7. I の化けの皮
見せられた板の中に化物がいた。思わず、
「ひぃ!!」
と声を出せば目の前の女性が慌ててガタガタッと音を立てながら立ち上がる。男性は鞘から剣を抜くと女性をかばうように立ち剣先を私に向けた。先程棒だと思ったものは剣だったらしい。お土産用に売っているチャンバラ用の物にしては刃の部分の光沢が凄い。
押さえる人がいなくなった板がコインの様にクルクルと回る。倒れて割れたら化物が出てくるかも!と咄嗟に両手を出し板を押さえると板の中の化物と目が合う。スッと視界の端で動く物があり、そちらに目線を移せば剣先がすぐ目の前に迫っていた。さすがにオモチャといえど顔のすぐ近くだと威圧感がある。
何故か二人とも私に対して警戒マックス状態だ。どうしようかと悩むもとりあえず板の化物から手を放そうと横に寝かせる。と、キラッと板が光を反射した。
んん? ともう一度寝かせかけた板の化物を見る。やはりこちらを見ているようで目が合う。――――――鏡だった。
質の良いものではないようで、凄く歪んで写っている。
結婚式に出るために行った美容院で施したガッツリメイク。汗や皮脂が浮こうが、一晩経とうがしぶとく顔面を覆っていたらしい。それを朝、水でバシャバシャと洗い、ゴワゴワ布でゴシゴシしたものだから、つけまつ毛は両方取れて頬と揉み上げの近くにつき、あたかもそこに瞼を閉じた目がそこにあるように見える。
目の周りは不自然に黒く、所々黒い涙を流したかのような跡も残っている。口紅はだいぶとれていたのかうっすら唇からはみ出した跡がある。普段はきちんとメイクは落としてから寝るので、化粧をしたままだと言うことをすっかり忘れていた。
あれだ、枯れ尾花ってやつだな。なんて自分1人納得して悠長に自分を見つめている場合ではない。この状態の顔ならば二人には、爽やかに挨拶をしてご飯をモグモグ食べる化け物に見えているであろう。今までよく普通に接してくれたと驚く程だ。とにかく、警戒を解いてもらわねば食事と話が進められない。
鏡を置き、抵抗の意志が無いことを示すため手のひらを見せながらゆっくり両手を頭の横まで上げる。
「驚かせてしまってごめんなさい。私も驚いたのですが、どうやら化粧が落ちきっていなかったみたいで…… 顔に付いた毛虫みたいな物はつけまです。目の周りもウォータープルーフのマスカラとアイライナーで黒くなってるだけですし、口紅もちゃんとメイク落としを使えばキレイに落ちますから……と、言うか、メイク落としあったら貸して欲しいのですが。」
つけまつ毛を毛虫に例えたのが悪かったようで、男性が化粧って毛虫を使うものなの!?と女性に確認したりしている。フルフルと首を振ったり、ゴニョゴニョとこちらを伺いながら話をしている。
二人が話し終わるのを大人しく待つ。女性が化粧を落とす石鹸があるからと階段を登って行った。男性の持つ剣先は相変わらずすぐ目の前だ。怖くはないがオモチャといえ切る真似でもして殴られたら痛そうなので大人しくしておく。
パタパタと階段を降りてきた女性は泡立てネットのような目の粗い袋に入った石鹸をもってきて、これで顔を洗えと言い盥に水も用意してくれた。
オモチャの剣を突きつけられたまま、先程の鏡を見ながらつけまつ毛を外し、石鹸を使い顔を洗う。泡立ちも良く、ちゃんとメイクも落ちているようで凄くサッパリした。借りたゴワゴワ布にもメイクの跡はついていない。
メイクを落とし、凹凸の少ない日本人顔を二人に向けると少し警戒が解かれた。食事の続きをするように言われ、剣先が遠退き、女性は鏡や盥の片付けをした後また目の前に座った。
キョロキョロと周りを見ればテーブルと椅子のセットが幾つか置いてある。私の視線に気づいたのだろう、女性が1階で食堂、2階が宿屋、3階が自宅なのだと教えてくれた。
フムフムと適当に相槌を打ちつつ、出された食事を完食。ご馳走さまと空の皿に手を合わせる。いつの間にか剣は鞘に戻されていたのでだいぶ警戒は解けたみたいだ。二人に向き直り、
「ご馳走さまでした。本当に色々とご迷惑を御掛けして申し訳なかったです。……それで、重ね重ね申し訳ないのですが、夕べ、お財布が入ったバックを落としてしまったようで現金もカードも持ってなくて。宿代と食事のお代は少し待って頂けますか?必ずお支払いします! あと、出来たら一番近い交番を教えて頂けると助かります。」
伺うように二人を見ると、またお互いに顔を見合せコソコソと話を始めた。二人からすれば支払いがキッチリされる保証もない、身分証明もない人間の言うことなど信じられないだろう。が、交番に夕べの事の説明と落とし物の確認をすれば身分証位は届けられてるかも知れない。
両親達が泊まっているホテルまで戻ろうかとも思ったが、朝から観光して帰ると言っていたので、太陽が高い位置にある今、もうホテルはチェックアウト済みの可能性が高い。
しばらくすると場を仕切り直すようにんん、と女性が空咳をする。
「まず、自己紹介と話をさせてね。私はリベル。隣が弟のフィルソン。あともう一人、今は所用で出ているけど、弟のセレネス。この3人が主だってこの宿屋を経営してるの。ちなみに夕べあなたを裏口から率いれたのがセレネス。」
夕べ抱え込まれたときにビクともしなかった腕を思い出す。
フム、三人兄弟で海外旅からの行者向けのホテルをやっているのね。と相槌を打ちながら話の続きを待つ。
「それで…… かわいそうな事を言うようだけれど、多分、ここは貴方の知っている場所ではないと思う。なんて言うのかな……別の国?って言えば分かるかな??」
先程から意味が分からない質問なんかが多かったけど、どうしよう、国とか規模の大きな話が出てきた。んー、理解が追い付かない。あ!! もしや、異国に来た様な気分になれる宿屋みたいなコンセプトの宿か!? テレビやポット、冷蔵庫何かが無かったのも何かの演出か……こだわるねぇ。と脳内で納得する。
黙りこくってしまった私に、困ったように目尻を下げたリベルさんが窓際の壁に掛かった額を外し、テーブルの上に置く。彼女は32型のテレビ程ある大きな額の真んを差しながら話を続ける。
「ここはノースキー王国の王都 ゲルジュ。聞いたことある?」
地図のようだ。咄嗟に小さな島国を探す。作成する国によって中心となる国が変わるのは知っている。だから見慣れない地図の隅から隅まで嘗めるように確認した。が、額をくるくる回し、視点をかえてみてもても故郷の島国どころか見知った大陸の形が一つもなかった。手の込んだ演出だよね……?
ガラーン、ガラーンと同じリズムで鳴る鐘の音が起きたときよりも遠くに聞こえた。
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