第19話 夢を見たんだ
「―――マギ爺……いや、マギステルさんは、僕がこの世界で生きていけるように、いろんなことを教えてくれたんだ」
基本的な魔法はもちろん、幼い自分に勉学や家事、お金の稼ぎ方など、マギステルは本当の親のように教えてくれた。
時々、魔力が暴走しそうになった時はいつも懸命に止めてくれた。肉体に直接魔法陣を描いて魔力を封じる方法も、彼が考えたものだった。
「マギステルさんとの日々はとても穏やかで、ずっとここにいたいと思うくらいだったんだ」
懐かしむようにルーは遠くを見つめて微笑む。そこで実結は疑問に思ったことを口にした。
「……じゃあ、どうして旅に出たんですか?」
―――僕は“ルー”。ただの旅人さ。
実結と出会った時、ルーはそう名乗った。出会ったのが三百年も前だ。弟子であるアプレが一人でいたことから、マギステルはおそらく亡くなっている。それでもマギステルの後を継ぐことだってできたはずだ。ならばどうして、ルーはマギステルと別れて旅に出たのか。
実結の問いに、ルーは少し間をおいて、記憶を辿るように答える。
「……夢を見たんだ」
ルーメンがマギステルと暮らすようになってから、十年が経過した。特別なことはないけれど穏やかな日々は、ルーメンにとって、とても心地良かった。この暮らしをずっと続けたいくらいに。
だが、ある日の夜、ルーメンは夢を見た。それは、十年前のルクスと両親との幸せな日々の夢だった。
―――こんな幸せな日が、ずっと続いたら良いよな!
そんな満面の笑みで言ったルクスの言葉で、目が覚めた。しばらくぼうっとした後、ルーメンは泣いた。
ずっと来るはずのない、あり得ない幸せな夢は、彼にとって残酷でしかなかった。このままではいけない。それを暗に告げられた気がした。
―――俺達を覚えているのは、もうお前だけなんだ。だから、お前だけには忘れてほしくないんだ。
ここに来てからも、ルクス達のことを忘れることはなかった。それでも、どこか遠い記憶になっていた気がする。
ならば、今日が旅立つ時なのだろう。
それからルーメンは自分の荷物をまとめ始めた。マギステルのおかげで、一人でもなんとか生きていけるはずだ。
朝食を食べ終わった後、少ししてルーメンは荷物を持つと、入り口の扉の前まで行く。作業台で魔封具を作っているマギステルに向かって、ルーメンが旅に出ることを言おうとした時。
「―――行くのか」
淡々とした問いが、マギステルから聞こえた。その表情は背中を向けられている為、分からない。
「……はい」
少しだけ緊張しながらルーメンは答える。
「そうか」
それでマギステルの言葉は終わった。自分を止める言葉もねぎらう言葉も、言われなかった。でも、ルーメンは分かっていた。彼はそんなことを言う人じゃないし、言われなくても彼が何を考えているかなんて、とっくに知っていたから。
「今まで、ありがとうございました!」
深く頭を下げると、ルーメンは小屋の外に出た。少し涼しい朝の空気を吸い込み、ルーメンは歩き出した。
「旅に出て、外の世界を見ないといけないって思ったんだよ」
そんなルーメンの言葉を聞いて、実結は納得した。
彼は人並みに恐怖心があって、それでも逃げてはいけないと自分に言い聞かせて、何かを背負い続けようとしている。
だからきっと自分は、出会った時からそんな彼を信じることが出来たのだ。
「さて。ミユちゃんが聞きたいことは大体話せたかな。……それで、君はどうしたいのかな?」
ルーの問いに実結はすぐには答えられなかった。少ししてから、自分の考えを言う。
「正直、まだ分かりません。もう少し考えたいです。自分で決めたことに、後悔したくないですから」
そう答えると、ルーは優しく微笑んだ。




