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第1話 私と契約してほしいんだ

 そして三年が経過して、白菊(しらぎく)実結(みゆ)は高等部に進級した。中等部に入学した当初は、魔法が使える世界ならではのことに苦労したり、制服や寮など、小学生時代は体験したことのないことに慣れるようにしたりと、大変なことが多かった。特に慣れるまで時間がかかったのは、名前の書き方だ。ティラエアでは、名前を漢字で書く文化がない為、「白菊ミユ」と書くのだが、最初は名前を漢字で書いては消すことを繰り返していた。

 中等部では三人の友人に出会い、今でも仲が良い。ある出来事をきっかけに彼女達は実結が特級だということを知っているが、それでも差別することなく、友人であることを望んだ。


「今日はありがとー、また明日―!」

 夕方になり、実結の友人達はそう言って、ホウキに乗って帰っていった。友人達の姿が見えなくなると、実結は自宅の中に入る。

リビングに来ると、氷魔法の効いている冷蔵庫を開けて、中にある小さめの鍋を取り出す。鍋をコンロの上に乗せると、炎魔法で火をつけて、鍋の中身を温める。十分後、火を消して鍋の中身を深めの皿に盛りつける。クリームシチューだ。クリームシチューの入った皿をテーブルに置き、食器棚の隣にある戸棚から袋に入ったロールパンを取り出す。テーブルの前にあるイスに座ると、実結は手を合わせる。

「いただきます」

 そう小さく言うと、クリームシチューとロールパンを食べ始める。自宅にルーは半年に一度しか帰ってこないのはもう慣れたのだが、普段はもう少し食卓が賑やかだから、一人の夕食は寂しい。あちらの世界にいた頃は料理なんてしたことも無かったが、今では人に振る舞える程度には出来るようになった。

「ごちそうさまでした」

 一人のリビングに、実結の声だけが響いた。


 その三日後から、本格的に高等部の授業が始まった。友人達とは別のクラスになってしまったが、昼食は学生食堂で一緒に食べることが出来る。実結は周りに特級だとバレることなく、平和に学園生活を送っていた。

 授業が始まってから一週間が経過したある夜、寮の自室に戻ってきた実結は、明日の授業の準備や寝支度を済ませて、ベッドで眠りについていた。時間は真夜中の十二時。壁掛け時計のカチコチという秒針の音だけが聞こえる中、実結は誰かの声を聞いた。


 ……私の声が聞こえますか。聞こえるならば、応えてください


 若い男性の声が、頭の中に直接響くように聞こえた。聞こえたから、声の主に応えた方が、本当は良いのだろう。悪意は感じない。穏やかな声だ。

 だが、実結は応えなかった。

 正直に言って、面倒くさい。この手の声の主は、どうせ厄介な奴だ。面倒事に巻き込まれるなんてごめんだし、人の眠りを邪魔する奴の言うことなんて聞きたくない。

 声に応えず熟睡した実結は、いつも通りの平和な朝を迎えた。


 それから毎晩、若い男性の声が、実結に応えてくださいと語りかけてきていた。実結も負けじとその声を無視し続けた。その内諦めてくれるだろうと思っていたのだが、なかなか諦めてくれない。一週間経っても語りかけてくる。もう少し無視すればさすがに諦めるはずだと思ったが、二週間経っても諦めてくれなかったので、とうとう実結の方が折れた。

「……聞こえてますよー」

 ため息をつきながら応えると、気づくと実結は知らない場所に立っていた。薄い桃色の雲のようなものに覆われた、ふわふわした場所だ。実結はすぐにこれが夢の中だと気づいた。すると、実結から少し離れたところに、光と共に大きなものが姿を現した。銀色の鱗に覆われた体。同じく銀色に輝く長大な翼。凪いだ水面のように静かな黒曜の瞳。大きさは二十メートルはあるであろう、巨大なドラゴンだった。

