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誰かと旅する、魔法と超能力の異世界で。  作者: ビターグラス
最初の出会いは幸運で
1/9

ここは、どこだ

――冷たい。痛いほどに冷たい。寒い。


 その冷たさに彼は目を覚ました。頭を少し動かすと、短髪の黒髪から白い塊が落ちた。それは不思議なものではなく、彼の周りにもしんしんと降り積もっていた。


「……い」


 彼は声を出そうとしたが、その言葉は形作らず、最後の音だけが掠れた喉を通って出た。


 頭がぼうっとしていて、状況を整理するほど脳みそが機能していない。彼はそんな状態であった。徐々にその頭が覚醒していき、今の状況を整理し始める。自身の体のいたるところから痛みが伝わってきている。そして、彼はようやく、自分が雪の中に座っていることに気が付いた。下半身が埋もれかかっていた。立ち上がろうとして、さらに体が痛んだ。


「……て」


 先ほどよりも声が出ていたが、やはり、音だけが喉を抜けていくだけだった。

 それでも立ち上がると、彼の頭や肩、彼に降り積もった雪がどさどさと落ちていく。


「……雪、か」


 ようやく喉から言葉らしい言葉が出てきた。辺りを見回すと、辺りは雪に埋め尽くされ、沢山の木々がこの場所に生えていた。彼にとって雪やその木々は見慣れたものであり、似たような景色は知っていた。しかし、彼にはこの場所が知らない場所であると理解できていた。あるいは、目覚めた場所がこんな場所であったせいでそう思いたいだけなのかもしれないが。


「ここは、どこだ」


 彼はその状況を認めると、突然不安に襲われた。見慣れていたはずの降り積もる雪たちが自分に死の足音を聞かせてきている。居ても立っても居られなくなり、彼は体の痛みを無視して走り出した。


 雪を踏みつけるたび、ぐっぐっと音がしていた。聞きなれているはずのその音も何か違う音のような気がして、不安を煽る。


 走って辺りを見回しても、景色は変わらない。雪が降り、木々が立ち並ぶだけだ。まっすぐ走っているはずなのに、同じような場所を通っているような感覚があったが、ほんの少しの冷静さが自身の足跡が残っていないことが同じところを通っていない証であると言っていた。


 息を切らせながら、森を走り続ける。辺りをきょろきょろしてもいつまでも景色は変わらない。体力も限界を超えていた。恐怖だけが彼の原動力でそれもすでに意味をなさなくなっていた。ここで死んでしまっても仕方ない。そう思っていた。


「誰だ」


 彼以外の誰かの声がその場に聞こえた。静かな森にその声が反響して、どこにいるかまではわからない。


「この森に入るなといったはずだが」


 二度目でようやく、その声の主が女性であるかもしれないと理解できた。凛としていて、粉雪が降っているような綺麗な声だ。


「出てくる気はない、か。では……」


 どこかから雪を踏む音が聞こえてくる。その音が後ろからきていることに気が付き、後ろを振り返る。するとそこには真っ白なローブを着た女性が経っていた。フードを目深にかぶっていて、顔の作りなどは見えない。身長が彼より低いため、よりそのフードの中が見にくかった。ローブの腰のあたりから剣のグリップ部分が突き出ていた。ローブには一切の装飾がなされておらず、本当に白一色のものである。


「ん? なんだ、その恰好は。死にたいのか」


 そう言われて、彼は改めて自身の恰好をみた。この雪の中、長そでのTシャツにデニムのジーンズ、靴は冬靴ではないスニーカー。マフラーも手袋も、ニットの帽子もつけていなかった。そのことに今頃気づかされた。靴は雪が侵入していて、すでに靴下は水につけたかのように濡れていた。


「まぁ、いい。貴様、何者だ。薄着で何の防寒対策もしない。寒冷耐性の魔法でもあるのか?」


 ――魔法……?


 彼にはその言葉が引っ掛かった。こんな真剣に、さも当たり前のように、現実にないはずのことを聞いてくる。


「それとも、そういう超能力を持っているのか?」


 ――超能力まで?


