9. I の自覚
異世界……あるなら行ってみたいとは思ったことがある。
映画もラノベもコミックも、努力や人柄、それに物語特有のチートな能力なんかを使い、仲間を作り困難を乗り越え、最終的にはハッピーエンドになる。数冊しか見たことがないのだが、見終わると少し幸せな気分になった。
その数少ない数冊の冒頭と今のこの状況―――――
「ずいぶん静かだけど起きてるかい?」
ノックと共に声をかけられた。考え事に夢中になっていた私は反射的に、はいっと返事をする。入るよっと扉を開け、ずかずかと入ってくる。おおぅ? と驚くもリベルさんは全く気にしていないようで、
「何着か着れそうな物を探して来た。どれが良い?」
形は殆ど同じだが、生地の色や刺繍の柄が違う服を数点見せてくれた。
やはりヨーロッパの民族衣裳のような形で可愛い感じのものが多い。私には似合わなさそうだな。と内心思いつつベースの生地が黒に緑色の蔦と黄色い花のような刺繍が入ったモノを選ぶ。
「これかい? うーん、悪か無いけどあんたはこっちの方がいいね!」
採用する気が無いならなぜ聞いた。とも思わなくはないが用意してもらった手前、差し出された服に素直に頷く。
リベルさんには部屋に戻ってもらい、体を拭き新品だという下着を広げる。ブラの代わりであろう布は胸に巻くだけの晒しと、パンツは布を2つに折って三角に切り、腰に当たる部分に付いたヒモを縛って留める形のモノだった。
服はピッタリサイズだが、リベルさんが着ていたものより少しスカートが短い気がする。パンツスタイルが多い私には少し落ち着かない。
部屋に戻ると、リベルさんが私の服と下着をまじまじと見ている場面に遭遇。
気づいてこちらに目を向けると、引き気味な私を気にすることもなく、目をキラキラさせて満面の笑みを作る。
「似合うじゃないか! うん、可愛い、可愛い。」
叔母を思い出した。女の子が欲しかった叔母は私が行くと何をやっても無条件で色々と誉めてくれるのだ。
肩を掴んで私をクルクルと回し、全身を確認すると屯所に行くよ。と扉に向かう。案内してくれるつもりなのだろうか。
「あの、さっき場所も聞きましたし、分からなければ人に聞いて行きますから一人で大丈夫です。まだお店の支度があるんですよね?」
「フィルが一人で出来るって言ってるんだ。任せれば良いんだよ! 昨日の事もあるからね。子供一人では行かせられないよ。」
んん? 子供とは私のことか? 確かに小さく童顔だと言われる事はあったが、子供に間違われる程若くはない。それとも外国では日本人が若く見える、という嬉しい誤解がここで適用されてるのか?
「あの、私は成人してだいぶ経ついい大人なので……」
「えっ!? 成人してるのかい? うーん、してるっちゃそう見えなくもないか……でも、だいぶ経つってことはないだろうさ。せめて20の歳を越えてっから言う台詞だよ。」
「えっ?」
驚く私に、どうしたの?とでも言いたげな顔でん?と首を傾げてリベルが覗き込んでくる。
「成人は20歳の事を言うのですよね?」
「成人は16だろ。帝国のお偉いさん方が随分前にそう決めて、16で大人と見なして徴兵される。同時に結婚も認められるから、貴族の坊っちゃんなんかは兵役に出る前に結婚しちゃうやつもいるよ。ま、成人を気にするのは貴族達だけで、平民はあんまり関係無いけどね。アカデミーなんかもないし…… イチカの世界では違うのかい?」
…………薄々、感じていた。いや、違和感を覚える度にその違和感を考えないように、辻褄の合わない都合の悪い事を見ないようにしていた自覚はある。でも、認めなければいけないかもしれない。やはりここは日本ではない。日本は二十歳が成人だし、徴兵制度もない。屯所も随分昔の言葉だと言う認識だ。
ここはやはり、彼女の言う通り国……いや、もしかしたら世界が違うのかもしれない。
「とりあえずほら、さっさと屯所に行って確認するよ。無ければ届けを出しとかなきゃいけないしね。」
思考に耽って固まっている姿をフィルソンがキッチンから心配そうに伺う。
ホラホラ! とリベルに手を引かれ、ぽんっと頭に帽子のようなものを被せられて半ば引き擦られるように表に出る。
扉から外に出れば、私には都合の悪い現実が広がっていた。
読んで頂き、ありがとうございました。