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第9話 手加減はしないでください

 五月の終わりの、ある休日の午後、実結(みゆ)(なつめ)から呼び出され、境界(きょうかい)の森の前に来ていた。

「そろそろ、あなたにも依頼を受けてもらいたいと思いまして」

 そう言うと、棗は今回の依頼の内容を説明する。

 ここ一週間の間に、第一エリアに暮らしている若い男性が、十人行方不明になったのだという。その男性の全員が、行方不明になる前に家族や友人に「境界の森に行ってくる」と言って出かけて、それきり帰ってこないらしい。

「ひとまず、他の管理官が協力者と共に境界の森の中を捜索したのですが……」

 何の手がかりも見つけられず、うなだれた様子で戻ってきたという。それとは別の管理官も同じで、昨日、棗が境界の森の中を捜索すると、森の一角に見えない空間あることに気づいたのだ。

「空間魔法の規模といい、他のA級の管理官が気づかないほど巧妙さから、油断せずに、あなたと共に解決するべきだと考えたのです」

 そう言う棗の瞳に、強敵と戦える喜びが宿っているのを、実結は見逃さなかった。数日前に彼と戦った時と同じだ。戦うことがとても楽しいのか、ずっと笑っていたのを覚えている。正直、少し引いた。特級の魔力を久しぶりに解放すると、気持ちが昂ってしまうのだが、彼の様子で、気持ちを落ち着けることが出来たのは、一応良かったのかもしれない。

「それで、その場所には今から行くんですね?」

 実結が確認すると、棗は頷く。

「はい。ですが、まずこれを……姿変え(ディッシヌラ)

 そして棗が実結に向けて呪文を紡ぐ。だが、実結は何の変化も感じず、首を傾げる。

「棗さん、今のは……?」

「今のは、相手から見える自分の姿を変える魔法です」

 棗によると、この魔法によって、他人からは自分の姿が本来とは違ったものに見えるのだという。下手に素顔で行って相手に顔を覚えられないようにする為らしい。実結の場合、まだ学生だし、相手は犯罪者ということもあり、そうした方が良いと棗は判断したそうだ。

「では、準備も出来ましたし、行きましょうか」

 棗の言葉に、実結は頷いた。


 境界の森の中を、西に進んでいく。ニ十分程歩いたところで、棗が足を止めて、後ろをついてきていた実結も止まる。場所は、大和(ヤマト)と隣国の漢華(カンカ)の間辺り。大和と漢華は実際は海で隔てられている。だが、境界の森は魔術的要因で、全ての国に繋がっている為、ある程度時間はかかるが、陸続きでどこの国にでも行くことが可能なのだ。

「ここです。あなたにも、見えない空間があるのは分かりますよね」

 棗の言葉に、実結は頷く。目の前にはただの森が広がっているように見えるが、濃密な魔力を感じ取れた。これは、自分が春にやった魔力値検査の時に使用されていた、空間魔法と同じものだ。だが、その時と規模が全く違う。学園の寮などすっぽり入ってしまうくらいの規模がある。これほどの規模の空間魔法を維持し続けるには、かなりの魔力が必要だ。棗の言う通り、油断できない相手だろう。

「空間魔法は、空間を認識している者だけが出入りできます。つまり、僕とあなたはこの中に入れます。魔封具(まふうぐ)の解除は済んでいますね」

 実結が頷くと、棗は小さく微笑む。

「では、行きましょう」

 そして実結と棗は一見何もないところを通り抜ける。すると目の前に大きな邸が姿を現した。白い壁に濃い紫色の屋根で、壁にはいくつも(つた)が絡まっていて、どこか不気味さが漂っている。二人の目の前にある鉄の格子状の門は、招くように開いていた。

 棗は実結に目配せをして、門をくぐる。二人が門をくぐった瞬間、門の扉が勢いよく閉まった。突如、邸の正面にある大きな扉が、音を立ててゆっくりと開いた。そこから、コツコツと靴音を響かせながら、誰かが実結と棗の前にやってくる。

「―――珍しいわね、ここにお客様が来るなんて」

 妖艶な女の声に警戒しながら、実結と棗は声の主の姿を見る。灰がかった白のふんわりとした腰くらいの長さの髪。濃い紫色の瞳。黒いマーメイドドレス。そして、二の腕の半分まである黒い手袋をつけた手に持っている鎖で首をつながれた、十人の若い男。

「ここを見つけるなんて、すごいわね。他の人は誰も見つけられなかったのに」

 そう言った女は、まるで犬の散歩をしているかのように、優雅に笑う。そんな異常な光景に実結は無意識のうちに唾を飲み込んでいた。

 女に囚われている若い男達は、おそらく境界の森で行方不明になっていた者達に間違いないだろう。彼らは四つん這いで歩き、その瞳から光は失せている。そして、彼らの二の腕には、円の中に六芒星の、簡易的な魔法陣が刻まれていた。見覚えがある。あれは、血印契約だ。

 実結が男達を見ていることに気づいた女は、顔に笑みを張り付けたまま話す。

「ああ、この子達? ちょっとペットが欲しくなったから、飼い始めたの。……あ、自己紹介がまだだったわね。私はカトレア・ドーミウス。血印(けついん)契約を世界に広めた女よ」

 カトレアの言葉に実結と棗は驚く。目の前にいるこの女が、血印契約を広めたなんて。カトレアの苗字に覚えがあるのか、棗が呟く。

「ドーミウス……聞いたことがあります」

 かつて血印契約は、ある一族の間でしか使用できない、継承魔法の一つだった。それがドーミウス家だ。だが、数十年前から血印契約は世界に広まり、危険性を感じた各国の犯罪管理局が、使用を禁止し、使用した者には重い罰が下されることとなった。それによって血印契約を使用する者は世界からほとんどいなくなったが、それでも陰に隠れて血印契約をする者は存在している。

「どうして継承魔法を広めたのですか」

「こんなに素敵な魔法(もの)を私達だけが知っているなんて、もったいないもの。だから、簡略化したものなら、他のみんなにもできると思って、広めちゃったの」

 棗の問いに、カトレアは悪びれなく優雅に微笑む。その表情が母とよく似ていて、実結の心がざわめいた。

 この人は駄目だ。放っておいたら、罪の意識がないまま、全てを奪い尽くしてしまう。

 それは棗も同感だったのか、カトレアに手のひらを向けて、いつでも攻撃できるようにする。そして、カトレアの方を見ながら、実結に言う。

「どうやら話が通じそうにありませんね。分かっているとは思いますが、手加減はしないでください。……ここで殺すつもりで行きますよ」

 棗の言葉の冷たさにぞっとしつつも、実結は頷く。そうだ。ここで手加減したら、自分達は殺されるかもしれないのだ。ただ捕まえようと思うなど、甘いにも程がある。他の敵と等しく、油断せずに確実に殺す。それが最善だと信じて。


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