 なんのことだかさっぱりだ。いや、超能力という言葉の意味自体は理解できている。しかし、現実にはそんなものない。そう見せる技術を持っている人間はいるが、実際には種がある。


「返事をしない、とはいい度胸だな。怪しいやつと思われてもいいというのか?」


 女性はローブから突き出た剣のグリップを掴み、そのままそれを引き抜いた。その剣身は鉄色で雪を反射して白く輝いているようにも見える。その剣で切られれば、同を真っ二つにされても不思議ではない。しかし、この科学の進んだ時代に突き付けられるのが銃ではなく剣であることも不思議であった。そもそも帯剣していること自体がおかしなことではある。しかし、不思議がっている場合ではない。その剣は明らかに本物の様相で切られては痛いでは済まないことは誰にでも理解できることであった。彼は慌てて名前を名乗ることにした。


「わ、悪い。俺は永登(ながと)勇鳴(いさなり)だ」


「ナガトイサナリ。名前は? 家名だけのことはあるまい」


 彼には目の前の女性が何を勘違いしているのかわからなかったが、それでも殺されるのはごめんであった。


「いやいや。永登、が家名で、勇鳴、が名前」


 相手を説得するようにゆっくりとわかるように、相手を刺激しないように話す。


「なんとも短い家名だな。まぁ、いい。それでなぜこんな場所にいる?」


 彼にとってもそれは本当に心の底から理解できるものではなかった。なにせ、いつの間にか、あの場所にいたのだ。この時、初めて彼はここに来る前に何をしていたかを思い出そうとした。しかし、その一時間も前でないはずの過去を思い出すことはできなかった。雪景色を見る前の記憶は、下級生の入学式の手伝いをしていたということだけであった。それ以降に何かあったのかもしれないが、そのことは全くと言っていいほど思い出せない。そもそも元からその記憶がないということもあり得る。


「どうした。答えられないのか?」


 しばらく黙っていたらしい。ローブの女性が痺れを切らしてそう訊いてきた。本当のことを言っても、相手がこの状態なら信じてもらえないかもしれない。しかし、嘘を吐くにしてもどういえばいいのか。この格好なら寒さで自殺しに来たとでものたまうか。彼はそんな馬鹿馬鹿しい思考を切って、本当のことを言うしかなかった。


「悪い。わからない。気づいたらこの森に放置されていた。それしか言えない」


「なんだと……?」


 女性が頭をほんの少し傾げると頭に積もった雪が地面に落ちた。ローブの下でどういう表情をしているのか、わかるのは彼を怪しんでじっと彼を見ているということだろう。


「なるほど。嘘ではないようだ」


 彼女はそういうと構えていた剣を鞘に納めた。彼は自身の言葉の何を信用したのか、今の話の何を納得できたのか理解できなかったが、ここでそれを問えば腰に帯剣している剣で切られかねない。無謀なことはできなかった。


 突然、彼の体から力が抜けて、膝から崩れ落ちる。彼の肉体はすでに限界を超えていたのだ。そして、人に会えたことが彼に気を抜かせる原因になった。無意識がここで休めると思ってしまった。


 ――体が動かない。どうしたんだ。おい。


「なっ。おい。貴様。どうした。おい! おい!」


 意識が遠くなっていく中、くぐもったそんな声が聞こえた。うつ伏せだった体が反転される。


 ――ああ、そんな綺麗な顔をしていたのか。


 彼の視界にはローブの中が見えていた。赤く艶やかな髪で毛先が白く、きらきらと光っている。大きな瞳は深い青色で、釣り目気味だが大きな目が怖さを感じさせない。その瞳を見ている間に、彼の意識はどこかへと落ちていく。




 瞼に眩しさを感じて、ゆっくりと目を開く。目に刺さるような光を手で遮りながら、自分のいる場所を確認する。


 彼のいる場所には先ほどまであった雪はどこにもなく、白いブロックを積んで作られた瀟洒な噴水が目の前にあった。その周りも同じような石が敷いてあり、そこから四方向に道があるが、その先に何があるのかは歪んでいて見えない。それ以外のところは綺麗に手入れされている芝生であった。


