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誰かと旅する、魔法と超能力の異世界で。  作者: ビターグラス
最初の出会いは幸運で
5/9

やれる。俺ならやれる。

 町を出て、そこから続く道を歩いていくと、徐々に雪が強くなる。彼には町に来た時よりも強くなっている気がしていた。しかし、吹雪というほどではなく、前を見れば、サフィの背中がありその先には町に行く道でつけた足跡が残っていた。その足跡を辿った先にサフィの家があるはずだ。


「止まって」


 彼女が急に立ち止まったため、彼女の背に軽くぶつかる。何事かと彼女を見れば、口元に指を立てていた。静かにしろというジェスチャーだ。そして、少しの間立ち止まると、ある一方向に視線を向けた。


「アームを、構えろ」


 かろうじて彼に聞こえる声で囁いた。アームがすぐに猟銃のことだと理解して、それを構える。彼女の視線の先に魔獣がいるのかもしれない。


「アームは、周りの魔気まきを取り込んで弾丸とする。銃弾が放たれて相手に命中する、そういうイメージでトリガーを引くんだ」


 知らない単語があった気がするが、それどころではない。猟銃が先ほどよりも重くなっているような気がする。この銃で命を奪う。動悸がする。息も荒くなる。本当にこの銃を撃つのか。俺が命を奪うのか。魔獣は敵だと言っていたが、俺は生き物を殺したことなどないのだ。


「いいか。向こうに魔獣がいる。あれを撃つんだ」


 彼女の示す方向には森があり、何かが動いているのが分かった。自分たちより大きく、歩く度その胴で木々の葉を揺らす。


「気づかれる前に撃つんだ。いいか。私たちはあそこを通らないと帰れない。どのみちすぐに見つかる。殺される前に殺すしかない」


 彼女の言うことはもっともだ。物語の中ではいつも聞くセリフだ。いつも他人事であったそれは唐突に目の前に現れた。やるしかない。やるしかないんだ。


「やる。やってやる。引き金を引く。それだけだ。いいか。やるんだぞ。俺はやれる。やれる。やれる。やれる」


 何かの呪文のように口からやれるという言葉が止まらない。なけなしの理性が彼を叫ばせないようにしていた。手ががたがたと震えている。標準など全くつけられていない。その銃口の先に目標はあるが、その状態で発砲したところで目標を打ち抜くことはできない。その状態で、彼はその引き金を引いた。銃はチンという音を発した。待っていても銃弾は放たれない。


「……気づかれた。こっちに来るぞ!」


 先ほどまでの黒いうごめきに二つの光がついていた。それが目だと理解するのに時間はかからない。そして、その影は二人に近づいていた。


「君は前に出るなよ! 私が行く」


 彼の横にいたサフィは剣を抜いてそれに近づいていく。


 影はその姿を見せた。風に揺れる灰色の体毛、木の幹ほどの四つの足。口には鋭い牙が覗き、その口から白い息が零れ出ている。何より、殺意を発するその瞳が恐怖を引き起こす。本物の命のやり取りだ。物語の中にしかないと思っていたはずのそれが自身の心を掴んで離さない。




「行くぞ。魔獣」


 彼女は姿を現した魔獣に飛び掛かる。構えた剣を振り上げ、その頭めがけて振り下ろした。そんな見え透いた攻撃を受けるほど、魔獣の頭は悪くない。


 ぐぁああああ!


 魔獣が吠えると、サフィの動きが鈍る。彼女は一瞬体に痺れを感じていた。小さいながらも麻痺の効果がある雄たけびだ。それは何度も食らっているので慣れていた。相手がその麻痺の隙をついて攻撃してくることももう見慣れた光景だ。彼女はその場で剣を構え、魔獣の振るう爪を受け、後ろに飛ぶ。雪を巻き込み足を滑らせながら、その左の掌を相手に向けた。


「水よ」


 そう呟くと掌と同じ大きさの水の球が出現した。そして、それは魔獣へと向かっていく。次々とそれは作られていき、最初の球を追うように魔獣へと向かっていく。そして、それらは魔獣の体のいたるところにあたり弾けた。しかし、魔獣はいたって平気そうで、その瞳の殺意は消えていない。彼女も何度も倒した相手にはこれが牽制にしかならないことを知っていた。


