まだ、戦えるか? ―ああ。やってやる
イサナリが料理する中、サフィの知らなかった味付けをするためのシーズニングがなくなってきていた。
「サフィ。シーズニングがもうほどんどない」
「つまり、料理できないということか?」
人生の楽しみが失われたような絶望感を全身で表現するように、床に膝をついて、両手で体を支える。彼女にとってイサナリの料理は毎日、楽しみにしているものの一つであったのだ。
「買いに行けばいいだろ」
「そうだな。すぐ行こう」
案外、簡単に立ち直るとすぐに外出の支度を整え、彼女はいつの間にか玄関にいた。
「何してる。早く行こう」
彼は苦笑しながら、外出の支度を整え、二人で家を出た。
天候は穏やかな雪。前は町に近づくほど雪が落ち着いていたので、もしかすると町の方は雪が降っていないかもしれない。
しばらく歩いていると、町が見え始めた。雪の状況はあまり変わらない。さらに近づくと、町の入り口には鎧を着た人間が五人ほどいて、近くには馬車が止まっていた。
「どうやら、リリー軍が来ているみたいだ。フードを外してくれ」
言われたとおり、フードを外した。
「リリー軍? それはこの国の軍隊か」
「ああ、ウィントリーリリィ。それがこの国の名前だ」
初めて、この世界にも国があることを知った。元の世界でも、あまり世界情勢を気にしたことはなかったため、この世界に国という概念があるかどうかをまったく気にしていなかった。それより、ファンタジーの物語の中ではあまり軍人というのにいいイメージがない。気に入らないものに拷問をしたり、殺したりする。貴族と結託して、適当な理由をつけて、人から物や人を奪う。
「この国の軍は、その、大丈夫なのか」
「質問の意図がよくわからない。ちゃんとしていれば、大丈夫だ」
彼女が歩いていく、その背中についていく。彼が知らないことが起きてしまっては、彼は彼女の背中についていくことしかできない。
町の入り口に着くと、間近で軍人を見ることになった。こちらに一瞬視線を送ってきたものの、特に何かをするわけでもなくその視線を正面に戻した。
「あれ、サフィちゃん?」
サフィは急に自分の名前を呼ばれて、足を止める。
「やっぱり、サフィちゃんだ」
後ろから不意に現れてたのは鎧をきた男性。自分よりも背が高く、細い輪郭であった。おそらく地毛であろう金髪に緑色の瞳に高い鼻。口から覗く白い歯がきらりと光る。一言でいえばイケメンというやつだ。
「なんだ、オフィか」
「なんだとはつれない返事だねぇ」
そういって、口元に握った手を当てて笑った。
「それで、後ろの彼を紹介してくれる?」
「ああ。彼はイサナリだ。ナガト・イサナリ。少し事情があって、私の家に置いている」
「なるほど。では、ナガト君。よろしくな」
先ほどサフィに見せていた笑顔が彼にも向けられる。そして、彼は右手を差し出した。彼は戸惑いながらも、その手を握った。
「よ、よろしくお願いします」
「オフィ。いきなり下の名で呼ぶのは君の悪い癖だ。失礼だろ」
「いいじゃないか。男同士だし」
彼は二人の会話に疑問を持った。そして、今更だが、永登という苗字が名前だと思われていたらしい。訂正するほどのことではないかもしれないが、少し落ち着かない。
「なぁ、二人とも。俺の下の前がイサナリだ。ナガトは苗字」
二人が彼の方を向いた。
「そうか。ならイサナリ君。改めてよろしく。私はオフィウクス・ペリドット。オフィって呼んでくれ」
「つまり、私はずっと君を名前で呼んでいたのか」
彼女の顔が赤く染まっていく。
「なんてはしたないことを! 交際しているわけでもない女性が男性を名前で呼んでいたなんて!」
一人で暴走する彼女に二人は苦笑いする。そして、イサナリがオフィウクスに顔を向けて、サフィを指さす。
「こんな古めかしいことを言っているのは今どき、彼女くらいだよ。今まで通りイサナリって呼んでもらえばいいさ」
彼女が落ち着きを取り戻して、少し会話をした後、オフィウクスとは別れた。彼は都に帰り、スノーカバーとこの町の周辺の状況を伝えるらしい。
「オフィは良い奴だったな」
「な、ナガト。それより、早くシーズニングを買って帰ろう」
「今まで通り、イサナリって呼んでくれ」
「わ、わかった。努力する」
彼は呼び名くらいで、ここまで動揺するとは思っていなかった。彼女にとっては大切なことなのかもしれない。
その後、フレーバリストのいる店まで行き。買い物を済ませて町を出た。
町を出て少し進むと、そこには魔獣が十体ほどいた。まるでこちらを待ち伏せていたかのように森の中に潜んでいた。
「待ち伏せ? いや、そんな知能こいつらにはないはずだ」
考えていても意味がないと考えたサフィはその腰から剣を抜いた。それと同時に、イサナリはシーズニングの入った袋はローブの元々袋が入っていた場所にひっかけ、銃を構える。
