君は私のあの魔法、怖いとは思わなかったか
森の中に浮かぶ、赤い光。ただでさえ、光が届きにくい森の中だが、天候のせいでさらに暗い。森の中に街灯があるはずもなく、辺りはかなり見にくい。
「来たな。……火よ」
彼女の魔法によってあたりに一定間隔で火の球が出現する。彼らの視界の中のほとんどが明るくなり、辺りにいる魔獣の姿も映し出される。見える範囲でも既に五体の魔獣がいた。
「これだけではないだろう。どれだけ倒しても油断するなよ」
そういうと、彼女はその剣を抜いて、魔獣の群れへと突っ込んでいく。魔獣は一体が咆哮すると、それに呼応して他の魔獣も声を上げる。空気が震えているのが、彼にも伝わった。沸き起こる恐怖心を無理にでも閉じ込める。銃でどれだけ強い弾丸を作れるかを考え、不安や恐怖を押さえつけた。
「俺も、やれる。俺はやれる!」
魔獣は彼らを囲むように出現していた。その囲いには穴が多く、逃げようと思えば逃げることはできそうであった。しかし、彼は逃げなかった。猟銃を構え、魔獣に狙いをつける。既にイサナリを狙っている魔獣もいる。その魔獣の眉間に狙いをつけた。昨日と同じイメージで発砲する。イメージが途切れないように頭の中でそれを維持する。すると、四発発砲しても球が途切れることはなかった。それどころか、それ以上に発砲することができていた。そして、ついに魔獣の一体を仕留めることができた。思わずガッツポーズをとりそうになるが、敵はまだいる。
一体倒したとは言え、何発も当ててようやく倒せている。一撃とまでは言わないもののもっと威力の強い弾丸はないだろうか。彼はそう思って、考えるもこんな状況で考えることに集中することなどできない。いつ、どこから魔獣が襲ってくるかわからないのだ。ふと、気になることを思い出した。この猟銃には弾丸を回転させて進ませる機能があるのだろうか。銃口をみる程度の余裕は彼にはなかった。だから、見るより試してみることにした。イメージは射出するときに弾丸に回転をかけることだ。イメージすると銃からは緑の光が出ていた。
「……っく」
そのイメージでトリガーを引くと、サフィがトリガーを引いた時と似たような音になった。そのイメージを維持して、連続で三度トリガーを引いた。最後の一発はカチンと音がするだけで弾丸は出ない。しかし、魔獣は倒れた。死んでいるのかどうかは彼の位置からは確認できない。近づいていって、攻撃でもされ死んでしまうのはバカバカしい。動いたのならまた撃つことにして、他の魔獣に銃口を向けた。
銃弾の威力は明らかに上がっている。彼は調子に乗って、先ほど思いついたもう一種類の弾丸をイメージした。発砲して、回転。着弾と同時に爆発する弾丸だ。イメージすると猟銃からは赤い光が漏れ始めた。
「バーストバレット」
弾丸がバンッと言って射出され、魔獣へと一色線に向かっていく。またも魔獣の眉間にそれが当たった。そして、その次の瞬間、大爆発が起きた。辺りに散らばるかがり火よりも明るい光を放って、その爆発は魔獣を包む。そして、爆発が終わると、その場には焦げた魔獣の死骸が転がっていた。
急に辺りが明るくなる。サフィは戦闘しながらイサナリの様子を気にしていた。昨日よりも銃の扱いがうまくなっていると思った矢先に起きた出来事だ。
――アームズの暴走か。
銃は魔気を取り込んで弾丸とする。使用者のコントロールがうまくいかない状態で何度も発砲すると、魔気でできた弾丸に銃が耐えられなくなり爆発するのだ。そういった危険性は全く伝えていなかったことを今、思い出した。最初に伝えていた気がしていたが、一度もそういうリスクは伝えていない。彼女は爆発の中心であろう方向に目を意識を向けるが、そこに彼の生気は感じられなかった。光が収まり、その方向を見ると、爆発によってなのか、焦げた魔獣が横たわっていた。
――焦げている、のか。
魔法は物理的な作用は起こさない。可燃物に多少の火の魔法を使おうと燃え上がることはないのだ。しかし、目の前で魔獣が焦げている。あの銃にそういった機能を付けた覚えはない。だから、ああいう説明をした。
