中等部編3-2 こちらこそ、よろしくお願いします!
翌日、実結とラヴィは再び境界の森を訪れていた。昨日は色々あって誰とも契約出来なかった為、改めて契約する魔族を探すのだ。
〈今度は大きい奴と契約したらどうだ? 学園の森だとあんまり大きい奴はいないし……背中に乗せてくれるようなのとか、良いんじゃないか?〉
ラヴィの提案に実結は考え込む。
「……うーん、正直契約できるなら誰でも良かったんだけど、そういう考え方もありなのかも」
魔族と契約する理由として、魔族と人間の交流を深めることや、単純な戦力増強などが挙げられるが、実結はあまり深く考えていなかった。だが、ラヴィの話で、一つの目的を持って契約を持ちかけるのも良いかもしれないと思ったのだ。
まあ、自分からではなく、魔族から持ちかけられることの方が多い気がするのだが。
その時、実結とラヴィは、遠くの方からおぞましい魔力を感じた。この魔力には覚えがある。以前、学園の森で遭遇した廃魔と同じものだ。幸い、境界の森なら同級生と会う可能性も低い。誰かが襲われる前に倒してしまおう。
そして実結とラヴィはおぞましい魔力の方角へ駆け出した。
おぞましい魔力の方へ駆けている最中、実結とラヴィは自分達と別の足音がこちらの方に向かってきているのが聞こえた。だが、それはまだ距離が遠い。もしかしたら、誰かが廃魔から逃げているのかもしれない。襲われる前に助けよう。そう思った時。
「ぎゃあああぁぁぁ―――」
突如、男と思しき悲鳴が聞こえてきた。それと同時に、おぞましい魔力が方角を変えたのを感じた。廃魔も大事だが、まずは悲鳴の主が心配だ。
悲鳴が聞こえた方に向かうと、血だまりの中にうつ伏せに倒れた男がいた。少し見える横顔に覚えがある。昨日、ウンディーネと血印契約をしようとしていた男だ。男の背中には、大きな爪で抉ったような傷があり、もう手遅れだということが、すぐに分かった。
実結とラヴィは男の亡骸を無言で見下ろす。彼は悪人の部類だった。いずれ、罪も償わなくてはいけなかっただろう。だが、死んで良い存在など、どこにもいない。悪人だからと、死んだことを喜んでしまえば、それこそ自分が最低な人間に成り下がる。
「あなたのことは、後で必ず供養するから……」
そう言って実結はラヴィと共に、廃魔のもとへ再び駆け出した。
ウンディーネは、同族の仲間のいる、泉に戻っていた。戻ってきた最初は、仲間から「あの人間と契約したの?」と質問攻めにあったが、結局しなかったとだけ答えた。仲間はまだ、人間の恐ろしさを知らない。軽々しく人間について行っては駄目だと言った方が良かったかもしれないが、あの少女のことが頭に思い浮かんで、言うのをやめた。
それから仲間はすぐに興味を失くして、いつも通り、歌ったり、おしゃべりしたりし始めた。仲間とおしゃべりをする中、ウンディーネは思った。
きっと、あの人間の少女と会うことはもうないだろう、と。
その時、ウンディーネ達はおぞましい魔力がこちらに向かっていることに気づいた。
〈なに、この魔力……〉
〈魔物のものじゃないよね……〉
ひそひそと話していると、それは突然現れた。
全身が真っ黒で、所々が腐蝕してどろりと肉片を落としている。四つ足で立つそれの前脚には、自分達など軽く真っ二つに切り裂いてしまうであろう、鋭く大きな爪が付いている。
ウンディーネ達は悲鳴を上げて、その場から逃げ出した。水辺にいれば、致命傷でも治せると言っても、体が真っ二つにされたら、さすがに死んでしまう。早くあの恐ろしいものが諦めるまで逃げるのだ。
ウンディーネ達は逃げている間、背後からおぞましい魔力を感じていた。それは自分達を明らかに追いかけていて、その距離は次第に縮まっているように感じる。