 実結はドラゴンを見上げる。この状況から、どうやらこのドラゴンが自分を呼んでいたようだ。静かにドラゴンの言葉を待っていると、銀色のドラゴンは涙目になって言った。

〈今までなんで私の言葉、無視してたの!? 絶対に聞こえてたよね!? 酷いよ! ずっと無視されるのって、すごく辛いんだからね!?〉

 そんな威厳ゼロの言葉を言われて、実結は半眼になる。こんなことだろうと思っていたから、応じるのが嫌だったのだ。せっかくのドラゴンの姿が台無しじゃないか。

 ある程度言いたいことが言えたのか、銀色のドラゴンは落ち着きを取り戻し、話し出す。

〈……まあ、呼びかけに応じてくれたからいいや。それで、君を呼んだのは、君に頼みたいことがあるからなんだ〉

 実結は無言で続きを促す。銀色のドラゴンもそれを察して、続きを言う。

〈私と契約してほしいんだ〉

 契約とは、人間と魔物が主従関係を結ぶことを指す。人間が魔物に自分の魔力を分け与える代わりに、魔物は主である人間に力を貸す。この世界には人間以外に、魔族と呼ばれる種族が存在する。魔族は大きく分けて、魔人種と魔物種に分類される。魔人種は人型の魔族で、魔物種は動物の姿をしている。そこからさらに細かく種族が分かれるが、人間と契約するのはほとんど魔物種で、ドラゴンもその中に含まれている。

「……あなたの頼みは分かりました。ですが、あなたには既に契約者がいたと思うのですが」

 目の前にいる銀色のドラゴンのことを、実結は学園の授業の中で知っていた。このドラゴンは、実結が通っている学園の守護竜だ。

 この世界にある学園には、それぞれ一体ずつ、学園を守護する魔族がいる。守護する魔族は国によって異なるが、この大和(ヤマト)ではドラゴンが当てはまる。大和は地域ごとに第一エリア、第二エリア、第三エリアと分かれていて、その中に一つずつ学園がある。第二エリアはゴールドドラゴン、第三エリアはブロンズドラゴン、そして実結が通う第一エリアの学園は、シルバードラゴンが守護している。

 魔物との契約において、主になる人間はある程度魔力が必要になる。分け与える魔力が足りなければ、契約は勝手に解消されてしまうのだ。魔力に関しては実結は全く問題がない。だが問題は、学園を守護する魔族の契約者は、その学園の学園長だという決まりがあるのだ。だからこのシルバードラゴンも、とっくに契約者は存在している。ならば、なぜ自分と契約をしようとしているのだろうか。

〈君の疑問はもっともだ。だから君とは学園長との二重契約にする。……これは、学園長からの頼みでもあるんだ〉

 学園長からの頼みという言葉に、実結は驚く。どういうことだろう。

「知っているとは思うけど、魔力というものは、肉体の衰えと共に減少していくんだ。学園長はだいぶ高齢で、まもなく、私との契約を維持できなくなってしまうことが分かったんだ。だから私は学園長から、こう頼まれた」


 ―――次の学園長はまだ決まっていない。だから、お前が気に入った者と二重契約をしようと思う。頼んだぞ


〈君は、契約維持の魔力を分けてくれるだけでいい。もちろん、いざという時は君の力にもなろう。この学園には、君だけが充分な魔力を持っているんだ。だから、どうか引き受けてほしい〉

 シルバードラゴンは実結に頭を下げる。ドラゴンとは基本的には、プライドが高く、好戦的で、頭を下げるなんてほとんどあり得ない。そんなドラゴンが自分に頼んできたのだ。この学園の平和もかかっているし、面倒くさいと断るわけにはいかないだろう。

「……分かりました。契約しましょう」

 そんな実結の言葉を聞くと、シルバードラゴンは、ぱあっと顔を明るくする。

〈ありがとう! じゃあ、さっそくだけど契約しよう!〉

 シルバードラゴンは右の前脚を実結の目の前に差し出す。実結も右手でその前脚に触れながら、契約の呪文を紡ぐ。

(われ)、白菊実結を主とし、(なんじ)と今ここに契約を結ぶ……」

 その直後、目に見えない糸のようなもので、実結とシルバードラゴンは互いに繋がれたように感じた。これで契約をしたのだ。

〈契約完了だね。これからよろしく! また明日!〉

 そう一気に言うと、シルバードラゴンは姿を消した。実結は軽く息をつくと、その場に腰を下ろす。ここは夢の中だ。朝が来れば、自然と目が覚めるから、ここでのんびりと待とう。そこでふと、実結はシルバードラゴンの別れ際の言葉を思い出す。

「……“また明日”?」


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