4. T への客
《乙女ゲームが好きな貴方に送るRPG》がコンセプトの新作ゲーム。
主人公は小さな漁村に住む、肩に奇妙な形のアザを持つ女の子として物語が始まる。
月に1度、村に行商の一団がやってくる。彼らは街と街を行き来する途中でこの村により、日用品や食糧などを売って、村で取れた魚介類や加工品を仕入れて一泊する。主人公の唯一の楽しみだ。なぜならお友だちのローナが一緒に来るから。
16になり成人の儀を終えた主人公は、ローナに一緒に街に行かないかと誘われる。村から出たことのない主人公は、1ヶ月後には帰って来ると置き手紙をして、ローナの手引きで行商の馬車に隠れて乗り込んだ。
そこで悲劇が起こる。行商の一団が盗賊に襲われた。ローナの父はローナを逃がそうと馬車の荷台を見て初めて主人公に気付く。驚いたものの、2人に少しのお金と手紙それとお守りを持たせ街の宿屋を目指して逃げるように言う。
2人はなんとか城下町の城壁が見える所まで来たのだが、そこで今度は魔人に見つかり、ローナが魔人に連れ去られてしまう。
泣きながら連れ去られてしまったローナを助けるために、主人公は旅に出る決心をする。
これがゲームのプロローグ。ここから主人公は、大陸を渡り歩きながら自分の好みのイケメンキャラをピックアップしてパーティーを作り、イベントとミニゲーム等で好感度とステータスを上げつつ、勇者だけが使える専用の防具と剣を集め友達のローナを助ける。っていうのがこのゲーム。
途中、イケメン達とのやり取りが増えてローナを早く助けてやれよ……と個人的に思うことはあるが、RPGの物語としては王道なのでやったことがない人には取っつき易いかもしれない。
プロローグにバグがないか5回程画面を嘗めるように見て、最初の街でのイベントが発生する前に保存し、続行、中断にしてコンビニに向かった。
物語は、通常なら預かった手紙を持って宿屋に行く途中、酔っぱらいに襲われている貴族の女性を見つけ、助ようとするも今度は主人公が追いかけ回される。なんとか隠れた路地が宿屋の裏口で宿屋の主人に匿われ、無事に手紙を渡す。というイベントが発生する流れになる筈だった。
会社にある仮眠室のベッドに横たわりながら先程のゲームの事をかんがえる。突如現れたキャラクター、原作のシナリオとは違う物語、出てこなかった主人公。
自分より先をプレイしているデバッガーを捕まえ話を聞いてみたが、女キャラは出てこないし、テロップとコマンドが勝手に動く不具合もないという話だった。
折角昨日たっぷりと寝て、ようやく少し回復した体力と気力を、今日の仕事と予想外の出来事で全て使い果たしたようだ。頭のはたらきが鈍い事を自覚する。こんな時は考えてもムダとばかりに蒲団に潜り込んで目を閉じる。
眠りに落ちる前に思い浮かんだのは先程コンビニの駐車場で倒れてしまった女性。自分を見上げた時の顔、可愛かったなぁ……と思いながら夢の旅にでた。
◇◇◇◇
バターンッ!と仮眠室の扉が大きな音を立てて開いた。誰か知らないが場所を考えて行動して頂きたい。
一瞬の静けさの後、女上司の声が響く。
「平良! 居た居た! ねえ、ちょっと起きて!! 早く!」
フワァと欠伸をしながら時間を確認すれば午前10時を少し回ったばかり。もっと早くに起きるつもりだったが、顔の横にある携帯のアラームは夢の旅を中断させる程の威力は無かったようだ。
人の良い女上司のプロデューサーは、本来なら仕事中の時間だが、連日の働きぶりをみて、仮眠室に居ることは分かっていても気を利かせて起こさずにいてくれたらしい。
できればその気遣いを起こすときにも発揮してほしかった。
「何ですか? 今から出ても遅刻扱いでしょ? 書類は後で出すので半日分休み下さい。」
掛け布団を引っ張り上げもう一度寝る体制になる。が、掛け布団は剥ぎとられ、効きの悪いスプリングをギシギシと圧しながら上司が耳元で騒ぐ。
「違うの! お客!! 王子が、王子があんたに会いに来てるの!
ホラ、グズグズしてないで起きなさいよ。王子がお待ちよ!」
何が違うのかは良く分からないが、迷惑なほど大興奮である。自分より年上の上司が目の色を変えて王子と呼ぶ人に心当たりは全くないが、とりあえず……半日の休みを貰っても、ここでもう一度仮眠を取ることは出来ないと寝ぼけた頭でも理解できた。
読んで頂きありがとうございました。