後ろを振り向くな。足を止めるな。前を向いて、走り続けろ。そう自分達を心の中で鼓舞し続ける。だが、それは自分達に簡単に追いつく。最後尾を走っていたウンディーネの背中に爪が僅かに掠り、ウンディーネはその場に倒れる。
〈プルム!〉
遠くから、仲間達の声が聞こえる。早く立ち上がって、こっちまで逃げてと、必死の形相で、泣きそうな顔で叫んでいる。
駄目だよ。こいつが私に気を取られている間に、逃げて。私を殺したら、こいつはきっと、みんなを殺そうとするから。
そう言いたいのに、死への恐怖から喉が詰まって、声が出ない。自分はここで死ぬのかもしれない。
そんな死の間際、思い浮かんだのは、一度自分を助けてくれた、人間の少女の顔だった。
「―――両具、解除。疾風!」
そんな声と共に、プルムに襲いかかろうとしていた廃魔を、風の刃が切り裂いた。廃魔は唸り声のようなものを上げながら倒れる。そして、誰かがプルムに駆け寄ってくる。プルムが見上げると、そこにいたのは実結だった。
「大丈夫? 立てる?」
実結はプルムにそう尋ねて、手を差し出す。プルムは小さく頷くと、少しためらいながらも、実結の手を掴んだ。そしてプルムが立ち上がると、実結は唸り声を上げながら起き上がった廃魔を睨みながら言う。
「あなたは仲間と一緒に離れてて。ちゃんと、倒すから」
プルムは頷くと、仲間の方に小走りで行く。そして実結は自分に威嚇して襲いかかろうとしてくる廃魔に、更に鋭い眼光を向ける。
「合成・暴風と業火」
激しい炎と竜巻のような風が合わさり、炎の牢獄と化す。それは廃魔を包み込むと一瞬で炭となり、消えた。廃魔になった後は、理性など存在しない。だから、これが罪だとさえ認識していないだろう。せめて炎に還った後は、廃魔になどなることのない魔族に生まれ変わってほしいものだが。
僅かに地面が燃えた跡を見下ろしていると、実結の周りにウンディーネ達がわらわらと集まってきた。
〈ありがとう!〉
〈お嬢さんのおかげで助かったわ!〉
〈ぜひ、お礼をさせてちょうだい!〉
経験のない純粋な感謝の嵐に、実結はどうすればいいのか分からず、戸惑った。そこで実結はそこにプルムの姿がないことに気づき、周囲を見回すと、少し離れたところに彼女はいた。その表情は、どこか複雑そうで、何を考えているのかは分からない。
実結はウンディーネ達からのお礼をやんわりと断ると、他のウンディーネ達のように泉に戻ることなく残っていたプルムが、実結にそっと近づいてきた。
〈……私達を助けてくれて、ありがとうございました。あと、この前は酷いことをしてごめんなさい〉
感謝と謝罪の言葉を述べたプルムに、実結は朗らかに笑う。
「大丈夫だよ。怪我はもう治ってるし。じゃあね」
実結はそう言うと、プルムに手を振りながら帰ろうとする。今日は疲れたし、契約する魔族探しは、また今度にしよう。
少しずつ遠ざかっていく実結の背中を見て、プルムは何故か寂しい気持ちになった。あの人が帰ってしまう。ここで見送るだけでは、もう二度と会えないかもしれない。それが、今の自分はとても嫌だった。
実結は腕が軽く引っ張られて、振り返る。そこには、少し顔を赤くしたプルムがいた。
〈待ってください。……私と、契約してくださいませんか?〉
プルムの言葉に、実結とラヴィは驚く。まさか、彼女の方から契約を持ちかけてくるとは。それでも、誘ってくれて嬉しくないわけがない。
「もちろん。契約しよう」
そう答えた実結に、プルムは顔をぱあっと明るくして、右手を差し出す。実結も右手でプルムの手に触れると、契約の呪文を紡ぐ。
「―――我、白菊実結を主とし、汝と今ここに契約を結ぶ……」
その直後、目に見えない糸のようなもので、実結とプルムは互いに繋がれたように感じる。契約が完了した実結とプルムは、互いに微笑み合う。
「これからよろしくね」
〈こちらこそ、よろしくお願いします! ミユ様!〉
そんな二人を、ラヴィは微笑ましく眺めていた。