サフィが魔獣へと向かっていくと、魔獣が遠吠えのような鳴き声を上げた。すると、魔獣たちが一斉に動き出す。サフィに向かって五体同時に襲い掛かる。そのうちの一体に銃口を向けるが、彼の周りにも魔獣がいた。サフィを助けている間に自分がやられてしまう。そう考えて、銃口を自身を囲んでいる魔獣に向ける。しかし、一体倒したところでこの状況を打破できない。それどころか一体を相手しているうちに他の魔獣からの攻撃を受けるだろう。一撃でも受ければ、良くて瀕死と言ったところだろうか。自分に迫る死を感じた。
「っく」
閉じていたはずの口は空いていて、その口から息が漏れる。死を感じた彼の心臓の鼓動は早くなる。銃を震わせながらも落とさなかったことは、この世界に来てからのれの成長の証かもしれない。
イメージしろ。周囲にばらまく弾丸。いや、そんな銃は見たことがない。イメージできなくもないが、発砲しなかった時点で死ぬ。どうすればいい。
イサナリが頭を働かせている間にも、魔獣はゆっくりとその包囲網を縮めていく。
「魔法、か」
彼は今更ながら、自身のイメージが元居た世界のものに囚われていることを知った。科学ではありえないのが魔法だ。魔法の弾丸を作れるのだから、なんだってありなのだ。
彼は銃口を上に向けた。イメージする。天に上る銃弾が割れ、その欠片が自分の周りに降り注ぐ。イメージすると銃は緑色の光を放った。魔気を吸収し、発砲できる合図だ。彼は引き金を引いた。ダンッという音がして、彼を囲んでいた魔獣が彼に向って走り出す。しかし、魔獣が走り出したのがいけなかった。ちょうど彼にその爪が届くかもしれないというところに、銃弾の欠片が彼の周囲に降り注ぐ。一つ一つは大した威力はないが、それがいくつもあれば魔獣を倒すこともできる。銃弾の雨が終わると彼の周りには動く魔獣はいなかった。
その銃弾を横目で見ていた。まさか、自分の作ったアームズがあそこまでの威力を持つとは思っていなかった。アームズは彼女が昔にあったという銃というものを参考に遊び半分に作り上げたものだ。護身くらいはできても、本格的な戦闘では援護くらいしかできない想定だった。
「土よ風よ。敵を阻み、その刃で斬れ。ウォールオブエッジ」
彼女の周囲の地面から土でできた壁が生え、その近くにいた魔獣が吹き飛ばされる。壁が崩壊すると、彼女の周りに魔獣はいなくなっていたが、五体のうち三体は再び起き上がった。その隙にサフィはイサナリと合流する。
「君は私よりアームズを使いこなしているようだな。渡した甲斐があるというものだ」
イサナリはサフィに褒められても言葉が返せない。未だ、彼の脳には死が近づいているのが感じ取れてしまうのだ。
「サフィ。こいつらいつもの状態じゃないよな。今までみたいに隙があまりない」
「ああ。この魔獣のリーダーがいるはずだ」
小さな声で話していると、再び遠吠えが森に響いた。先ほどと同じ合図であるならまた囲まれるだろう。その前に何とかしたいと、二人ともが考えていた。
「まだ、戦えるか?」
「あ、ああ。やってやる」
「では、私は再び前に出る。そして、親玉を見つけて倒す。イサナリはできる限りの魔獣を倒して、魔獣を引き付けてくれ」
イサナリは自分が彼女に戦力として認められたようでうれしくなり頷いた。
サフィは言ってくると言ってあっという間に森の中に消えていった。彼女について心配することはあまりない。きっと、彼女は魔獣のリーダーを倒す。心配すべきは自分自身だ。魔獣を引き付けるなんて大役が自身に務まるはずがない。魔法もまともに使えず、唯一使えると言っていい銃もあまり長く使っていると、集中力がなくなって使えなくなる。
彼の周りには先ほどの遠吠えのせいで、八体の魔物に囲まれていた。魔獣は最初にいた十体だけではなかった。森に響き渡る遠吠えなのだから、森全体の魔獣を相手にしていると考えなくてはいけなかった。どれだけいるのかわからないという状況に心が折れそうになる。しかし、心を折ろうが折らなかろうが状況は改善しない。
「やれる。俺ならやれる」
拳銃を構えて、魔獣の一体に銃口を向けた。
「バーストバレット」
イメージして、引き金を引く。弾丸はまっすぐに魔獣に向かい着弾と同時に炸裂した。残り、七体だ。
サフィは寄ってくる魔獣を切りつけては辺りを見回していた。リーダーはそこまで遠くにはいないはずだと考えて、先ほど戦闘していた場所の周囲を見回っていた。アームズの発砲音が聞こえるということは彼がまだ戦えているということだ。その音が鳴りやむ前に彼の元に戻りたい。その考えが彼女に焦りを与える。
