(11)退路は確保するものだ
どこまで連日投稿出来るだろう?
「成る程、プルーフィアの言いたい事は分かった。私は王都と事を構えるつもりは無かったが、何か有れば地の利も含めて対抗出来る物と思っていた。
それが間違いだと言うのだな?」
「抵抗すれば面白がらせるだけなのよ。それぐらいは力の差が有るの思うのよ。
でも歓待しても私達の事を人と思っていないなら、何をされるか分からないわ。
だから逃げるしか無いと思ったのよ」
再び、お父様はじっと考えている。
それを私は待っている。
頭の中ではちゃんぽんな言葉で喋っていても、口に出すと五歳児の言葉になるなぁと思いながら。
「いや、やはり王都と対立するのは形だけでも問題だな。教会に対して思う所は有るが、喩えどれだけ腐っていても王都と対立する気は無い」
暫く経ってからお父様が口にした言葉に、私は大きく頷いた。
王都とは対立出来ない。それは何よりもの前提だ。
「そうよ。逃げるのは最終手段だもの。王都とは対立しないわ。
逃げたとしても、それはちょっとした行き違いから生じた誤解なのよ。
グリムフィード領は、探索者の安全の為にダンジョンを整備して、大きな危険の無い低階層を憩いの場として解放するだけよ。
一応警備の為に、解放するダンジョンには騎士や兵士を常駐させて、深層は訓練にも使うかも知れないけれど、それは別に不思議な事じゃ無いわ。
もしかしたら、一般人でも入れるダンジョンとして、観光客も来るかも知れないわね」
再び難しい顔をしたお父様は、椅子から立ち上がって机を回り込んで私の前で跪くと、そのまま私を抱えて立ち上がった。
そのまま壁際へ向かい、壁に貼られた大きな地図を指差した。
……地図だったんですね。五歳の背丈からは何が貼られているのかなんて分かりませんでしたよ。
「地図の見方は分かるか? 領都グリームはここだ。先代が暮らす西都リンシャはここ、ジャスティンが跡を継いだ後に私が行く事になる東都ファイデンはここだ。
館の近くに尖塔が建っているのは知ってるな? 彼処からは西都も東都も見える。魔道具を用いて西都や東都と情報を遣り取りしているのがあの塔だ。
地図を見るとこの辺りも通れそうに思うかも知れないが、山歩きをするなら兎も角、馬車ではとても通れない悪路だ。グリムフィード領は山地と魔境に挟まれた天然の要害なのだよ。外へと通じる山の口は、西都と東都の前にしか無い」
「……この街だけじゃ無かったのね。そんなに一杯居ては逃げれないわ」
庭から眺めた領都が既にとても大きかったから、他にも街が有るとは思い付いていなかった。
そんな子供らしい浅慮に安心したのか、寧ろお父様は笑みを浮かべたけれど、でも逃げられなければ滅ぼされるかも知れないのだ。
逃げるのは大変。でも、逃げないといけないとすればどうする?
「グリムフィード領に入ってくる道を閉ざしちゃう? 王都の騎士なら突破しちゃうかも知れないけど」
「籠城の備えなら何時でも出来ているよ。十年だって平気だね」
「峠に大きな丸岩でも運び上げとく? 完全に敵対しちゃう事になるけど?」
「――既に有る」
こっそり秘密を打ち明ける様に言ったお父様を、思わず口を開けて見上げてしまう。
「そ、そんな大胆な事を考えてるなら、やっぱり逃げ道は要るわよ!? ――う~ん……う~ん……」
そして人が一所懸命考えているのに、微笑ましく眺めているお父様に段々と怒りが込み上げてくる。
――もういいや。全部言っちゃおう。
私はあっさりとそう決めた。
「お父様、誰にもまだ言ってないけど、私の魂が持っていた記憶の一つは、魂と繋がる事が出来無かった私が王都の学園に通っている間の記憶なの。
その記憶の中でお母様はエマとラズリーを滅多刺しにして殺してしまっていたわ。心を壊して世界の破滅を願っていたわ。
お父様は感情を殺して冷酷無比の氷の伯爵と呼ばれていたわ。ダイカンお爺様と一緒に、悪徳の化身と噂されていたわ。
そして私はお母様の愛情を得られないままに、教会排斥派の家の子だからか、悪の令嬢扱いされて、教会派の人と同じ事を言っても向こうは讃えられて私は蔑まれるの。
好きになった人が居ても、見せ付けられる様に奪われて、縋り付いたら当然の様に成敗されて、それで私は死んでしまうのよ。
私はそんな王都の学園に行きたくないし、そんな王都の学園で育った人達を信用なんて出来無いわ。
遊び半分で攻め滅ぼしに来る騎士達から逃げる道が用意されていないと、私はずっと安心なんて出来ないのよ!」
言ってから気が付いた。この言い方だと、私がタイムリープしているみたいに聞こえそう。
でも説明なんて出来無いし、お父様がショックを受けた顔をしていたから口を噤む事にした。
「そうか……分かった。私ももう一度良く考えてみよう」
絞り出す様な声でお父様が言うのを聞いて、確かにこの場で結論を出す問題でも無かったと思い返す。
懸案は出したんだから、後はそれぞれ熟考してからで良いよね?
~※~※~※~
プルーフィアが可愛らしい手を振って執務室を去るのを見送ってから、イルカサルはその場で頽れて床に両手を突いた。
ポタポタと落ちた水滴が煌びやかな絨毯に染みを作る。
次第に絨毯に爪を立てる手の甲に血管が浮かび上がる。
歯軋りをする口からは呻き声が漏れ始めた。
「……赦さん……赦さんぞ、赦すものか! 私のプルーフィアに! 王都の奴らめ、絶対に赦さんぞ!!」
血の涙も零れようというところに、パタンと扉が開けられた。
摺り抜けるようにして直ぐに閉じられたが、部屋の中に入ってきた男はイルカサルと面影が良く似ていた。
「またかよ。ついこの間まで泣きじゃくってたかと思えば今度は何に怒ってるんだ?」
領主の補佐をしている、イルカサルの末の弟ネイサンだった。
館に共に住めば良いと言われているのに、湖の畔の別荘で家族と共に楽しく暮らしている男だ。
「ぐぅぁああああああ!!」
そんなネイサンは、激情を呻き声に込めている兄に、面倒臭そうな視線を投げて、持って来た書類を机の上に置いた。
「そういう姿もちゃんと家族に見せろと前から言ってるだろうが。へたれ、格好付け、臆病者、甲斐性無し」
「お前に私の気持ちなど分からん!!」
「分かって堪るか。
一つだけ言っとくけどな、その調子で暴走したまま何かやらかしたら、まず間違い無く嫌われるぞ?」
「な!? ま、まさか!?」
「当ったり前だろうが。家族に向き合わないだけで無くて要らん事までするなら、当然だな」
「ぬ、ぬ、ぬぁあああああああ!!!」
膝立ちで頭を抱えて悶えるイルカサルを横目で見ながら、再びネイサンは溜め息を吐いたのだった。
情景描写が削られているから、却って分かり難くなってる気がする。




