第10話
ほどなくして、新入生の保護者と思しき大人が沢山入ってきて、退屈な入学式が始まった。
覚えているのは、沢渡さんが新入生代表として挨拶をしたことと、それから。
私の保護者となっている老夫婦が、保護者席に居たことくらいであろうか。
視線を感じた気がしてそちらを向けば、私を見ている老夫婦と目が合った。
お爺さんは何の意味があるのか一つだけ頷いていたし、お婆さんはニコニコと笑っていた。
何だか恥ずかしくなって、私は視線を逸らすのだった。
***
退屈な入学式が終わり、私達は一度、自分の教室に戻った。
この時、間違えて隣の三組に入ってしまって、しばらく三組の誰かの席に座っていたということがあったが、まあそれはそれである。
ただ単に、式の際に勘で並んだ列が三組のものだったというのが原因で、一組から順に退場して教室へ移動するというのでその流れに乗って、前を歩く少女に着いて歩いていったら三組だったというだけの話である。
沢渡さんが迎えに来てくれなかったら、まだしばらく三組に居座っていたのかと思うと、ちょっと恥ずかくもある。
「だから、沢渡さんには感謝してます」
「あら、それは嬉しいですわね。お役に立てたようで何よりですわ?」
その後、担任となる先生が教室にやってきて簡単な挨拶を済ませて、今日は解散となる。
「それでは椎子ちゃん? 親御さんがお待ちになっていると思いますから、お早めに行って差し上げるのがよろしいかと思いますわ。ごきげんよう、椎子ちゃん」
「……あの、ごきげんようって何ですか? 挨拶……?」
「あら、ご存知ない? 挨拶の言葉ですわ。うふふ、そういう反応も新鮮で良いものですわね。折角ですから、使ってみるのはいかがかしら? はい、ごきげんよう」
「……ごきげんよう」
「まだちょっと照れが入ってますわね。それに、親しい間柄であれば、ごきげんようの後に相手の名前を添えると、より親密さを表現できますわね」
「あ、そうなんですね。えっと、では……ごきげんよう、沢渡さん」
「あら、まだ名前では呼んで下さいませんのね? でも、はい、ごきげんよう、椎子ちゃん」
ちょっとした遣り取りを交わして、沢渡さんは教室を出ていった。
その後姿はどこか格好良くもあり、本人の美少女さ加減も相まってか、クラスの男子も女子も、皆が沢渡さんに注目しているような雰囲気すらあった。
そして、沢渡さんの姿が消えた今。
その視線を、注目を一心に集めることになるのが、私である。




