さて、剣の訓練をしようか
眠りについているはずなのに、その意識はどこかに呼ばれている気がした。イサナリはそれに素直に引き寄せられた。
白い噴水と四つの道に芝生。もう見慣れた光景だ。夢の中に入れば、夢の中の出来事は思い出せる。
「なぁ、魔女さん。サフィは何を考えていたんだろうな」
「それは、私にはわからないよ。残念ながらね。それにしても、今日は大変だったみたいだね」
魔女は彼の横に立っていた。いつの間にか、イサナリはこの魔女相手でも落ち着いて話すことができるようになっていた。前回に思ったことが頭にあり、怒鳴ったり敵意を込めたりすることができない。かといって、目を見て、素直に話せるほど心を開けるわけでもない。
「大変だった。バーストバレットもっと使えればよかったのに」
「君のいる場所は雪が降る場所だからね。火の魔気とは一番遠い場所だ」
一度そこで言葉を区切り、彼の顔を見た。間を空けて、口を開く
「君はこれからどうするつもりだい。魔法の基礎は理解できたみたいだし、銃での戦闘もできる。ある程度なら一人で行動しても問題なさそうだが。帰りたいなら私を探せばいいだけだ」
彼は魔女の顔を見なかった。
「俺は、しばらくサフィと一緒にいることにする。魔女さんの王将の役目ってのもよくわからないしな」
「そうか。役目は生きていればわかることだよ。そう遠くない未来で君はそれを知ることになるだろうね」
彼はいい加減なことをいう魔女の顔を見た。どれだけ嫌っていても、彼女の見た目はどこをとっても美しく綺麗だと感じる。彼が自分の顔をじっと見ているのに、気が付いていてその視線を逸らした。頬がほんの少し赤みがかっていた。
「そんなに見つめないでくれ。恥ずかしいだろう」
彼はそう言われてようやく視線を外し、正面に向き直った。
もし、現実でこの魔女に会えたなら話をしたい。そうしないと、彼女の真意を聞き出すことはできないだろう。
彼が夢の世界で目をつぶったのと入れ替わるように現実で目が覚めた。着替えてリビングに行くと、サフィがマグカップを傾けている。
この世界にきて五日目だとは思えないほど濃密な体験をした。魔法に銃、そして、魔獣との戦闘、前の世界より激しい日常だ。前の世界が楽しくない問うわけではなかったが、この世界の方がより充実していると言えた。前の世界では何をやるとしても、そこに充足感を感じたことはなかった。やる気を出しても満足にならないなら意味がない。そう考えていた。しかし、この世界であの大きな魔獣を倒したときは、その満足感に興奮した。この世界ならもっと充足感を得られるかもしれない。
家の外は珍しく太陽が見えていて、家の中にもその光が届いていた。
「さて、剣の訓練をしようか」
昼食後、彼女はそういう提案をしてきた。
「銃はリーチが長い分、近づかれると終わりだからな。剣の練習も必要だろう」
言っていることはもっともだと思ったが、剣など握ったことはない。体育の授業で竹刀を少し振るったことがある程度で、それを剣を握った回数にカウントはしたくない。
「剣なんて使ったことないんだが。すぐにできるものなのか」
「すぐには無理だな。魔法も剣も、そして、銃も日々の鍛錬が大切だぞ」
彼女の言うことに渋々うなずいた。
いつもの白いローブを羽織って外に出る。彼女は剣を鞘に入れたまま、剣を構える。彼は彼女の剣と同じ剣を持っていた。彼のものは鞘から抜かれた真剣だ。太陽光を反射して、剣身が光っているように見える。そして、彼が一番に思ったことは想像より重いということだった。彼よりも非力そうなサフィが振り回しているのだから、持つくらいは簡単だろうと思っていたのだが、そう簡単にはいかないようであった。
「そのくらいも持てないのか。風の魔法で持ち上げてみろ」
彼は言われた意味が分からず、剣の先が雪に刺さったままだ。
「風で剣を持ち上げるイメージだ」
そういわれて、剣の柄から剣先に向かって風が吹き、剣をまっすぐに持っているイメージをする。すると、剣が浮くように持ち上げられ、ほんの少しだけ地面から足が離れた。
「風の強さを調整するんだ」
