序章 いざ、往代神社へ
まだまだ始まったばかりですが、面白いと感じていただけたら幸いです。
さて、まずは状況を把握しよう。
僕の名前は浅間陸。うん、これは間違いないね。とある事情により、両親の知り合いがいるという神社に厄介になることになった、ちょっぴり不幸な高校生。
別に、家族が亡くなったとか、そんな重い事情ではない。
ただ、ちょっと、僕には“見える”らしい。……幽霊、というか、“本来見ることが出来ないモノ”を。
ついでに、そういう存在を引き付ける体質でもあるようだ。
きっかけはわからない。だけど、いつの間にか“そういった事”に巻き込まれるようになり、危険と判断されたのが、つい半月前の事。学校が春休みに入る頃だっただから、よく覚えている。
その時、両親から言われた事も良く覚えている。
「私の知り合いがいる神社が、“そういう事”に詳しいみたいだから、そっちに行ってくれない?主に私達のために」
親が言う言葉じゃないと思った。特に最後。余計な一言だよ。
と、いうわけで、春休みも終わる頃になって、向こうとの連絡がとれたので、電車とバスを乗り継いでここまで来たわけだ。
……正直に言うと、向こうのみんなと会えなくなるのは寂しい。
終業式の日に転校という事に急になったにも関わらず、クラスのみんなが僕のために寄せ書きや写真をくれたのは嬉しかった。涙が出るほど。
寄せ書きの中を見て、
『実は、俺……お前の事が(以下略)』
『ボク、初めて会っ(以下略)』
『(全略)』
……泣いた。号泣した。自分の容姿と体型をこれほど恨んだことは無かった。
まぁ、後で本人から冗談だと教えてくれたから良かった。……なんで悲しそうな表情をしていたのかは未だに理解不能だったけど。
さて、現実逃避はこれくらいにしておこう。
渡された地図を片手に、山へと入ってしばらく歩いていたら、急に風が吹いてきて、地図が飛んでいってしまった。
それを取りにいったはいいが、地図に山の地形が完全に書かれているはずがなく、見渡す限りの森林地帯に立ち尽くしているのが今の僕だ。
分かりやすく、一言で纏めよう。
「迷った」
声に出しても状況は変わらない事はよくわかっている。
声は天然のドームの中でこだまして、周りに人がいないことを伝えてくれた。ありがたくはない。
聞こえるのは、風と木々のコントラスト、そこに小鳥達のコーラスが入る。こんな状況じゃなければずっと聞いていたいくらい素晴らしい演奏だ。
「はぁ、どうしよう」
とりあえず、近くにあった大きな石に腰を掛けて、ひとまず休憩する。
持っているバッグの中には清涼飲料水に筆記用具、文具、塩、線香、マッチ、財布、携帯しか入っていない。
あと、ハンカチとティッシュがポッケにあるだけ。
さて、これらの道具でこの状況を打破できる、天才的な頭脳を持った人が近くにいないだろうか?
周りを見渡しても、種類の分からない木々がしげっているだけだし、上を見上げても、木漏れ日が無数に射し込んでいて、大きめの木の枝には、着物姿の子供しかいない。
一体この状況でどうしろと、
「おい、兄ちゃん」
不意に、頭上から声が聞こえた。再び顔を上げてみても、風景は先ほどと変わりない。
「そこの兄ちゃん、あんた、おれが“見えてる”だろ」
あれ?木の枝に子供がいる。しかも、着物に下駄。時代錯誤という言葉がぴったりだ。
「お〜い、きみ!そんな高いところに登って、危ないだろ」
少年がいる位置まで目算で5〜6メートルといったところだ。滑って落ちたら、大変な怪我をしてしまう。
「大丈夫だよ、ほらっ」
そう言って少年は枝から飛び降り……えええええええええええ!?
「あ、危ない!」
そして、少年は重力を感じさせないような、軽やかな着地を見事にっ!……って、あれ?
「だから、大丈夫って言っただろ!兄ちゃんは心配性だなぁ」
そう言って少年はからからと笑った。
もしかして、この子……
「そう、おれは人間じゃない。人間の格好はしてるけどね」
どうやら、表情に出ていたようだ。というより、疑問が生まれる。
「どうして、僕が“見える”って、分かったの?」
すると、少年はう〜ん、とうなってから、
「……秘密だ」
「なんで?」
「そっちの方が面白そうだから」
ひどい!
