第26話 実験体にしていたのです
この話から第3章に入ります。
アレクサンド達特級との出来事から三週間が経過し、七月の終わりになっていた。夏休みに入り、実結は時々、親友のカンナ達と遊んだり、境界の森に現れる廃魔を倒したりしながら、充実した日々を過ごしていた。
だが、実結は気になっていたことがあった。
〈そういえば最近、あいつ来てないよな〉
境界の森からの帰り道、隣を歩くラヴィに言われ、実結は頷く。
最近、棗と会っていない。
最後に会ったのは、三週間前の夜だ。特級との戦いの顛末を伝えて、棗は安心した様子だった。
普段なら、依頼の手伝いや定期的な戦いで、一週間のうちでも二、三回は会っていたのに、最近は姿を見せていないのだ。
何かあったのだろうかと少し不安になる。だが、棗は特級ではないが、魔力はかなり高い方だ。だからきっと大丈夫だとは思うのだが。
その時、実結達の前方から、誰かが歩いてくるのが見えた。それは、今話をしていた棗だった。だが、棗はまだ実結達に気づいていない様子だ。彼らの距離が二メートルくらいになった時に、実結は棗に声をかけた。
「棗さん?」
そこで棗はようやく実結達に気づいたのか、少し驚いた顔をする。だがすぐに、その表情に影が差す。
「……すみません。ずっと連絡をせず、心配をかけてしまいましたね」
声もどこか暗く、彼の纏っている空気は重い。こんな彼は、見たことがない。
「あの、何かあったんですか?」
実結が尋ねると、かなり間を置いてから、棗が口を開いた。
「……世界中の管理官達を救おうとしてくれたあなたに伝えるのは、とても心苦しいのですが……」
棗がそれを知ったのは、三週間前、実結と会った次の日だ。
キラシャの第一犯罪管理局の管理官達が殺され、独房に収容されていた特級の少女が行方知れずになった後から、棗の所属している犯罪管理局が慌ただしくなった。定期連絡に浸かっている会話用の水晶を頻繁に使っていたことから、ここだけでは無さそうだが。
棗はこの犯罪管理局に配属されて二年目で、しかも犯罪関連の依頼を受ける担当の為、管理局内にいることが少ない。だから正直、犯罪管理局で何が行われているかは、完全に把握できていなかった。
―――実験のペースを上げなくては。
その言葉を聞いた時から、嫌な予感はしていた。
危険だということだけで特級を捕らえようとしていた、本当の理由を知りたくて、自分は犯罪管理局に入局した。それが今まさに、分かる時が来たのだ。
何気なく、先輩の管理官に、“実験”とは何かと尋ねてみた。すると、先輩は特に怪しむことなく答えた。
―――そういえば、お前はまだ知らなかったな。良い機会だし、ついてこい。
そう言われ、棗は先輩の後をついて行き、地下にある独房の群れを通り過ぎる。ちらりと見た独房の中の罪人達は、捕らえた数より若干、少ない気がした。誰かが釈放されたり、処刑されたとしたら、自分にも何かしらの報告が来るはずだが、それは全くない。ならば。
何十もある独房の先にある階段を更に降りたところで、それを見た。
壁に手枷と足枷で拘束された罪人達が、十数人いた。彼らからは、捕らえた時のぎらついた闘争心が消え、代わりに強い恐怖心で表情が彩られている。
―――そろそろ今日の分が始まるぞ
そう先輩に言われて、棗は努めて冷静にその光景を見る。
罪人達の前に管理官が数人現れる。その手には、赤い液体が入った注射器がある。それを見た罪人達の顔は一気に青ざめ、口々に命乞いを始める。それを気にも留めず、管理官達は彼らの首に注射器を当てて、中身を注入した。
その直後、罪人達は苦しげに呻き、体を痙攣させる。ぐったりとしたと思ったら、そこで動かなくなった。
―――また失敗か。
そんな管理官達の残念そうな声が響く。
―――キラシャの特級がいない今、疑似特級を作り出さないことには……
その言葉で棗は確信した。
「まさか……」
実結の声に、棗は頷く。
「はい。彼らは捕らえた罪人を、人工的な特級にする為の実験体にしていたのです」




