第11話 師匠の言う通りだったよ
前の話の後書きでも書いていましたが、この話から、第2章に入ります。
六月の半ば、高等部の一年生は、魔武具を使った授業を、学園の校庭で行っていた。魔武具とは、近距離の攻撃をする為の剣などのことだ。魔法で戦うにあたり、どうしても近距離での攻撃に弱くなってしまう。それを補う為にあるのが魔武具だ。
魔武具は普通の武器とは違い、使用者の魔力を取り入れることができる。例えば、魔武具を手に持ち、炎系の魔法の呪文を紡げば、魔武具は炎を帯びる。炎を帯びることによって、攻撃は単に斬るのではなく、焼き切ることが出来るようになるのだ。
生徒達は教員に授業用の魔武具を渡され、それぞれ魔力を籠め始めた。他の生徒と同じく、魔武具を受け取った実結は、剣の柄を両手で握ると、魔法の呪文を紡いだ。
「火炎」
すると、剣の刃がほのかに赤い色を帯びる。これで、魔力が籠められたはずだ。実結は誰もいない方向に向けて魔武具を振ろうとした。だが。
「……え?」
ぴしっ。
そんな音と共に、魔武具の刃には無数のひびが入り、実結は思わずその手を止める。原型を何とか留めている魔武具を、実結は呆然と見つめるしか出来なかった。
翌日の学園の休みの日、実結は自宅に戻り、ルーを呼び寄せて、魔武具のことを相談した。するとルーは実結に謝った。
「ごめん。言うのを忘れてたね。基本的に魔武具には、魔力をある程度吸収する金属が使われているんだけど……」
その金属は触れている者の魔力値によって、吸収する魔力量を変える。それだけならば良いのだが、問題は、魔封具で封じている分の魔力値まで感知してしまうことだ。つまり、実結の場合は大量の魔力を吸収することになる為、過負荷に金属は耐え切れなくなってしまうそうだ。
ルーの説明に実結は途方に暮れる。
「じゃあ、私はどうすれば……」
授業の時は、教員が魔武具に元々不具合があったのだろうと判断してくれたので、事なきを得たのだが、何度も続けば、さすがに怪しまれる。
本気で悩んでいる様子の実結に、ルーは安心させるように微笑む。
「大丈夫。特級の魔力に耐えられる魔武具を作ればいいんだ」
「え?」
目をぱちくりとさせる実結にルーは続ける。
「僕の知り合いに、そういうものを作れる職人がいるから。明日、彼に頼んでみよう」
翌日、実結はルーと共に漢華側の境界の森に来ていた。ルーの後に続いて歩いていると、実結は木々が鬱蒼としているところに、空間魔法がかけられていることに気づく。
「あ……」
思わず声を上げる実結に、ルーは微笑む。
「君も気づいたね。さあ、行こう」
ルーに促されて、実結は頷く。空間魔法を通り抜けると、木で作られた小屋が二人の目の前に現れた。実結は小屋を一瞬警戒するが、ルーの気配が変わらず穏やかなままだと気づき、すぐに警戒を解く。どうやらここは、本当に安全な場所らしい。
ルーは小屋の前まで来ると、小屋の扉を二回ノックした。
〈どうぞー〉
すぐに中から返事が聞こえて、ルーは実結の方を振り向く。
「じゃあ、中に入ろうか」
ルーが扉を開けて小屋の中に入ると、実結もそれに続く。小屋の中の、いくつもある棚の中に所狭しと並べられている魔封具や、魔力を増強させる魔装具に使用する装飾品の土台や宝石を、実結は物珍しそうに眺める。ここは工房のようなところのようだ。
小屋の奥の方にある机で、誰かがこちらに背中を向けて、作業をしていた。黒い短髪に褐色の肌。髪の間から少し見える耳は尖っている。
少しして、作業が一段落ついたのか、その人物が椅子から立ち上がり、実結とルーの方に振り返る。黒い瞳をした少年だった。年齢は、実結より二、三歳年上くらいか。
〈いらっしゃい、ルーさん。他の人と一緒に来るなんて珍しいね〉
少年の口ぶりから、ルーは何度かここを訪れているのだろう。実結が確認するようにルーに目を向けると、ルーは頷く。
「うん。ここには何度か来てるんだ。ミユちゃんが身に着けている魔封具は、このアプレ君が作っているんだよ」
そうルーが言うと、アプレは少し照れ臭そうに頭を掻く。そして実結はイヤリング型の魔封具に軽く手を触れる。今まで作り手のことは考えていなかった。自分は色んなひとに助けられているのだなと、改めて思った。
〈ところで、今日は何の用事なの?〉
