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6. I の目覚め

鐘の音だろうか。ガラーン、ガラーンと一定のリズムで鳴り響く。うるさいわぁと思いながら目を開けると、梁がむき出しのログハウスのような天井が見えて飛び起きる。


ここはどこだろう……とぼんやりと思い起こす。


駅に向かう途中にあったコンビニに寄ろうとしてたはず。なのに何故か寝ていて、起きたら裏の裏みたいな薄暗い路地に居た。で、男にのし掛かられてたから逃げたんだ……


逃げ回っている時、膀胱の限界が近い事を感じていた。と、いうことはコンビニでトイレは借りられなかったのか?? それとも長い時間意識を失っていた?? うーん。まあ、とりあえずそれは置いておいて、その後、路地に隠れたら家に引き摺り込まれて、お姉さんに無事にトイレを借りられて、ホッとして、言われるがまま椅子に座ってお茶を飲むかと聞かれ、イエスと答えて……そこから何故か記憶がない。


自分を確認する。固めのベッドに寝かされているが、衣服は夕べ出席した結婚式の二次会衣装のまま。皺にはなっているが乱れはない。キョロキョロと荷物を探す。が、そういえば、走って逃げ回っていたときも何も持っていなかったなと思い当たりため息をつく。


部屋を見回せば、ビジネスホテルの一室のような作りになっている。広さはシングルルームといったところか。ベッドの横に揃えられた靴を履き、部屋の奥の窓を覗けばキレイなオーシャンビューで、水面がキラキラと反射している。


目についた近くの扉を開ければ、薄暗い光で浮かび上がる、殆どが木で作られたユニットバスらしき物があった。夕べ見て驚いた木で出来た便座と、水を通さない生地の袋を使った水洗トイレ。それに、吊るされた袋から水を引く様に設計された石の洗面台。本来であれば浴槽がある場所には大きな盥が置かれている。その横の壁には海外のお客様用なのか、私には読めない文字が書かれている。


洗面台に繋がれた袋の中身を確かめる。無味無臭だったので水と判断し顔を洗う。ついでに歯を磨きたいところだが歯ブラシなどのアメニティもないのでブクブク、ガラガラと口を漱ぐ。近くにあったタオル代わりであろうゴワゴワの布で水気を払い部屋に戻る。


ベッドを整え、もう1枚の扉を開くと同じ形の扉が並んでいる。プラスチックの製品もなければ、金属も殆ど使われていない。海外からのお客様向けの自然派を売りにしたホテル……いや、個人経営のロッジかな。などと考えながら廊下の突き当たりにある階段を下りた。降りたさきに人が居るのを確認し、緊張しながら頭をさげ挨拶をする。


「おはようございます。」


「あぁ、おはよう。」


「……おはよう。」


と返事をもらいちょっとホッとしながら顔を上げる。


少し大きめのテーブルを挟んだ所に、彫りが深いキレイな顔立ちの女性がいる。濃いグレーの髪をポニーテールで一つにまとめ、ヨーロッパの民族衣装のような服を着てせっせとテーブルを拭いていたところだったらしい。部屋の奥の仕切られた囲いの中に、こちらもやはり美術館の彫刻のような顔をしたガタイのいい男性が居た。パッと見、年齢は私と同じ位。服からしてヨーロッパの方から来た夫婦、若しくは兄弟だろうか。


二人はなにやら驚いた顔をしてこちらを見て、女性の方が


「よ、よく寝られた? 昨日は話を聞こうにも、椅子に座ってすぐにユラユラと揺れたかと思ったら凄い勢いで机に突っ伏して寝ちゃってね……そのまま客室に運んだんだ。」


と話しかけてきた。日本で働いて長いのだろうか、とても日本語が上手である。ただ、何故か女性はオドオドとして、男性は睨むようにこちらをみている。


「あ、その、ご迷惑をお掛けしまして…… ありがとうございます。」


ペコリと頭を下げる。と男性はちょっと訝しみながら会釈を返してくれた。運んでくれたのは男性のようだ。近くの椅子に座るよう薦められ、促されるまま席につく。女性もテーブルを挟んだ向かいに座った。


「お腹減ってない? 食べられる様なら幾つか用意するけど?」


そう言われ、自分が空腹だと気づいた。お願いしますといえば丸いパンと数種類のジャム、何かのポタージュスープ、それにサラダが出てきた。

手を合わせ、頂きますと頭を下げればこの料理を作ったであろう男性がウーンと唸る声が聞こえる。


顔を上げれば目の前の女性が観察するように私を見据えている。


見られながらの食事はとりにくいが、空腹を訴えるお腹にせっつかれて、パンをちぎりバターを塗ってモグモグと咀嚼を繰り返す。思っていたより固く、飲み込むまでにずいぶん時間がかかった。その間も女性は無言で私を見つめたままだ。本当に食べにくい。


「あのー、とても美味しいのですが…… その、見られていると食べにくいです……。」


素直に感想を伝えてみた。女性は無意識だったのか、あぁ、ゴメンと呟いた後、言いにくそうに口を開く。


「いや、こんなことを聞くのは申し訳無いんだが……。あんたはその……それが本当の姿なのかい?」


黄緑色のジャムが何で出来ているんだろう? と考えながらパンを咀嚼していた私は、質問の意味が分からず首をかしげ聞き返す。


「本当の姿……? とはどういう事でしょうか……?」


女性は一緒になって首をかしげ、しばらくまじまじと私の顔をみつめると姿勢をただしてまた質問をしてきた。


「うーん、言い方が悪かった。 あんた、人族かい?」


また質問の意味が分からない。ジンゾク、聞き慣れない言葉だ。しばらく考えるも答えが出るわけもなく質問で返す。


「すみません、ジンゾクって何ですか?」


「……人族ってのは私らと同じ姿形をした生き物のことを言う。毛の生えた耳やしっぽ、羽や鱗がある種族は獣族や虫族ってそれぞれ分けられる」


あぁ、と納得。ジンゾクとは人族か。転移、転生系のノベルやコミックでたまに出てくる言葉だ。所謂人間かどうかの確認……。ただ、なぜ事を聞かれたのかよく分からない。


「もちろん人間、えー、人族です。あ、申し遅れました。私、日本人の影野一華(カゲノイチカ)と申します。」


助けてもらっておいて、自己紹介もせずにいたのだ。人の礼儀としてはいただけないと今更ながらに気づいた。


女性を見ると眉間に皺を寄せて首をかしげたままである。礼儀に厳しい人なのかも知れない。


いつの間にか、キッチンに居たはずの男性が、丸い板と長い棒を持って女性の後ろに立っていた。女性は板だけを受け取ると、私の目の前に立て コレを見てくれる? とその板をひっくり返した。

読んで頂きありがとうございました。

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