第16話
「……って、そうじゃないし! ああもう、私は今どうしてもここで泣いていたいの。だからあっちいけバカって言ってるじゃない!」
拒否する私の言葉を、しかし彼は全く聞こうとしない。それどころか、
「だから、僕としては泣いてる女の子を放っておけなくてね? ……それにほら、校門のところで凄い顔して走ってく皆川さん見ちゃったから、居ても立ってもいられなくって捜してここまで来たんだし。だから、僕のことはそういう性分だと思って諦めてもらうしか……」
まさか、私の為にここまで来てくれたのだとは、思いもしなかった。
そして、これはどうにもならないのだと悟った。最早私が諦めるしかないのだろうか。
いや、諦めてなるものか、ここは何としても三吉君に立ち去ってもらう方向で、
「……あ、皆川さんちょっと元気出てきた?」
「そ、そんなことないですよ! 私みたいな人間は、この街に居るべきじゃ、」
「でも言葉遣いが、ほら、朝の時みたいに丁寧なのに戻ってるし、調子戻ってきたんじゃない?」
「うッ、……そ、そんなことないです、あっちいけバカ!」
狼狽える私の何が面白いのか、三吉君は微笑みながら、
「……うーんでも、僕としては丁寧な言葉遣いの皆川さんの方が、可愛くて好きだなって思うよ? だからほら、元気だして? 笑おう?」
「な、何なんですか、可愛いとか、好きとか……」
私は、その言葉に絶句する他なかった。なんなのだろう、この男の子は。
可愛いだとか好きだとかそんな、いやいや、別に恋愛感情がどうのこうのというような話をしている訳ではない。
一般的に、一般的な、女の子の好みとか、好きだとかいう恋愛的な感情の……?
「……あれちょっと皆川さん? 顔赤くなってきたけど大丈夫!?」
「大丈夫! 大丈夫じゃないけど大丈夫です!?」
全然大丈夫じゃなくなった。三吉君は心配そうに私の瞳を覗き込んでくるけれども、その真摯な眼差しが、最早私には耐えられそうにもなかった。
三吉君の顔をまともに見ることが出来なくなり、さっきまでの感情とは違う意味で顔を伏せる。
というか、三吉君は私との距離が近過ぎないだろうか?
肩が触れ合うというか、触れてる距離なんだけれども、なんだどういうことだ、この街の男の子はこういうのがデフォルトなんだろうか。
いや思い返してみれば、外地で異性と触れ合う機会なんてほとんどなかった。
父親くらいに歳の離れた大人か、あるいは言葉も満足に喋れないくらいの幼い子供くらいしか、私の周りには居なくて、――。
だから、心配そうに私の顔を覗き込んでくる三吉君の視線を必死に切りながら、
「いやあの、本当に、大丈夫ですから。……だから、」
だから、何なのだろう。私は今、何を言おうとしたのだろうか。
私は私の心も気持ちも、何もが分からないままで、けれども、
「もう、あっちいけバカって言わないんだね? なら、それで良いよ」
三吉君がお人好しな笑みを浮かべて、そう言った。
「それは、はい。そうですね、それはもう言わないです」
彼が可愛いと、そして好きだと言ってくれたのだから。そういう悪態や呪いめいた言葉遣いは、少なくとも彼の前ではしないと、そう決めた。




