94. I の進路
オラウとの約束の時間まで、バセットさんと、ジェパットさんの印もちの息子さん、プールドさんがハスキスさんに稽古を付けて貰うことになった。
私はと言えば、することもないので3人をぼんやり見ていた。
「ご一緒してよろしいかしら?」
声に振り返れば、美魔女が日傘をさし、微笑みながら私を見下ろしていた。
「あ、はい。勿論です!!」
ありがとう、と斜め向かいに座り、用意されたお茶を飲む。グッドルさんの第一夫人だ。
「ハスキス様が生きていらっしゃったとは、驚きました。」
「200年も前の英雄ですもんね。そりゃぁ驚きますよね。」
「ええ。ハスキス様が亡くなられたとされて以降、戌族の印もちの印が徐々に薄くなって、プールドなどやっと見える程度です。代々受け継がれるモノですからね、先代にあれだけくっきりと印が出ていれば、後の者には出ないでしょうね……。」
「そういうものなんですか……。じゃあ、今まで理由も分からず薄くなって大変だったでしょうね。」
「えぇ、原因が分かっただけでも良かったですわ。神力が弱まっただのなんだのと因縁をつけて、中央の役職から外そうという動きがありましてね。戌族も戦々恐々としておりましたから……」
あー、印の濃さで一つでそんな争いがおこるのね……怖い怖い。その後も、3人の稽古の間、第一夫人のお喋りという愚痴聞き大会は継続された。
昼時になり、稽古も大会もお開きになり、昼食を頂く。
その後、南へに向けて旅に出る私とハスキスさんの旅支度の買い物をする為に町に出た。黒髪は目立つからとオシャレな娘さんが残したというでっかい帽子に髪をまとめて隠し、ハスキスさんに付いて歩く。
お金はここまで来る時に倒した魔物から幾らか出てきたのでそれを使う。一通り揃えて、屋敷に荷物を置きに戻ると丁度良い時間だった。
◇◇◇◇
バセットさん、ハスキスさん、それに私と何人かの兵士が変装して酒場に向かい、オラウの到着を待つ。
キィーっと木の軋む音で何人かが店の入り口に注視する。殆どは興味が失せたとばかりに視線を外す。が、我々は入ってきた相手に軽く手を上げた。
「本当に待っていてくれるとは……」
オラウが驚いたように言う。
「こっちの台詞だな。奴隷商に雇われてる奴が呼び出された場所にノコノコ来るなんて、捕まえてくれと言ってるようなもんだろ。」
その通りだと思う。正直、3人とも来るとは思っていなかった。
「私などを捕まえて、事態が終息するならばいくらでも捕まります。」
オラウは切羽詰まったように話を始めた。
「私は西の国、申の首領の息子、ダスキート様の専属医師でした。ダスキート様が廃嫡され、家を追い出された時、私共従者達も一斉に解雇されました。そんな私共を受け入れ、商売を始めると、みるみる業績をあげ、商会を作るまでに成長しました。しかし、それを知ったダスキート様の弟がその商会を乗っ取りました。」
オラウは寂しそうにため息を付いて出されていた果実酒を一口のむ。
「そこから、ダスキート様は変わってしまわれました。廃嫡された時も怒っておいででしたが、その時は自分にも非があったと立ち直ったのですが、乗っ取られた後は、弟への復讐心からか、西の国自体を目の敵にし、奴隷の商売に手をだし、……あろうことか魔王の育成に傾倒していきました。」
「魔王の育成!?」
「なんて事を……。」
地底人の国の話は、この世界では語り継がれてるんじゃ無いの?? 子供が拾った魔物が、一国を壊滅させるまでに育っちゃった事例があるのに、そんなモノをわざわざ作るの?? 育てるの?? バカなの!?
「今までも、実験と称して魔物に魔力の高い奴隷を与えたりして、育てて森に離し、どの程度人獣達と闘えるか等を見たりしていました。」
「「「…………。」」」
「先日、シープス領で放った魔物が、未の印もちを倒したとかで、益々実験に熱が入り……そしてこれ迄で1番強い魔物が出来上がりました。」
「……どこだ? どこにその魔物がいる? 森に放たれる前に俺がぶっ倒してやる!!」
ハスキスさんがオラウを威嚇しながら聞く。
「それが……あなた方が捕まっていたアジトです。」
「あ"ぁ"?」
ちょ、ハスキスさん! 爽やかさをどこかに置き忘れて無いですか?
「あなた方が捕まっていたアジトの、もう一つの特別室で育てられてました。貴方の血を与えられて……」
オラウが申し訳無さそうにハスキスさんを見る。
「……俺の血?」
「え! あんたがハスキス様の血を採ってたのって魔物に与える為??」
「はい。人獣の血を与えると、魔素との関係で魔物は一時苦しみますが、持ち直すと飛躍的に魔物の能力や身体的な機能の向上が見られました。そんな時、あなたが売られて来たのです。」
「誰から?」
「盗賊でした。盗賊は地底人の神殿から貴方を連れてきたそうです。どこの印かは分からないが、印持ちで見目が良い。傷付けてもすぐ治る。だから高く買えと……」
「ノームの神殿……」
ハスキスさんはさっきの勢いが無くなり考え込んでしまう。バセットさんはお構いなしに話の続きを促す。
「ダスキート様は言い値で買取り、印もちならば更に魔物は強くなるかも知れないと、貴方の血を使うように言われ、我々は従って来ました。しかし、あなた様の血と、先日奪った貴方の血が着いた布を与えた所、今までとは比較にならない程苦しみ、その後とても強い魔物が生まれました。もう、魔王と言っても過言では無いほどです。」
オラウが徐々に興奮してきたのか、声が大きくなっていく。バセットさんと、ハスキスさんが宥めるも興奮状態は続いたまま、爆弾発言を投じた。
「その魔王もどきを、あろうことか西の国に運び、森に放そうとしております。国には私の家族がおります。こんなことを頼める義理では無いのですが、どうか……どうかあの魔物を討伐してください!」
なんと虫の良い話だろう……自分の家族に被害が出る事を認識したとたんに、自分達が作り出した魔王もどきを倒せだと!!!
「「ふざけるな!!」」
そう、私もそういいたかったけど乗り遅れた……
「出るはずの無い被害者を散々出して来たくせに、テメェの身内に危険が迫った時だけ助けろだと!?」
「はい。私には罪がございます。しかし、家族は何も知りません!! どうか……どうか」
オラウが酒場の床に頭を擦り付けて我々に頼む。
「……イチカ、悪いな。南へは別の護衛を付けてやる。」
「……回復役が居た方が、何かと便利だと思いますよ。」
私の行き先は南から西へ変更された。
読んで頂き、ありがとうございました。




