第2話 面倒くさいことになるかもしれないけど
翌日、午前中の授業を終えた実結は、友人達と昼食を食べる為に学生食堂に向かう為に廊下を歩いていた。すると途中で、数十人の生徒が、がやがやと集まっているのが見えた。誰か一人を中心に、女子生徒が集まっているらしい。時々、かっこいいといった声が聞こえて、どんな集まりか容易に想像できた。
ああいう人達とは関わらない方が身の為だ。そう思って横を通り過ぎようとした時、実結は背後から声をかけられた。
「おーい、ミユちゃーん!」
明らかに名前を呼ばれた。しかも、最近聞いたことがあるような声だ。実結が振り向くと、生徒の塊の中心にいる人物が、手を振ってにこにこしていた。透き通るような銀髪と、黒曜の瞳の男子生徒だ。その身覚えのある色に、実結は嫌な予感がした。
他の生徒達が実結に気づく前に、実結はその場から早足で立ち去る。ここで普通に対応したら、多くの女子生徒を敵に回すことになる。いじめから逃れたはずなのに、再び似たような状況になるのは、さすがにごめんだ。
実結は学生食堂に着くと、待っていた友人達に用事が出来たと断りを入れてから、学園の屋上に向かう。階段を上り、屋上に続く重い扉を開ける。一瞬強く吹く風に思わず手を顔の前にかざすが、すぐに風は止んだ。自然と閉まった扉の音を背後で聞きながら、実結は周囲を見回す。とりあえず、今ここには誰もいないようだ。
実結はほっとすると、右耳につけたイヤリングに手で触れる。
「……解除」
そう呟くとイヤリングが一瞬輝き、魔力の一部が解放されたのを感じた。高等部になってからは、イヤリングの方でA程度、ペンダントの方も解除するとぎりぎり特級にならない程度の魔力値になるようにしてある。周囲の年齢による平均魔力に合わせて、という理由もあるが、実結自身の魔力値が上がり続けているからだ。
魔力値をA程度にした実結は、魔法を発動させる呪文を紡ぐ。
「結界」
その瞬間、実結を中心に、屋上一帯が透明な結界に覆われる。これにより、自分よりも魔力の低い者はここに来ることが出来なくなる。いわば人避けだ。今ここに来るのは魔力値Aなど軽く超える者だから、問題ない。
すると、屋上の扉が開かれ、待っていた者が来る。銀髪と黒曜の瞳の男子生徒。あれは、人間ではない。
「せっかく声をかけたのに無視されちゃったから、ちょっと悲しかったよ? でも、会う準備をして待っててくれたから、全然良いんだけど」
人間に化けたそれは、そう笑いながら実結に近づく。
「……あんなところで話しかけられたら、逃げたくもなりますよ」
ため息をつく実結の口調は敬語だ。目の前にいる彼が、昨日契約したばかりのシルバードラゴンだからだ。
ドラゴンは人間に化けることが出来る。それは中等部で学んでいたから知っていたことなのだが、ドラゴンなど滅多に会える存在ではない。だからその姿を見るまで失念していたのだ。魔力は抑えているようだが、まさかあんなに堂々と学園をうろついているとは思わなかった。
「実は普段、生徒と一緒に授業を受けているんだ。守護竜ではあるんだけど、ここ百年は戦争なんてないから、すごく暇なんだ」
暇だからと人間に化けて授業を受けるドラゴンがいるなんて。実結は半分呆れた表情になる。それでさらに人間の姿がイケメンだから、女子にモテているとは、ずいぶんと青春を謳歌しているドラゴンだ。
「……それで、私に会いに来たのは、何か理由があるんですよね」
気持ちを切り替えるように、実結はシルバードラゴンに問う。シルバードラゴンは先程までの笑顔を引っ込めて、真面目な表情になる。
「君には、他にも契約してほしい仲間がいるんだ」
「仲間ってことは、あなたと同じ守護竜ですか?」
実結の問いにシルバードラゴンは頷く。
「うん。他の二つの学園の学園長も、ここと同じで高齢だから、二重契約をしてほしいんだ。ただ……」
シルバードラゴンは一度言葉を切る。そして少し困った表情で言う。
「ただ、今度契約してもらう奴が、ちょっと血の気が多くてね。二重契約をすることにも納得してないから、面倒くさいことになるかもしれないけど、よろしくね?」
実結はその言葉で、一気にやる気が下がったのを感じた。