第7話
遊び疲れた僕らは、休憩がてらプールからあがってプールサイドに二人並んで腰掛ける。
僕と少女との間には、握り拳一個分くらいの隙間があって、それが僕の意気地のなさを表している、ような気がする。
女の子と二人っきりでいると、何だかまるでデートみたいだ、と思う。
実際に女の子とデートなんて、したことないから想像でしか語れないけれど。
あぁ、幼馴染のあいつと出掛けたり遊んだりっていうのは、ノーカウントでお願いしたい。
小さな頃から一緒に居て、最早家族というか、妹みたいなものなので。ドキドキしたりだとか、そういう感情は何もない。
とはいえ、これをデートと言ってしまっていいものか、悩まなくもない。
僕はちっともカッコいいところを見せていないし、それどころかさっきは足を攣って救助されてるし。
こんなことでは、少女の好感度はそうそう期待出来ないぞと、少しばかり悲しくなる。
「――――?」
そんな僕の落ち込みを察したのか、何なのか。少女が、僕に話しかけてくる。
だが、相変わらず全く聞き取れず、何を伝えようとしているのかは全くもって不明である。
しかし少しでも好感度を上げようと思うのならば会話によるコミュニケーションは必須で、だとすれば、ここはやはり僕が話しかけるべきだろう。
「君ってさ、ここの学校に転校してくる予定あったりする?」
その問いに少女は首を傾げ、
「――――? ――――?」
転校の意味がわからなかった、というところだろうか。だとすると、
「この学校に君が来て、一緒に勉強出来たら楽しいだろうなっていう話だよ」
すると今度は意味が伝わったのか、
「――――! ――――!」
少女は満面の笑みを浮かべて興奮気味に何かを叫び始めた。
「本当に、君と一緒に学校に通えるといいよねえ」
少女は何度も頷いて、それから。何か忘れ物をしたかのような呆けた表情を一瞬見せて、
「――――?」
僕の胸あたりを指さして、何事かを尋ねてきた。
「んっと、何かな?」
「――――? ――――??」
何度も何度も僕の胸を指して、首を傾げて、何かを尋ねている。
「僕のおっぱいと、君のおっぱいはだいたい同じぐら、うわ痛いやめてやめてごめんなさい」
からかったら、結構マジなストレートが飛んできた。
照れ隠しのようにも、本気で怒ってるようにも思えた。
少なくともこの少女には、この手の冗談は通じないのだ学習したので、次からは気を付けよう。
「やっぱり、君が何を言いたいのかわからないなぁ」
すると今度は、少女は自分のあまり膨らんでいないおっぱいを、
「――――! ――――!」
「あ、痛い痛いごめんなさい。何も変なこと考えてないですごめんなさい!」
次はないぞ、とでも言わんばかりに全身で怒りを表現する少女に、僕はひたすら謝り倒すのだった。
本題に戻ろう。少女が僕に伝えたかったというか、尋ねようとしていたこととは、
「――――、ありす、」
少女が自身を指さして、確かにそう言った。そう、聞こえた。だから、
「君の名前は、アリス?」
花が咲くように、少女が、アリスが微笑んだ。その笑顔は、今までに見た中で一番綺麗で、可愛くて、だから。
少女が、これまでに何を言わんとしていたのか、ようやくわかった。
僕の胸を指差して、
「――――?」
そう尋ねられて、僕は、
「そうだね、僕におっぱいはないね。仲間で同士だね」
それを聞いたアリスは途端に無表情になり、固く握った拳を持ち上げて僕に見せてきたところで、
「あはは、ごめんごめん。冗談だよ冗談。えっとね、よく聞いてね。僕の名前は、」
そこで息を切って、アリスの青い瞳を真正面から見据えて、
「佑輝」
名前を、告げた。
「ゆ、う、き?」
大切なものの名前を呼ぶように、大事に丁寧に、アリスが言葉を紡ぐ。
「そうだよ。それが、僕の名前だよ、アリス」
「ゆうき、――――! ゆうき! ゆうき! ゆうき!!!!」
僕の名前を何度も何度も繰り返すアリスの声色は、表情は、出会ってからこれまでで一番嬉しそうなものだった。
名前を呼ばれるのは少し恥ずかしい気もしたけれど、僕だって頑張った。
アリス、とドサクサに紛れて呼び捨てにしてみたけれども、そのことも、アリスを喜ばせているのだろうか。
お互いを名前で呼び合うことがこんなにも恥ずかしくて、でも何だか嬉しくて幸せなことだなんて、知らなかった。
今はただ、この幸せな感情に溺れていたいと、心の底から思う。