真琴と先輩~青柳先輩のスタイリッシュな無職生活スローライフの成れの果て~
「真琴君。良いかな?」
「はい、何か?」
青柳先輩はかなり年上のおじさまだ。
いつも身形は小綺麗で、家が無いとは思えない。
「貸して欲しいモノがあるんだ」
「…何です?」
「警戒するな、金じゃない」
確かにそれなら「くれ」と言うはずだ。
「なら、『知恵』とかですか?」
「おお、素敵な答えだ。確かに知恵も知識も俺は借りたいことばかりだからな」
見た目はダンディな仕草で笑う。
「そういう意味じゃないです。大体、青柳さんは人生経験が豊富でしょう」
「そうだな、食べられる雑草の見分け方なら教えら「結構です」
「真冬の屋外で凍えずに眠「結構です」
「蝉を「結構です」
「…最近の若者はせっかちだな。もうちっとゆっくり生きたらどうだい?」
「じゃあ『猫の手』とかですか?」
「おいおい、猟奇的だな」
「違いますよ、人手を借りたいのかってことです」
「そういうことか。でも一人で大丈夫だから心配するな」
ふっと息を吐き、遠くを眺める。
「時間はあるから、資材さえあればマッチ棒で1/1スケールの金閣寺も作れるぞ」
「だいぶ心配になりますが…あ、もしかしてコレですか?」
持っていた求人募集の雑誌が目に入る。
「やめてくれ、そりゃ若い衆の領分だ。老兵は去るのみさ」
「ずいぶん戦ってもいないのに偉そうですね」
「おいおい、俺は戦っているぜ。『世間体』ってやつとな」
「負け戦確定ですね」
やれやれと首を振り、先輩は諭すように話す。
「真琴君。無職の強みを知っているかい?」
「…さあ?」
「それは、時間だ。生き急ぐ君達には無いものだろう」
そうかもしれない。
「一日20時間寝ることも、歩いて国内旅行も、炎天下のスーツ姿を眺めながら空調の効いた図書館で優雅に読書も、出来る」
「最後が余計です。で、結局何なんですか?」
青柳先輩は真剣な表情になる。思わず息を吞んだ。
「歯が、痛くてな」
「は?」
「保険証貸して?」
「なるほど、歯を食いしばれ。いっそ楽にしてやる」
「おいおい、ちょっとだけだぜ?」
「見た目でバレるわ」
「厳しいなぁ、将来が心配だよ」
「それはこっちのセリフです。なら青柳先輩は将来どうするつもりですか!?」
「目指す人物像はあるぜ」
「…どんな?」
「健康で文化的な最低限度の人間」
「現世では諦めて下さい」
先輩は右頬を撫でながら言う。
「だって水もしみるんだぜ?」
「無職なら水ぐらい我慢してください」
無色だけに。
「え? 無職関係なくない? パワハラ?」
「よし、歯を食いしばれ。おっさん」