日更新だー!
ではでは、また次回で~♪