「そういえば、兄ちゃんの名前は?」
「え、僕?陸だよ、浅間陸」
その名前を言った瞬間、少年は納得したように頷いた。なんでだろう。
「ま、陸も災難だったな。ここの森、色々なやつが“いる”から、神社の方に行くのも一苦労だぜ。特に陸の場合は」
「なんでそこまでわかるの?僕の体質とか、行き先とか」
「“見える”けど“力がない”やつっていうのは狙われやすいからな。それと、ここの森の地図を持ってるんだから、ここに来るのは初めてだろ?だったら、行き先は“往代神社”くらいだ」
なるほど、納得した。きっとこの少年はおそらく、長年ここを住みかにしているのだろう。こんな汚い地図を見て、ここの地図だと分かったのだから。
「ところで、君。さっき往代神社って言ったよね?」
「ん、ああ、言ったけど」
「もしよければさ、道案内、頼めるかな?」
しかし、少年は困ったような笑みを浮かべるだけだった。
「もしかして、都合悪い?」
「いや、ちょっとね。道を教えるくらいならできるけど、それでいい?」
「うん、十分だよ」
すると、少年は僕の右の方を指差して、
「向こうに真っ直ぐ行けばいい。そうすれば、神社の裏手に出る」
大分、大雑把だね。それより、僕は道を外れて神社を半周してしまった……て事?ちょっと考えるとおかしくないか?だって道を外れてからは一直線だったはず。
「そっか、ありがとう」
まぁ、いいか。おそらくだけど、少年は嘘は言っていないみたいだし。
僕は少年にお礼を言って、道なき道を歩きだした。
……大体、十分くらい歩いたところだろうか。
先程まで変わりなかった風景が一変した。あれほど視界をおおいつくしていた木々が、そこにはもう見当たらない。
白く輝く石畳が地面の一部を覆い、聖者のみが通る事を許されたような、そんな道を作っていた。
少々心苦しいので、石畳を避け、砂利の上を音をたてながら歩いていくと、前方に真っ赤な鳥居が見えた。上の木の板には“往代神社”と書かれている。
「やっと着いた〜」
腕時計を見ると、もう2時。大体1時間、森でさ迷っていた事になる。とにかく、玄関の方へ行こう。
“往代”と書かれた表札の横にあるインターホンを押す。すると、軽快な機械音と共に、玄関がすっと開けられた。
中から出てきたのは、若々しい女性だった。艶やかな栗色の髪を腰まで伸ばしていて、それが綺麗な顔立ちに凄く合っている。それに、両方の瞳は黒曜石のようだ。それに、スタイルも凄くいい。僕のような一般的な高校生には目に毒だ。
そうして、こちらが何も言えないのを察してか、向こうから口を開いてくれた。
「ふぅん、あんたが雫子の言ってた子ね。くっくっ、昔の雫子にそっくり」
ちなみに、雫子とは母さんの名前だ。
「あ、すみません。僕は浅間陸です。この度は」
「ん?ああ、いいよ、そういう儀礼的なやつは。今日からここがあんたの家になるんだよ、陸。あ、ちなみに、私には旦那がいるから」
「なんでそう繋がるんですか!?そんなことしませんよ!」
「いや、でもさっき私の肢体を食いいるように見てたじゃないか」
「そ、それは……」
ひ、否定できない。だってさ、ほら。学校では特に女子と関わる事は無かったし担任は普通に男だし母さんはアレだし魅力的な女性はこの人が初めてなわけで……
「くっくっ、からかうのはここら辺までにしておくか。というか、本当に雫子とそっくりだな、突っ込まれるとしどろもどろになるところとか」
た、助かった……のかな?というか、あ……あの母親と同じなんて……ああ、そうか、これが屈辱か。
そんな風に悶々としていると、この人が口を開いた。
「さて、私は往代霞華。往代家第24代目当主だ。ようこそ、往代家へ。歓迎するよ、浅間陸君」
この女性、霞華さんは、朗らかな笑みで迎えてくれた。
この僕を、新しい家族の一員として……
「ちなみに、お小遣いは月千円よ」
……金銭事情は厳しかった。
まだ序章は終わりません。