5. T への感謝
仮眠室の横にある洗面台の鏡を覗くと、不健康そうに目の下に隈を作った無精髭のオッサンが映る。
人前に出られる姿ではないが、上司が早くしろ急かすので軽く顔だけ洗い目を覚ましてから応接室に向かう。
上司が聞きなれない音階の声でお待たせしました。と告げながら部屋に入り、俺を中に居る人達に紹介した。
上司が言うように王子がいた。アイドルかモデルですかと聞きたくなる位綺麗な顔の男と、昔の二枚目映画スターのようなキリッとした顔の男性、それと線の細い色白美人が一斉にこちらをみる。
3人とも立ち上がると俺に向かって深々と頭を下げた。
「夕べは娘が大変お世話になったそうで……」
昨日の可愛いおねえちゃんの家族のようだ。おもたせを頂き、自己紹介と一通りの挨拶をして話を聞く。
まず、キリッとしたおじさんが父親、美人が母親で王子は息子さんでおねえちゃんの兄貴らしい。
家族ぐるみの付き合いがある家の息子さんの結婚式に、一家全員招待されて隣の県から来たらしい。子供同士は幼馴染みらしく、共通の友達も居るからと王子な息子と可愛い娘は2次会にも出席したそうだ。
しかし、娘の方は知り合いに挨拶だけするとさっさと会場を後にし、用意されたホテルではなく自宅に帰る為に新幹線の駅に向かっていた途中だったらしい。
「娘は着替なんかの荷物は送るつもりで、手持ちのバックには財布と携帯と家の鍵だけしか持って無かったそうです。身元が分かるものがなかったので警察の方も私共に連絡をつけるのにずいぶん大変だったそうで。それで……警察の方と話をしていて思ったのですが、何やらご不快な思いをさせてしまったのではないかと……」
警察に何かしたんじゃないかと色々聞かれた事を言っているらしい。別にこの人達が悪い訳じゃないので気にしていないと言えばホッとしたようだ。
ところで、と一番気になっている事を聞く。
「お嬢さんは大丈夫ですか?」
途端に3人が愁いた表情になる。目を覚まさないんです。と母親が呟いた。
夕べ病院に運ばれた後、色々と検査をしたらしい。でも、特に悪い所もない。検査の結果としてはただ寝ている状態なので起こそうとしたらしいが一向に起きる気配がない。
財布に入っていた会員カードで名前は分かったが、住所や家族への連絡などは警察からの連絡待ちである。困った病院側は一応入院扱いにして泊まらせ、朝にまた話をするつもりだったようだ。しかし、朝になって、いくら呼び掛けても彼女は目覚めない。もう一度念入りに検査をしてみたが、やはり悪い所は見当たらない。
そんなこんなで警察から家族が見つかったと知らせを受けた病院から呼び出され、どうするか話し合って来たのだという。
「妹が倒れる前に……なんでも良いんです、何か変わったこととか気づいたこととかありませんでしたか?」
兄である王子が口を開いた。両親より悲痛な顔で俺にそううったえてくる。とりあえず、昨日の警察同様、あったこと、見たことをもう一度聞かせてあげた。
王子は何故かテーブルのお茶を見つめ、母親は必死に話を聞いていた。
しばらく雑談した後、色々とありがとうございましたと頭を下げて3人が帰る支度を始める。ここで思い付いて聞いてみた。
「お嬢さんが目覚めたら教えて貰えませんか? その、気になるので…」
「もちろんです。娘が起きたら改めて娘と共にお礼に伺わせて頂きます。」
父親と名刺を交換し見送る。最後に王子がこちらを一度振り返り何か言いたげな表情をしたが、一緒に見送りに来た上司がテンション高くお見送りたせいでそのまま部屋を出ていったので気にしない事にした。
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