第5話 よく頑張ったね
魔法を使う為の下準備をした後、眠りについた実結は、薄い桃色の雲のようなものに覆われた、ふわふわした夢の中にいた。少しすると、光と共にドラゴンの姿をしたシロガネが現れる。
〈まさか君の方から誘われるとはね。まあ、この状況なら当然かな〉
シロガネの言葉に実結は頷く。
「明日中には解決したいので、お手伝いお願いします」
シロガネは頷いて、微笑んだ。
〈もちろん。君の力になろうって言ったからね〉
「ありがとうございます。それで、シロガネさんに手伝ってほしいのは……」
そう言って実結は、シロガネに魔法を発動させる為の準備について話す。
「―――ということなんですが、大丈夫ですよね?」
〈うん、もちろん大丈夫だよ。明日の朝食後、始めよう〉
夢の中での会議は、これでお開きとなった。
翌朝、朝食を食べた実結は、こっそりと人間の姿をしたシロガネと合流した。そして、シロガネに数百枚の、魔法陣が描かれた二種類の紙を渡す。
「これは学園と寮を囲むように。こっちは立て籠もっている教室の、下の教室に貼ってください」
実結がやろうとしているのは、広範囲に影響を及ぼす大魔法だ。大魔法を使用する場合は、効果を出したい範囲に円を描く必要があり、実結は微弱な魔力を込めた札で円を描くつもりだ。そして、実結が呪文を紡ぐことによって、魔法陣は完成し、魔法が発動するのだ。
「私は寮の側からやるので、シロガネさんは学園側からお願いします」
「分かった」
「ここからは姿を隠して行動した方がいいですね……姿隠し」
実結がそう呪文を紡ぐと、二人の姿が周囲と同化して見えなくなる。その名の通り、自分や任意の相手の姿を周囲から見えなくする魔法で、魔法を使った者の持ち物も、持ち主から離れても半日は周囲から見えなくなる。
そして実結とシロガネはそれぞれ分かれて札を貼っていく。ちゃんと円になっているか確認しながら貼るので、どうしても時間がかかるし、手間もかかる。
こんな面倒くさいこと、もといた世界の自分だったら、絶対にやらなかっただろう。札を床に貼りながら、実結はふと思った。あの頃は苦労までして、何とかしようと思うことなど一つもなかった。だが今は、実の親より信頼できるルーがいるし、たくさんの契約してくれた魔族がいるし、大切な友人達もいる。だから、たとえ面倒で大変でも、学園を影ながら助けたいと思えるのだ。
昼食を取る為に一度休んだ後、また再開して、午後二時頃、二人はついに札で円を描き終わった。そして、結界を張り人避けをした、円の中心の下の教室で、実結はまず学園を占拠したグループを拘束する呪文を紡ぐ。
「拘束」
そして続けて、学園の関係者にかけられた封印魔法を解除する大魔法の呪文を紡いだ。
「広大・解放」
隠されていた円状に貼られていた札が一斉に光を放ち、その光は学園の敷地内に一瞬で波のように広がる。その数分後、ざわめきと共に学園を占拠したグループの全員が、学園の外で待機していた犯罪管理局の管理官達に連行されていった。それを実結とシロガネは二人きりの教室の窓から見下ろしていた。
「学園のほとんどの人は、学園長が解決したと思ってるだろうね」
シロガネの言葉に実結は頷く。
「それで構いません。私は、正義の味方になりたいわけじゃないですから」
そう言った実結の表情は、どこか嬉しそうだった。本人はほとんど自覚がないが、自分が大勢の人の役に立ったことを、とても喜んでいるのだ。
そんな実結の頭を、シロガネは優しく撫でる。
「大丈夫。君が頑張ったことは、私が目の前で見たから。……よく頑張ったね」
実結は恥ずかしくなって、思わずうつむく。ふと窓の外から視線を感じて、実結はその方向に目を向ける。
校門の近くに、一人の犯罪管理局の管理官が立っていた。他の管理官は既にいなくて、彼一人だけがいて、実結を見ているように見えた。
「―――ミユちゃん?」
シロガネの言葉にはっとして、実結はシロガネの方を向く。シロガネは少し心配そうに実結を見つめていた。
「窓の外を見てぼーっとしてたみたいだけど、大丈夫?」
「あ、はい。全然大丈夫です……」
そう答えて実結がちらりと窓の外を見ると、管理官の姿は既にそこから消えていた。