76. I と戌と戌
オホンッ、目の前の男が空咳をする。先程何故かフリーズしてしまった空気を変えようとしているらしい。それと同時に、アイコンタクトで大きな獣人に何か指示を出した。
獣人はスクッと立ち上がると、ベッドに寝たきりの戌の人獣に近づき空の注射器を取り出した。
「何をする気ですか?」
慌てて声をかけるも返事はない。が、どうやら血液を採取したようだ。検査か何かするのだろうか……?
と、今度は床に蹲っているバセットさんに近づき、いきなり頭を踏みつけた。
「イタッ! 痛い痛い!! もう! 何してるのー!!!」
あまりにも驚いて、バセットさんの代わりに叫んじゃいました。男の人もゴリラも獣人もお前かよ! って顔でこちらを見ている。
「いきなり何してるんですか! 彼、怪我してるんですよ!!」
「知っていますよ。彼が怪我をしてから大分放置してるのに、なかなか弱らなくてねぇ。やっと近づけました。踏んだのは抵抗させない為ですよ。ところで、彼が抱いてるあの布、あなたが渡したものですか?」
「……はい。止血しようと思って……」
「そうですか。では、その布も回収しなさい。それも使えるでしょう。」
頭を踏んだまま、大型の獣人がバセットさんが抱くシーツの切れ端を奪い取る。バセットさんはされるがままだ。見ている私がハラハラしてしまう。
「この者に手当ては不要ですが、また血で汚れた布が出たら食器と一緒に回収するので、表に居るものに渡してください。あぁ、死んだら早めに知らせて下さいね。では。」
そういうと3人は部屋から出ていった。扉に耳をつけ、外の見張りと少し話をして、遠ざかっていく足音を聞いてからバセットさんに近づき声をかける。
バセットさんはベッドに凭れながら踏まれた頭を払っている。
「あのクソオラウータンめ! おも(い)っきり踏みやがって。頭潰れるっつーの!」
あの大きな獣人はオラウータンだったんだ……とちょっと気になってたことが分かってスッキリ! じゃなくて……
「怪我、大分前からされてたんですか?」
「おう、短剣がプスッと刺さった程度だったから傷事態は大したこと無かったんだけどな。短剣に呪いが付いてたらしくて血が止まらなかったんだ。あのままいけば流石にヤバかった……。改めて礼を言う。」
私に向かい、ペコリと頭をさげる。
「いえ、治ったなら良かったです。でも、呪いって本当にあるんですね……」
「? そりゃあるだろ。魔人や進化した魔物なんかが討伐される時に、人や物に残していくんだよ。」
「怖いですね……。ところで、さっき、寝てる方の血液を採取してましたけど……」
「あぁ、何日かおきにああして血をとりに来てた。」
「寝たきりだから、健康管理の検査とかしてるんですかね?」
バセットさんが何とも言えない顔で私を見る。何か変なことを言っただろうか??
遠くの方でドーン、ドーンと花火が上がるような音が聞こえる。
「花火? お祭りか何かあるんですかね?」
「ハナビ? オマツリってなんだ?」
「え、あ、いや。あの、ドーンって音が何なのかなぁー?って……」
「あぁ、あの音もたまに聞こえるんだが、大砲でもぶっ放してるのか、魔法の訓練でもしてるのかなぁ……」
「大砲……」
その後、バセットさんに色々と質問し、ここが帝国の西側にある、戌のジェパッド・レリ・グッドル公爵が統治する領内だと思うと教えて貰った。
しばらく話していたが、なんだか眠くなってきた。窓がないので大体の時間すら分からないのだが、話しているバセットさんの声が子守唄に聞こえる……
「おい、眠いなら……ベッドは無理だからソファー使え!」
「バセットさんは?」
「!……お、俺は床でも何でも寝れるから気にするな! ほい、おやすみ。」
バセットさんに手を引かれソファーに横になる。ありがとうとお礼を言った……? 位から記憶が無い。
◇◇◇◇
ゴンゴンと相変わらずの力任せのノックで目が覚めた。
「ふぁい。 はい……ハイハイ。 お早うございます? えーと……」
寝ぼけていると、飯だ! と差し入れられる。昨日より大きなお皿に山盛り入っていた。
「……ありがとうございます。」
「マスターが、もう少し肉付きがよくなるように沢山食えってよ。」
「…………」
思わず自分の胸を見下ろす。食べて出っ張りが増えるなら喜んで食べるが、全部食べ続けたところで、違う場所に肉がつくだけだろう。
「食べても身にならない体質なので……」
そう言えば、運んで来た見張りは小さな声で そのままでも……とかなんとか呟き、持ち場に戻った。
バセットさんを起こそうとベッドの方へ行けば、ベッドに凭れかかって胡座をかき、腕を組んで寝ている。……肩こり凄そう……。
「おはようございます。ご飯来ましたよ! 起きて下さい。」
声のトーンを下げ、声をかける。フワッと力が抜けた気がするが何故だろう……?
バセットさんがゆっくり目を開けたのを確認し、食事の準備をすると、後ろから ふわぁ、と伸びなのかあくびなのか判断しにくい声が聞こえる。
「うおっ!!」
音量も気にせず、急にバセットさんが驚いたような声を出した。
「どうしました?」
振り返りバセットさんを見る。伸びをした時に伸ばしたであろう両腕は、手首でまとめて掴まれており、首には長い指が絡みついていた。
ベッドを見れば、目をギラつかせた男の人が敵意を剥き出しにしてこちらを見ている。
「……何者だ? ここは……?」
「えっと、あの、 私は一華、あなたが拘束してるのが、戌の人獣のバセットさんです。あと、場所? 場所は……帝国の西で、戌の方が統治している領内じゃないか? って話です。」
「バセット……? お前、人獣なのか?」
「印はないっすけど、一応末席に名前があり、今は騎士団に所属してます。」
そう聞くと、ベッドの男はクンクンとバセットさんの首筋や体の匂いを嗅ぎ始めた。
これは……私は見ていても良いのですか? と思わず目をそらしてました。
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