アプレから尋ねられ、ルーは彼の方に向き直って答える。
「今日は彼女用の魔武具を売ってほしいんだ」
〈あー、特級だと授業用のものだと耐久力が低いからね。いいよ、ちょっと待ってて〉
アプレはそう言うと、棚の前に向かい、少し大きめの木箱を取り出す。大きさは、ちょうど剣が入るくらいだ。木箱の蓋を開けると、銀色の刃に黄土色の柄の剣が入っていた。
〈これは一応、“魔族用”の魔武具として仕入れてきたものだよ〉
その言葉の意味を、実結とルーはすぐに察した。この世界で特級は、人々から忌み嫌われている。だから“特級用”のものとして魔武具を仕入れることはほぼ不可能だ。だから元々魔力値の高い魔族用だとカムフラージュしたのだ。いつ犯罪管理局が納品書を確認しても、気づかれないようにする為に。
〈でもこれはまだ、完成じゃない。実際にこれを使う、君の魔力を一度注ぐことによって、完成するんだ〉
そう言ってアプレは、実結に剣を差し出す。
〈刃に手を当てて、君の魔力を注げば、これは君だけの魔武具になる〉
実結は頷くと、剣を受け取る。そして左手を刃に当てると、刃が仄かに光を帯びて、数秒で収まる。
これで完成したのだろうか。
実結はそんな不安からアプレを見ると、彼は実結を安心させるように微笑む。
〈大丈夫。これでその魔武具は、完全に君のものになったよ。心配だったら試してみる?〉
そう言ってアプレは実結を外に連れ出した。
小屋の外に出た実結に、アプレは魔武具を構えるように促す。
〈学園でやった時みたいに、しっかりと魔力を籠めてみて〉
アプレの言葉に実結は頷く。
「火炎」
剣の柄を両手で握り、魔法の呪文を紡ぐと、刃が仄かに赤い色を帯びる。実結は魔武具を振る前に、深呼吸をする。
大丈夫。今度は絶対にひびが入らない。
実結は呼吸を整えると、誰もいない方向に、魔武具を振り払った。
刃から赤い炎が軌跡を描くように放たれ、数秒後に消えた。実結は刃を確認するが、ひびは一つも入っていなかった。
「良かった……」
実結はほっと胸をなでおろす。これで、安心して授業を受けられる。
そこで実結ははっとして、アプレに向き直る。
「あ、そういえばこれって、いくらですか?」
するとアプレは首を横に振った。
〈お代はいらないよ。君は初めてここに来たお客さんだからね〉
「でも……」
アプレにそう言われたが、実結は申し訳なくて、言いよどむ。すると、いつの間にか近くにいたルーが実結の肩を軽くぽんと叩く。
「アプレがそう言ってるんだ。お言葉に甘えたらどうかな」
実結はアプレとルーの顔を交互に見る。やがて意を決したように、実結は魔武具を抱いて、アプレに微笑んだ。
「……ありがとうございます。大切に、します」
ルーと実結の姿が見えなくなるまで手を振った後、アプレは小さな笑みを浮かべた。それは今まで彼らに向けていたものではなく、懐かしむような笑みだった。
〈……本当に、師匠の言う通りだったよ〉
今から三年前、アプレの師匠は死んだ。彼の最期を看取ったのは、弟子であるアプレだけだった。魔族と人間のハーフだった彼の本来の年齢を知る者は誰もいない。百歳だとか、三百歳だとか、本人も曖昧だった。
師匠本人は最期の日を悟り、自分が横たわるベッドの傍にいるアプレに遺言を残した。
―――……あの魔武具は、これから先、ルーが連れてくる者に渡せ。
アプレが渡した魔武具は、魔族用に仕入れたものではない。彼の師匠の形見だ。アプレは、それを正直に言えば実結が受け取らないだろうと思い、あえてそう言ったのだ。
―――……ルーのもとにいるとしても、強すぎる力に悩む時があるだろう。会うことは叶わなくとも、せめてもの贈り物だ。
師匠は特級だった。だからこそ、他の特級をずっと案じていた。ルーもその一人だった。だからアプレも、特級を。ルーや実結を案じる。自分はそもそも人間ではないし、特級でもないが、道具や武器で彼らを支えられる。師匠から受け継いだ技術で、少しでも彼らが生きやすいようにしたいのだ。
「―――さてと!」
切り替えるように声を出したアプレは、小屋の中に戻り、机の前に座って再び作業をし始める。彼の心にあるのは、実結のことだ。
「また、来てくれるかなぁ」
いつか、師匠ではなく、本当に自分が作った魔封具や魔武具を、彼女に作りたい。
そんな思いを抱き、アプレは作業を再開した。