「やぁ、すまないね。こんな世界に来てもらって」


 彼は気づいていなかったが、彼の後ろには彼が目を開ける前から女性が立っていた。声をかけられてようやく、その方向を見た。


 そこに立っていたのは、にこやかな表情の女性だった。彼女は白を基調としたドレスでところどころに赤、青、黄のラインが入っている。襟のあたりには控えめなレースがつけられている。その近くの赤い宝石の入ったバッチのようなものが目立っていた。その顔には穏やかな緑の目に、整った眉、形のいい鼻、赤く輝いているようにも見える唇がくっついている。その顔をの輪郭を隠しているのは金色の髪であった。周りの白いブロック以上にきらきらと光を振りまいているようにも見える髪は、後ろは腰のあたりまで、前髪は綺麗な眉に沿うように整えられている。輪郭を隠している横上は胸のあたりで重力に従って真っすぐ下へとその毛先を向けていた。その美女がほほ笑んでいることも相まって、何か言葉を尽くそうにもどんな言葉もそれを表現するには劣ってしまうほどである。


「どうしたんだい。ぼぅっとして」


 彼はその姿に見とれていたわけではない。とにかく先ほどから色々なことが起きていて頭がついていかなかった。


「まぁ、無理やりここに呼んだわけだし、無理もないか」


「あの、ここは? さっきの雪はどこに……?」


 追いつかない頭でようやく言葉を出した。


「ああ、ここは、そうだな。君の夢の中、とでも言っておこうか。だから、雪もない」


「夢」


「そう、夢の中だ。君の夢に私が干渉しているだけ」


「そ、それはどういう」


「まぁ、それについてはどうでもいい。それよりも説明することがあるからね」


 彼女はそういうと、右手の人差し指を彼の口に押し当てた。


「君は雪景色を見る前に何をしていたのか、覚えているかい?」


「それは覚えてない」


 彼には答える気はなかった。正確にはこの状況についていけてないのだ。しかし、彼の口は勝手に動いていた。耳も彼女の言葉をとらえて、自身の意思とは関係なく脳が理解している。


「そうか。寝てる間にでも魔法が発動してしまったか」


 顎に人差し指を当て、考えるような仕草で宙を見る。その仕草をやめると、今まで笑っていた顔つきを真剣なものにして、彼の顔に視線を向ける。


「君は残念ながら、現状では君のいた世界に帰ることはできない。君の世界には流行しているのだろう。異世界召喚とかいうのが。君はそれに遭った」


「俺、が召喚されたのか」


 またしても彼の口が勝手に動いた。思ったことが口から出てしまう。


「そうだね。君は私に選ばれてしまった。先に行っておくと、夢ではなく、現実で私に会うことができれば君の過ごしていた世界に帰すことができるだろう」


「あなたはどこにいるんだ」


「それは教えられない。それは言ってはいけないんだ。すまない」


 女性は眉を寄せて、瞳をつぶり、申し訳なさそうな表情をした。


「いや、じゃあせめて名前だけでも」


 彼がそう問おうとしたとき、四つの道の先にあったはずの歪みがいつのまにか、噴水を巻き込む寸前まで来ていた。


「君はもうすぐ目を覚ます。ここは夢だ。起きたら忘れていることもあるだろう。しかし、また夢を見ることができれば会うこともあるだろうね」


 歪みは噴水を飲み込み始めた。目の前の女性の背に歪みが迫り、その長い髪を巻き込み始めている。それでも彼は先ほどの質問を繰り返す。


「名前。名前は?」


 彼女の背が歪みの中に入る。痛みなどはないのか、今の表情は穏やかだ。彼が目を覚ますのを待っているようにも見える。


「名前は言えない。けど、私は赤の大魔女おおまじょ、もしくは火の大魔女おおまじょ。そんな肩書で呼ばれたことはあるね」


 眉を寄せて、苦笑いしている彼女は今までの人形のような完璧さはなく、本当に困ったといったような表情で、彼にとってはその表情が今までで一番かわいいと思えた。


 そして、すぐに彼の意識は現実へと帰っていく。

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