考えたいことや彼に訊きたいことがあったが、今は戦闘中である。彼女は襲い来る魔獣を次々と倒し、その首をはねていった。
炸裂弾が成功したのを目の当たりにして調子付く。辺りにいる魔獣に片っ端から炸裂弾をお見舞いしてやろうと、魔獣どもに銃口を向ける。狙いを定めつつイメージする。そして、引き金を引くと、カチンと音を立てるだけだった。イメージをより鮮明にして、再びトリガーを引くが弾丸は出なかった。
「なんでだ」
そうしているうちに、魔獣は彼へと近づいていく。仕方なく、回転するだけの弾丸をイメージして三発連続で発砲する。三発とも魔獣にあたり、それは倒れる。その時、ようやく猟銃が緑の光を放っていることに気が付いた。バーストバレットの時は赤く光っていた。そして、先ほどバーストバレットをイメージしたときは何の反応も示さなかった。つまり撃てる時には銃が何色かに光るということだ。ただの推測だが、取り込む魔気によって色が変わる。爆発は火、回転は風、か。どう予想してもどれもがただの予想だった。今、わかっているのはバーストバレットが使えないということだけだった。
「イサナリ! 大丈夫か」
「ああ、なんとかな。それより」
「さっきの光は何だったんだ」
二人は移動しているうちに、追い詰められていた。二人を中心に魔獣が輪を作っている。魔獣はゆっくりとばらばらと彼らに近づいていく。
「あれは今は使えない。赤く光る魔気が足りない」
「火か。難しいな。明かりに使っていたんだ」
それは彼のバーストバレットにより、明かりに使える火の魔気が足りなくなっているということであった。戦い始めてから既に三十分近く経とうとしていた。イサナリは本格的な戦闘はこれが初めてであったため、精神的にも疲れが出ている。
「イサナリ。私の足元でしゃがんでいてくれ」
彼はサフィの言うとおりに彼女の足元で頭を抱えるようにしてしゃがんだ。
「水よ、風よ。ここに吹く全ての風、ここに溜まる全ての水。魔を切り裂き、突き進む風と水の多重輪。ここに集う我が敵を討て。ウィッチクラフトアクアテンペスト」
サフィが呪文を唱えると、その場に彼女を中心とした竜巻が巻き起こり、それに沿うように水が巻きついていく。それは輪を徐々に広げていき、水と風の勢いがそれに比例して多いくなっていく。周りの魔獣はそれを防ぐ術など持たず、次々と倒れては吹き飛ばされていく。魔獣の唸り声が森に響き渡る。
その魔法はまさしく嵐を呼ぶ魔法であった。
「あまり、使いたくはなかったんだ。この魔法の後には何も残らないから」
イサナリが訊く前に彼女が答えた。辺りを見回せば、その魔法の威力がわかる。木々も魔獣も、積もっていた雪も、そこにはなかった。彼女の魔法の範囲には彼女の言った通り何も残っていない。息もしづらいということは、魔気も相当吹き飛ばしたのだろう。
「これが空気状態だ。まさか、見せることができるとは思わなかったな。窒息する前に、帰ろう」
辛そうというか寂しそうな表情で彼女はイサナリに笑いかけた。
魔獣どもの死骸の処理を終えて、肉は一つも持ち帰らずに家に着いた。彼女はどこか意気消沈している。
「サフィ、どうしたんだ?」
家に着くまで会話をせず、イサナリはひたすら彼女の背を追っているだけであった。家についてようやくその背に声をかけることができた。
「君は私のあの魔法、怖いとは思わなかったか」
唐突に彼女は振り返る。顔がくらい。何かを絞りだすようにして、彼女は訊いた。
「いや、怖くない。すごい魔法だと思った」
彼はふざけずに真剣にそういった。
「そうか、それならいいんだ」
彼女は暗い顔をやめて、眉を寄せて微笑みを作った。それでも、彼女の暗い影は彼女の背側に伸びていた。
戦闘で疲れた体をシャワーで洗い流し、昨日と同じように洗濯はしてもらった。風呂から出て、キッチンへ向かう。未だ大量に残っているシーズニングを使って料理を作る。彼女の前に料理を出すと、目を輝かせてそれを頬張った。家に帰ってきたときの暗さはもうそこにはなかった。
その後、彼女は今日もいい夢をという挨拶をして、ドアの前から立ち去った。そして、イサナリはベッドに入り、眠りについた。