サフィは彼に手を貸さず指示だけ出した。彼はその言葉で彼は扇風機の風の強さを変えるボタンを思いついた。イメージは簡単だった。今の風の強さを中として、頭の中で小のボタンを押す。イメージの中の風が弱まると、現実でもその風が弱まり、地面が足に着いた。しかし、剣も先ほどのように軽くはなく、ある程度の負荷が両手にかかっていた。
「ちょっと重いくらいじゃないと、振るえないぞ」
彼は調整をあきらめて、彼女の剣術指南を受けた。
「サフィ。体自体を強化すればもっと楽に持てたり、振れたりしないか?」
物語の中では身体強化を行う魔法はよくあった。この世界にもそれがあるのではないかと彼は思った。
「そんな楽な魔法はない。風の勢いに乗って素早く動いたり、剣を振るったりはできるが、直接体を強くする魔法はない。それは超能力でないとな」
――超能力。
この世界には魔法の他にもファンタジーで見る要素があったのを思い出した。
「かくいう私もその身体強化の超能力を持っている」
最初に会った時に、その超能力のことを彼女が話していたのを彼は思い出した。
「確か、オーダーメイドって名前だったよな」
「よく覚えていたな。そう、オーダーメイドだ」
物語上で超能力が出てくると名前がついていたが、どうやらここでもそういう名前があるらしい。
「その超能力の名前って自分で決めるのものなのか」
「いや、自分で決めているというよりは、思い浮かぶという感じだ。その超能力を使った時に名前が頭に浮かんでくる」
「そうか。俺にも超能力があると思うか」
「あるはずだぞ。この世界の人間は全員、超能力を持っているんだからな」
自分も超能力を持っていると言われて、少しだけ心を躍らせる。どんな超能力なのかと考えた。彼がいつくも物語を体験する中で、彼が一番憧れたのが超能力であった。
「超能力を確かめる手段ってあるのか」
「魔法を教えた時より、わくわくしてるみたいだな。超能力を自分だけで探すのは難しいだろう。医者に調べてもらうのが一番早いからな」
「スノーカバーに行けば会えるのか」
「いやいや。あの町には薬剤師しかいない。もっと都会の方に行かないと会えないな」
彼が目をぱっちりと開けたため、サフィはその言葉を言わせる前にそのまま口を動かした。
「都会にはすぐにはいけない。支度もしなくちゃいけないし、スノーカバーに行くのとはわけが違う」
イサナリはそうか、と肩を落とした。彼女がいけないというなら、彼はそれに従うしかない。
「大丈夫だ。近いうちに都会に行くことにはなるからな。それじゃ、訓練の続きだ」
話しているといつの間にか休憩になっていたらしく、二人は剣の訓練の続きを開始した。
「どうだ。ある程度は使えるようになっただろう」
この訓練で剣を振るうことはできるようになった。それを実践で使うとなると対象が動いていないことが前提なら着ることができる、といった程度の成長具合。サフィもすぐにできるようにはならないと言っていたため、イサナリは今日の成果にあまり不満はない。ただ、物語なら剣を持って戦えばすぐに使えるようになったり、狭量な魔法を既に使えたりするものではないのかと思っている部分もある。しかし、サフィとの訓練も中々楽しいので、すぐに使えるようにならなくてよかったと思ってもいる。
家に戻ってそれぞれ風呂に入り、食事の支度をする。彼女にとってはこの食事が楽しみらしく、彼が料理を作るようになってからテーブルに着くと、ちらちらと彼を見て、落ち着きがなくなる。普段の毅然とした態度はなく、自分よりも背が低いというのもあって、どこか小動物のように感じる。その姿を見て、彼はサフィになら料理をいくら作ってもつらくはないなと思った。
この日から、イサナリはサフィから戦闘の訓練を受けることにした。いつまでもサフィに迷惑はかけられない。料理を作るだけでは恩返しにもならないだろう。いつかは彼女の世話にならずに一人で行動できるようにならなくてはならない。たとえ、サフィがこの家にいてもいいと言っても、スノーカバーや他の町に一人で行けるくらいでないといけない。毎回で歩く度に彼女に護衛を頼むのも気が引ける。そのため、彼は訓練を楽しむだけでなく、しっかりと彼女の教えたことを体と頭に覚えさせた。
訓練は悪天候でも関係なく行われた。吹雪の中でも戦闘ができないと、魔獣に襲われて簡単に死んでしまう。
そして、訓練が始まってから一週間ほど経過したとき、大量にあったシーズニングはほとんどなくなっていた。