「水よ、風よ。貫く水球すいきゅうの弾丸、アクアバレット」


 先ほどとは違い、その掌の前にはすでにいくつもの水の球が現れていた。そして、それが何かを纏うように回転しながら、先の鋭い楕円形に変化した。それらは、先ほどの水の球より遥かに速く魔獣へと向かっていく。そして、水の弾丸は魔獣にあたり、体を突き抜けてそれの後ろで弾けた。魔獣の体には傷一つついていないが、魔獣は苦しそうに雄たけびを上げる。しかし、サフィは既に雄たけびの効果の範囲にいない。


「留めだ」


 再び剣を構え、走り出す。距離を詰め、その刃が魔獣の頭を切ろうと振るわれる。その直前、魔獣の爪が彼女を襲う。


「風よ」


 しかし、彼女にその爪が当たることはなかった。既に彼女は魔獣の頭上にいる。風を起こし、追い風の中でジャンプする。彼女がやったのはそれだけだ。彼女のローブの裾がはためき、魔獣の脳天に剣が刺さった。彼女は魔獣の胴の上に立ち、紫の液体のついた剣で頭を切り落とした。




 サフィが魔獣と戦っているのをイサナリただ見ていた。何をするでもなく、何を学ぶでもなく、ただただ、茫然と今起きていることを理解できずに、戦う意欲もなく、その場に突っ立っていた。最初は魔獣に向いていた銃口も地面に向いてしまっている。サフィが魔獣の頭を切り落とした。雪に紫の液体がばらまかれる。じわりと雪はその色に染まった。


 突然、サフィの横を何かが駆け抜けた。サフィが振り返る。その視線の先にいたのはイサナリを襲おうと飛び出した魔獣。


「水よ、風よ。貫く水球の弾丸、アクアバレット」


 サフィが呪文を唱えても、弾丸が作られる速度は先ほどと変わらない。弾丸が魔獣に届くのは明らかにイサナリに一撃加えた後だ。




 イサナリにはその光景が見えていた。向かってくる魔獣、その後ろで自分に掌を向けるサフィ。


 ――死ぬのか。ここで。


 魔獣が自分に向かってくる速度も、雪が落ちる光景も、全てがゆっくりと流れる。手に力が入る。みしと猟銃が鳴った。


 ――生きるため、殺す。このままじゃ死ぬ。


 自分の動作も遅い。しかし、魔獣が自分に攻撃するより早くそれを構えることは造作もないことだ。


 イメージしてトリガーを引く、と彼女は言った。先ほどは引き金を引くことに夢中になっていた。何かを何かで打ち抜く。大雑把なイメージだった。今度はしくじらない。いや、しくじったら死ぬだけだ。


 ――やれる。俺ならやれる。


 イメージ。この猟銃から弾丸が放たれ、相手の脳天を貫く。


 彼はそのイメージをピクトグラムのアニメーションで動かす。猟銃のパーツの隙間から赤や青、緑や黄の光が漏れだす。


 彼は、猟銃のトリガーを引いた。タンッと軽い音がして、銃口から半透明の青い弾丸が放たれる。それは一直線に相手の眉間へと吸い込まれていく。魔獣はよける動作すらできない。それほどの速さだ。弾丸を撃ち込まれた魔獣は衝撃で後ろへと飛ばされた。彼は続けて、三回引き金を引いた。最後の一発だけは弾丸が出ず、カチンと音がしただけだった。


 スローモーションの世界が通常の速度へと戻る。自身の息切れを自覚し、動悸がうるさかった。


 ――生きてる、な。


 彼は自身がまだこの世界にいることを確認でき、安堵した。しかし、戦闘はまだ終わっていなかった。銃弾を三発食らった魔獣はまだうなり声をあげて立ち上がる。体を見れば傷はついていなかった。


「な、なんで」


「油断するな!」


 いつの間にか、サフィが目の前にいて、彼の方を向いていた。そして、その剣には紫の液体が滴っていた。ドン、と音がして、魔獣を見ればその頭部は地面に落ちていた。

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