魔獣が邪魔をして、移動するのも大変だった。彼女は仕方なく、オーダーメイドを使った。火の魔気の操作を犠牲にして、身体能力の向上を得る。彼女の移動する速さ、攻撃のしなやかさが見違えて上がる。その速さでも視界は良好で、辺りを見回すこともできる。そして、森の中でじっとしている魔獣を見つけた。その魔獣は彼女の見ていた。威嚇するでもなく、殺意をぶつけるでもなく、じっと彼女の姿を見ている。彼女は魔獣が先に手を出してこないとわかると、彼女から近づいていった。能力が上がっているので、相手との距離はすぐに詰まる。彼女が剣を振り上げて切りつけるが、それを簡単にその爪で防ぎ、空いている方の前足で、彼女を振り払う。風魔法を前に放ちその反動を利用して、リーダーとの距離を開ける。しかし、その距離はすぐに詰められてしまった。そして、それは薙ぐように前足を振るう。回避など間に合うはずがなかった。なんとか剣で守ろうとしたが、防ぎきれずに吹き飛ぶ。その先にあった木に叩きつけられて息が漏れる。視界がかすむ。手には剣の感覚があった。幸いにも剣は握ったままだ。
グルゥウ……
リーダーは彼女にゆっくりと近づいていく。獲物をいたぶるというよりは警戒しているといった風だ。
「くそっ」
剣を杖にして立ち上がる。しかし、全身ボロボロでローブも破れている。
「私は魔女騎士だ。死んでも彼だけは守る」
今にも倒れそうな姿で彼女は魔獣をにらみつける。
「風よ。吹き荒れる風よ。大空を翔る風よ。草原に吹く風よ。道の隙間に吹く風よ。この世界の全てを知る風よ」
詠唱が進むと、空を覆う雲が彼女のいる場所を中心に渦まく。雲の中で青い光が線を引く。
「この暗く寒い森に大いなる光と、希望の火を与えたまえ、ウィッチクラフトサンダーストーム」
彼女の詠唱が終わると同時に、その渦まく雲から青い光、稲妻が地上へと落ちる。魔獣は既に彼女に腕を振り下ろしているとこだった。
息が切れる。既に満身創痍だった。銃はかろうじて使えている程度で、回転する弾丸を放つのがやっとだ。周りにいる魔獣はあと三体。既に二十体以上は倒しているだろう。辺りに倒れている魔獣をみるだけで嫌になるほどだ。
彼が魔獣の一体をにらみつけていると、空が鳴った。魔獣たちの意識が空に向かう。それにつられるように空を見ると、雲が渦巻いていた。雲の中には青い光も見える。
――雷か。いきなり天気が悪くなるわけもないだろうに。
彼の頭には雷を引き起こす魔法でも使っているのかもしれないと考えた。物語の中でも雷の魔法はよく出てくる。彼が油断している魔獣に銃口を向けると、森に大きな衝撃と音が響き渡った。
激しい衝撃によってサフィは魔法を唱えた場所から吹き飛ばされていた。白いローブに土がついて汚れている。うつ伏せで倒れた彼女が起き上がる様子はない。雷を受けた魔獣のリーダーが、彼女を遠くから見ていた。魔獣の毛も焼け付いて、ボロボロだった。そして、それは遠吠えを上げ、どこかへと消えていった。
「ふっ。魔獣風情が……」
彼女は体が動かないまま、その魔獣が去るのを見ていた。
大きな衝撃の後、魔獣の遠吠えが聞こえた。彼を囲んでいた魔獣たちは一体だけ残して、他の魔獣は去っていった。
――しんがりってわけか。
きっと、こいつは自分を殺すまでここで戦うつもりだろう。仲間意識か、役割なのかはよく理解できない。しかし、こいつとイサナリの関係は簡単だ。殺るか殺られるか、それだけだ。
銃口を魔獣に向ける。しかし、手に力が入らず、狙いはつけられない。戦闘が一度、途切れたせいで集中することもできない。それでも彼は、回転する弾丸をイメージする。銃はそれに答えるように緑の光を放つ。
「これで最後だ」
彼が引き金を引くと、大砲を撃ったかのような音とがなり、その反動が彼を三メートルほど吹っ飛ばす。弾丸は魔獣にあたると、緑の光とともに大きな風を起こした。風が爆発したと思えるような弾丸だった。
「なんだ。今のは」
彼は吹き飛ばされた姿勢のまま、上半身のみを起こして魔獣を見る。魔獣の体は切られた跡が無数にあり、灰色の体は紫の液体を染み込ませていた。
イメージもしていない弾丸が猟銃から発砲された。火事場の馬鹿力という言葉があり、実際にピンチの時には強くなることはあるそうだが、それを魔法に当てはめてもいいものなのだろうか。それに今のをもう一度やれと言われてもできる気がしない。彼は考えるのをやめて、命が助かったことを実感した。そして、気が緩んだせいか、全身から力が抜け、冷たい地面に体を預けた。そして、彼はその疲れからか、気絶するように眠りに落ちた。
第一章はここで終わりです。
彼の物語はまだ始まったばかりです。
今後、第二章、第三章はイサナリがこの世界で生きていくための訓練を行います。
第二章では、剣術の訓練を。第三章では、魔法の訓練を行います。
もちろん、訓練だけでなく、その時その時で一緒に行動している人との関りも描いていきます。
投稿自体は遅いかもしれませんが
ぜひ、続きを読んでみてください。