1話「朝食」
「おはよー!」
「おう、おはようクリス。今日も早えな。またギルドへ行くのかい?」
「もちろん! そろそろ8級に上がれそうなんだー、頑張らなきゃ!」
「お、ついに半人前卒業か! そうなったら、こんなボロ宿には泊まってもらえなくなっちまうなぁ」
「何言ってんの、これからも使うよ。オヤジさんのご飯、美味しいからね」
「はっはっは! 嬉しい事言ってくれるじゃあねぇか! よし、今日の朝食には少しだけ多めに肉を入れてやろう」
「ほんと!? オヤジさんのそういうとこ大好き!」
私はクリス。
冒険者として依頼をこなす、駆け出しの15歳だ。
ちなみにさっき言ってた8級とかは冒険者のランクのこと。
10〜1級までに分けられるこのランクは、それぞれ受けられる依頼の内容が変わる。そして、8級からは魔物の討伐依頼を受けることが出来るため、独り立ちした冒険者として認められたという認識になっている。
今日はその8級に上がるための試験があるのだ。
「ほらよ、これ食って力つけてけ!」
オヤジさんが出したのは、ホットサンドだった。
パンにスクランブルエッグと葉野菜、厚切りに焼いたベーコンが挟まれ、表面をカリッと焼いてある。
加えて、野菜を溶かし込んだスープも出してくれた。
「うわぁ、美味しそう! いただきまーす!」
勢いよくかぶり付くと、サクッと音がした後にパンのモチモチとした食感。そして、野菜の瑞々しさ、ベーコンの旨味が追い討ちをかけてくる。
ベーコンの油をパンが吸って、旨味と甘味の相乗効果が発生。そして、葉野菜が後味をすっきりさせている。
お、美味しすぎる...。
しかも、このパン...おそらく具材を挟む前にバターとマスタードを薄く塗りつけてある。
絶妙なバランスで配合されたそれは、バターの芳しさとマスタードのアクセントが加わってより一段上の料理へと昇華した...。
ただのホットサンド。されどホットサンド!!
このわずかな気遣い、それが私の胃袋を掴んで離さない...!
「お、おいしぃ...。おいしぃよぅ...」
あまりの美味しさに半ベソをかきながら食べていると、
「まったく...大袈裟なやつだ」
オヤジさんはそう言ってガハハと大口を開けて笑っていた。
「オヤジさんが作る料理はどれも絶品だからね! これが食べられるだけでいくらでも頑張れるよ! はむっ!」
口いっぱいにホットサンドを含んで、その味をもう一度噛み締める。
「今日のテスト合格したら、ご馳走作ってやるよ。楽しみにしてな」
「ほんと!? 絶対、ぜーったい合格する! 料理作って待ってて!!」
「おう、期待してるぜ、ルーキー」
オヤジさんと軽く拳を合わせて笑い合う。
実は料理だけでなく、こういう気安いやりとりができるのもこの宿が好きな理由の一つだったりする。なんとなく照れ臭いから言わないけどね。
* * * * *
「ごちそうさま! すごく美味しかったよ!」
「おう、お粗末さま。もう行くのかい?」
「うんっ。オヤジさんにやる気とか元気とか色々貰ったからね! 最速で合格もぎ取ってくるよ!」
クリスはそう言うと、いそいそと外に出て行った。
俺はクリスの食べ終わった皿を片付けると、一息ついた。
相変わらず、うまそうに飯を食うやつだ。
起きてくると決まって俺に挨拶してから朝食を取り、仕事に行く。
半月ほど前から、このルーティンを何度も繰り返している。
いつも元気で、笑顔で、誰とでも分け隔てなく接する若き冒険者。
どうやら冒険者ギルドの方で、密かに人気が高いらしい。
当の本人は自覚がないようだが...。
「まあ、俺はただの宿屋の店主。関係ない話だがな」
俺は対価をもらってあいつに宿と飯を提供する。
ただそれだけの関係。
"すごく美味しかったよ!"
それだけの...。
"オヤジさん!"
あいつの笑顔。
俺を呼ぶ声。
それらがずっと、頭から離れない。
「...くそっ」
顔が熱い。まったく、あんな小娘にこんな感情持って、どうしろってんだ。
軽く舌打ちをした後に、厨房へ向かう。
...ひとまず、あいつのために料理の下ごしらえでもしておくかな。
宿屋『穴熊』の店主アルゴ。
強面の見た目と喋り方から歳を上に見られがちだが、結婚もまだの25歳である。