中等部編4-1 完全、解除
実結が第一エリアの学園に入学してから、四か月が経過していた。学園は夏休みに入り、実結はある日、友人のカンナとユリ、アカネと実結の家から少し離れた場所を歩いていた。先程まで、実結の家で遊んでいたのだが、ずっとやっているのも飽きて、気分転換にと、散歩することにしたのだ。
実結の家は街から離れている。周辺には整備されている草原だけが広がっていて、遊べる場所などない。だが友人達は、人混みの中にいるより、ずっと楽しいと、この場所を気に入ってくれていた。
十分ほど歩くと、実結が友人達に提案をする。
「じゃあ、ちょっと境界の森の近くまで行こうか」
ここから境界の森まではそこまで遠くない。ここは日陰になるような場所が少ないが、森の方ならまだ日陰が多く、涼しいはずだ。それに、あくまで境界の森の近くに行くだけで、中には入らないので、廃魔に遭う危険性も低い。いざとなれば自分が彼女達を守ればいいし、大丈夫だろうと考えたのだ。
友人達も同じことを考えたのか、すぐに頷いた。
五分くらい歩くと、実結達は境界の森の前まで着いた。人界側の境界の森の周囲を歩こうとした時、森の方から複数の走る足音が聞こえてきた。足音は、こちらに向かってきていて、実結達はすぐに警戒する。
すると、ボロボロの服を着た男四人が、実結達の前に飛び出してきた。
「助けてくれ! 俺達を安全な場所に匿ってくれ!」
慌てた様子で迫ってくる男達を、実結はなだめる。
「お、落ち着いてください。一体、どうしたんですか?」
「廃魔の群れに追われているんだ! だから、あいつらが諦めるまで、匿ってほしいんだ」
「あんた達もこのままじゃ、鉢合わせちまう。一緒に隠れよう」
そう言って男達は実結達の手を引こうとする。だが、実結は何か違和感を感じた。廃魔からは、他の魔族とは違うおぞましい魔力が発せられる。追いかけられたのなら、ある程度接近しているはずだ。だが、この周辺に廃魔の魔力は全く感じられない。
「何してるんだ! さあ、早く!」
男達に急かされるが、そこで今まで黙っていたカンナが、薄く笑みを浮かべて男達に声をかける。
「ねえ。おじさん達、廃魔に追いかけられてるって、嘘だよね?」
男達は動揺したように目を見開く。だが、すぐに首を横に振る。
「う、嘘じゃない! 本当なんだ!」
「確かに、何かから逃げてるのは本当だろうけど、廃魔じゃない。それに、おじさん達って人間ですらないよね」
「い、いや……俺達は……」
男達はカンナの言葉を弱々しく否定するも、後ずさりしている。実結達はカンナに少し驚きつつも、黙って成り行きを見守っていた。
そしてカンナは、とどめを刺すように言い放つ。
「私の祖先って、“フェアリー”なんだ。それだけ言えば、分かるよね」
男達は大きく目を見開く。額からは実結達からも分かるほど、冷や汗が流れている。
フェアリー。二対四枚の翅が背中から生えていて、それ以外はほとんど見た目が人間の姿をした魔人種。そのフェアリーの眼は、他人の嘘を見抜く能力がある。カンナの代ではだいぶ血が薄れてしまったが、他人が嘘をついているか、それが善意か悪意のあるものか見抜く能力は健在だった。
すると、男達の体が変化し始めた。全身から灰色の毛が生えて肌を覆い、頭からは尖った耳が生え、手の爪は伸びて鋭くなった。顔も鼻が突き出て、口の中には鋭い牙が生えた。その姿は、まさしく狼だった。人間に化ける狼は、これしかいない。
「ウェアウルフ……!」
人間や他の魔人種に化ける狼の姿をした魔人種。人間を人気のない場所に誘い出して、襲って食べる、人間とは絶対に契約しない魔族だ。
ウェアウルフの一人が舌打ちをする。
〈くそっ! まさかこんなガキどもにバレるなんてな〉
〈まあ、バレたもんは仕方ない。まだ、こいつら以外に知られていないしな……〉
そうしてこちらを見るウェアウルフに、実結達は背筋に悪寒が走った。
〈こいつらの口を封じれば、こっちのもんだ。さっさと喰っちまおうぜ〉
こちらに迫ってくるウェアウルフ達を前に、実結はすぐに魔法の呪文を紡ぐ。
「両具、解除。結界!」
ウェアウルフ達の爪が実結の張った結界に阻まれる。
〈ちっ! 硬ぇな!〉
ウェアウルフ達は結界を壊す為に何度も攻撃をしてくる。そんな様子をカンナ達は結界の中で縮こまって見ていた。その顔は恐怖で引きつっている。実結も別の意味で恐怖を感じていた。
ウェアウルフが本性を現した瞬間、実結は分かってしまった。A程度の魔力値では、彼らを倒すことが出来ないと。全ての魔力を解放、つまり特級でなければ倒せない。今まで倒してきた廃魔とは強さが桁外れだ。
自分一人だけだったら、とっくに魔力を解放していた。だが、今はカンナ達がいる。彼女達に自分が特級だと知られるのが怖いのだ。もしかしたら、自分から離れてしまうかもしれない。友達でなくなってしまうかもしれない。それだけなら、まだいい。だが、特級であることを流布されれば、学園にいられなくなってしまう。ルーにも迷惑をかけてしまう。自分が苦しむだけならまだしも、他の人にまで迷惑がかかるのは嫌だった。
そこで実結は自嘲気味の笑みを浮かべる。
酷いことを考えてしまった。カンナ達が自分の正体を周囲にばらす前提で考えていた。そんなことないかもしれないのに、嫌なことばかり想像してしまう。最低だ。
実結がそんな自己嫌悪に陥っていると、ウェアウルフの一人が、実結達を見てにやりと笑う。
〈……なぁ、やっぱりすぐに喰うのはやめようぜ〉
一人のウェアウルフの言葉に、他のウェアウルフが彼を見る。
〈まだ少し幼いが、ヤるには充分だろ? ちょっと遊んでから喰っても遅くはねえよ〉
その言葉に同意するように、残りの二人のウェアウルフの眼に加虐心が宿る。
〈愉しみが増えるのに越したことはないな!〉
〈一人は魔力がすげえ高いし、もう一人はフェアリーの子孫ときた。想像するだけでわくわくするぜ!〉
ウェアウルフ達の攻撃が更に激しさを増した。結界が壊されるのも時間の問題だった。だが突然、実結は結界を消した。
「ミユちゃん!?」
ユリの慌てた声が聞こえる。カンナとアカネも、驚いているのを感じた。一方でウェアウルフ達からは、笑い声が聞こえてきた。
〈もう限界だったんだな! 無駄な足掻きご苦労様! 安心しろよ? 処女の扱いには慣れているからなぁ!〉
ウェアウルフ達の笑い声が響く中、実結は呟く。
「完全、解除」
その瞬間、実結の体から凄まじい魔力が発せられる。
「……え?」
〈……は?〉
カンナ達とウェアウルフ達から、そんな声だけが零れた。




