第34話 僕も君の練習に付き合うよ
棗の一族を滅ぼしてから、一週間が経過した八月の終わり頃。
実結は夢を見ていた。
どこかの街で、ルーと、自分と同じくらいの年の少女が親しげに話している。そんな、穏やかな夢を。
そして実結は少女の顔にどこか見覚えがあった。
朝になってから、実結はルーに夢のことを話した。
「その女の子のこと、誰だったのか覚えてますか?」
ルーは母親が魔族だったことから、三百余年生きている。かなり昔のことだとしたら、覚えていない可能性もあるが。
だがルーは考える間もなく、当然のように頷く。
「……もちろん覚えているよ。僕が旅に出てしばらく経った頃に、ある街で出会った子だよ」
今から約九十年前、旅の途中でルーはある小さな街に寄った。
ルーとしてはただ単に、日が暮れるので泊まる宿を探して寄っただけのはずだった。
だが、宿に泊まり、眠りにつこうとした時、ルーは何かを感じて宿を出た。
宿の外に出て、周囲を見回す。何かを感じたのは、ここからそこまで離れていない場所にある、境界の森の中。おそらく、今行かなければ消える命がそこにある。
ルーは躊躇うことなく駆け出した。
境界の森の奥地まで着くと、ルーは今にも廃魔に襲われそうな少女を見つけた。
「―――両具、解除。疾風!」
風の刃が廃魔の体を切り裂く。一度廃魔が倒れたのを見て、ルーは少女に声をかける。
「今のうちにこっちに来て!」
ルーの言葉に少女は頷き、ルーのもとに駆け寄る。
よし。これで少女のことを気にせず戦える。
起き上がった廃魔に狙いを定め、ルーは魔法の呪文を紡いだ。
「合成・暴風と業火!」
激しい炎と竜巻のような風が合わさり、炎の牢獄と化したそれは、廃魔を包み込み、一瞬で灰にした。
廃魔を完全に倒したことを確認すると、ルーは軽く息を吐きだす。そして少女も同じように息を吐きだした。
「助けてくれて、ありがとうございました」
心底安心したように、少女はふわりと微笑んで礼を言う。
怪我をした様子のない少女に安堵しつつ、ルーはある疑問を口にした。
「ところで、君はどうしてこんなところにいたんだい?」
ここは街からだいぶ離れている。おそらく十歳くらいであろう少女がここに来るのは、かなり難しいだろう。
すると少女は、ばつが悪そうな顔をして、小さな声で答えた。
「……移動魔法の練習をしていたんです」
少女によると、彼女の一族は移動魔法が得意だという。だが、少女はまだ魔力のコントロールがうまく出来ず、思ったところに移動できないのだそうだ。
「だから毎日、練習をすれば、うまくなると思って……」
だが、今日は運悪く、廃魔のいる場所に移動してしまった。この人が助けに来てくれなかったら、自分は廃魔に殺されていたかもしれない。
先程のことを思い出して体を震わせる少女に、しばらく考えていたルーが、ある提案をした。
「だったら、僕も君の練習に付き合うよ」
「え……?」
ルーの思いもしない言葉に少女は目をぱちくりとさせる。
「僕も一緒に移動魔法でついて行けば、君がどこに行っても対処できるから安心だと思うよ」
今まで行く当てもなく、何も考えずに旅をしてきた。だからたまには、同じ場所に留まるのも良いのではないかと思ったのだ。
少女はルーを上目遣いで見ながら考える。
この人が、どうして私にそこまでしてくれるのかは分からない。それでも、言葉に甘えて手伝ってもらうべきだ。そんな気がした。きっとこの人とは、しばらく一緒にいた方が良い気もしたのだ。
「えっと、じゃあ、これからよろしくお願いします」
少女の言葉にルーは嬉しそうに微笑む。
「うん、これからよろしくね。……そういえば、自己紹介がまだだったね。僕はルー。君の名前も教えてもらえるかな?」
「私の名前はモミジです。改めて、よろしくお願いします!」
これがルーとモミジの、初めての出会いだった。