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第12話

一度投稿していたものですが、間違えて削除してしまいました。

――親御さんがお待ちになっていると思いますから、お早めに行って差し上げるのがよろしいかと思いますわ。


 ごきげんようがどうのこうのという話になる直前、別れる前に沢渡さんが言っていた。

 その言葉に何を期待してしまっていたのか。

 流行る気持ちを抑えて下駄箱へと急いで、そして靴に履き替えて校舎の外に出た私が目にした光景は。


 どこかぽややんとした雰囲気の同級生達が、入学式を観に来た彼ら彼女らの父母と共に仲良く帰宅する様であった。


 沢渡さんの言葉を面と向かって否定することは出来なかったし、するつもりもなかった。

 だが、私の立場やここに居る経緯を考えれば、少なくともこの街に私のことを待っている親は存在しない。

「……外地でなら、今でも待っていてくれてるとは思うけれど」

 でも、だが。二度と会えない可能性もあるのだと、いやその方が高いのだと、私も父母も理解していた筈である。

 私がこの街へと出発する日の朝、無言で私を抱きしめてくれた父と母の腕の暖かさを、私は今でもハッキリと思い出せる。

 それだけではない。

 もしかすると、私との今生の別れるなると理解出来ていなかったかもしれない、少しだけ歳の離れた妹のことは今でも心配している。

 上の姉に続いて、二番目の姉である私も家から居なくなったのだ。

 もしかすると今頃泣いているかもしれない。

「……会いたい、」

 私の思いは、気持ちは、

「……私の、家族に」

 目を閉じなくとも思い浮かぶ。

 小銃を肩から下げて、必要とあらばそれを同じ世界の人間に向けることも厭わずに、いつも私を守ってくれた父の後ろ姿。

 量も栄養も味も貧相な配給品を使って、美味しく食べられるようにと料理してくれていた母の笑顔。

 姉から教わった銃とナイフを使っての身の守り方。それを今度は私が妹に教えて数日後、返り血に塗れた妹が一言、「お姉ちゃんありがとう」って、

「……会いたいよぉ」

 そう思ったら、もう居ても立っても居られなくなった。

 私は、無意識に駆け出していた。同級生達の間を縫って、全速力で。

 この街の同級生達を呪うとまではいかないが、それに近い感情を抱いている自分に嫌悪しながら。


***


 それでもどこか、余裕はあった。

 学校の校門を飛び出してしばらく全速力で走り続け、全身に乳酸が溜まってもう限界だと訴え始めたあたりで、ようやっと速度を落として歩き始めた。

 肩で息をしつつも歩みを止めることだけはしなかったし、したくなかった。

 だが、その途中で私は足を止めざるを得なかった。

「……あ、あれ、電話、ボックス……」

 ガラス張りの直方体。その中にある緑色の公衆電話。

 その存在や使い方を、私は映像記録で見て知っている。

 あれは戦争前に存在していた、電話を掛けて遠く離れた誰かと会話をすることの出来る設備である。

 そして、今の私にとっては大事な意味と役割がある。

 緊急時の連絡用にと、私の脳内にはとある電話番号が刻まれている。

 常に連絡が取れるとは限らないが、繋がる可能性はあると彼女が言っていた。

 私の動向は可能な限り観測しているから、だから電話を掛けてくれれば話が出来る筈だと、そう言っていた。

 その話を思い出して、私は足を止めた。

 全身が疲労を訴えていて、手を上げるのも億劫だった。だから私は、肩でドアを押してなだれ込むようにして電話ボックスの中へと滑り込む。

 電話を掛けるには小銭かテレフォンカードというものが必要なのだが、しかし私はそのカードとやらを持ってはいない。だから、

「……十円玉を、入れて、えっと、」

 肩で息をしながら、震える指でなんとか記憶にある番号を打ち込む。呼び出し音が一度だけ鳴り、

「もしもし!? 椎子ちゃんよね!?」

 焦った色を含んだハスキーボイスが、電話口越しに響く。

 一時は毎日のように聞いていた、その懐かしくも温かみのある彼女の声を耳にして、私は知らず涙を流していた。

「はいそうです、椎子ですよアリスさぁん……!」

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