第13話
私が『アリスさん』と呼んだその電話相手は、アリスティア・ゴールフィルドという名前の女性である。
見た目は二十代後半くらいの綺麗なお姉さんで、一度聞いたら妙に耳に残るハスキーボイスが特徴でもある。
海の向こうの大陸出身の研究者で、この街の解放を願う研究所の主任研究員、という肩書というか役割を持っている。
そして、私が所属する第二百十八期街都解放志願隊の少女達から姉の如く慕われていた人物であり、もちろん私も慕っていた。だから、
「……やりました、やりましたよ私! アリスさんの転送理論は、やっぱり間違ってなかったんです!」
他にも言いたいことや不満や愚痴やツライ胸の内や、その他諸々とあるにはあるのだが。
何よりもまず伝えなければならないのは、彼女の研究が成功にまた近付いたという、その事実であろう。
もちろんそんなことは、外地から観測出来ている彼女は既に知っていることではあるのだろうが、それでもまず初めに、私は言わずには居られなかったのだ。
「そうね、椎子ちゃんのお陰で、私の研究がもっと進むわ。……ありがとう」
その感謝の言葉に、どれほどの意味が込められていたのか。万感の思いで私はその言葉を聞いて、そして、上手な返しを何も思いつかず、ただただ、
「はい……!」
感極まって、そんな単純な返事をすることしか出来なかった。
***
電話ボックスのガラスに背を預けて、私はぼんやりと外を眺める。
小銭の手持ちはあまりなく、そもそも十円では通話出来る時間もかなり限られてくる。
その上、どういう理屈で理論なのか、外地と電話ボックスとを繋いで会話出来るというのがそもそも謎だ。
質問をすればアリスさんは教えてくれるだろうが、まず基本的な知識の部分が私に足りないのだ。
説明に割かれるであろう膨大な時間と、その時間確保の為の大量の小銭とが必要になること必死である。
そんな私の好奇心を満たす為だけにアリスさんの時間を費やす訳にはいかないので、それはこの際忘れてしまおう。
それよりも今、大事なのは。
「……お父さんとお母さんが、この街との境界に来てくれる」
アリスさんが言っていた。今の私の心情を察してくれて、家族と会えるよう取り計らってくれたと言うのだ。
ただ、そこには裏というか、研究的な側面もあるそうで、
「……外地からこの街の様子は観察出来るけれども、その逆は不可能という結論が出てる。だから、」
父と母は私の姿を見ることが出来るが、私はその姿を見ることが出来ない。
この街から見える外というのは、この街が存在する世界における外であり、外地ではない。
というか、外地がもし見えているのであれば、もっとこの街は混乱を極めていてもおかしくはない。
だからある意味で、このアリスさんの申し出は私にとって無意味なものでしかないのだが、それでも。
一縷の望みに賭けて、私は行く。電話ボックスを出て、ひたすらに歩く。
この街の外へと続く、街の境界に至る道を。




