第8話
「皆川さん? 体育館に移動だそうですよ? いよいよ入学式ですのね」
沢渡さんに呼び掛けられるも、私はどこか上の空。
だが、どこかに飛んでしまっていた意識が沢渡さんの呼び掛けで現実に引き戻された。
その流れで周囲を見渡せば、なるほどたしかにクラスメイト達は移動を開始しているようだった。
そんなどこかぼんやりとした私の様子をどう解釈したのか、
「……緊張するのは分からなくもないけれど、案外出るトコに出てしまえばどうとでもなりますのよ?」
出るトコとは、どこのことだろうか?
何とはなしに沢渡さんのボリュームのある胸に視線が行ってしまうが、
「……いえ、私の身体的特徴の話ではありませんのよ? 体育館ですわ。入学式があると言っているでしょう?」
「あ、いやあの、そういうことではなくて……というか、すみません。ちょっとボンヤリしてたみたいで」
「何だか体調が悪そうですのね? 無理しないで保健室に行った方が良いかもしれませんわね? どうしますの?」
心配されてしまっているが、別に不調という訳ではない。
「いえ、どこも怪我はしていませんし、作戦行動において万全の、あッ」
およそこの街の中学生に相応しいとは思えない言葉を口走ってしまい、私は慌てて口を閉じるも、
「なんですの? 作戦行動、とか面白い言葉遣いをするんですのね? ……ああ、今流行りの戦争映画の影響かしら?」
「ああ、えっと、まあ、たぶんそんな感じです、あはは」
沢渡さんが良い感じに勘違いしてくれたので、私はそこに便乗して誤魔化してしまうことにした。
「ちょっと以外ですわね。女の子らしい可愛い顔をしているものですから、もっと女の子女の子した可愛いモノ好きなのかな、とか勝手に思い込んでいましたわ」
「あー、あの、幻滅させちゃったとかそんな感じですか? すみません」
「いえいえ、私の勝手な思い込みの中の皆川さん像より、現実の皆川さんの方がずっと可愛いっていう、そういうお話ですわ?」
「うぅ……? えっとあの……?」
何故だろうか。私は会話能力を含めた対人スキルはやや低い方であると自覚をしてはいるのだが。
それを踏まえて、沢渡さんとの間に交わされる会話のキャッチボールがいまいち上手くいっていないような気がするが、それでもわかることがある。
「あの、沢渡さんの私に対する好感度みたいなものって、もしかしてかなり高いんでしょうか……?」
「そうですわね。たぶん皆川さんが思っている以上に高いと思いますわ。……メーターを勢い良く振り切って、破壊してるレベルと思って貰えればいいですわ」
「あはは、沢渡さんって冗談もお上手なんですね。というか、破壊してたらむしろ好感度低くなってるんじゃ……?」
私に対する態度というか雰囲気というか、そういうものが初対面の人間に対して見せるものではないような気がしてならないのだが。
もし、こんな人間と外地で出会っていたのならば。
きっと私の冷静な部分は『全力で警戒せよ。可能ならば殺せ』とでも判断していたのであろうが。
ここは、違う。ここは、平和な世界である。そもそも、この街で誰かを殺すようなことをしてしまえば、この先平穏無事に生きていくことはほとんど不可能になるだろう。
だから、私は警鐘を鳴らし続ける自分の心を蹴飛ばして黙らせて、
「あの、それで話を戻しますけれど。……入学式で体育館、ですよね? 行きましょう、沢渡さん?」
「はい、行きましょうか。……ああ、そうそう。私のことは名前で呼んで下さって構いませんわよ? 私も、椎子ちゃんと呼びますから」
「あーえっと、呼ばれるのは良いんですが、名前呼びはちょっと、」
「あら? 照れてるんですの? 私、椎子ちゃんの可愛いところをまた一つ見つけてしまいましたわ?」
だから、この好感度の上昇具合は、どうしたというか。
まるで、私をこの街に引き留めようという意志みたいなものが働いているとでも、
「ほら行きますわよ椎子ちゃん? 私、新入生代表の挨拶を任されてますの。だから少しだけ準備があるんですわ」
「え、いやあの、そういうの大事なことじゃないですか!? すみません、早く行きましょう!」
急がねばいけない理由があるのなら、こんなところでぼんやりと油を売っている場合ではない。
私は急く気持ちに押されるようにして、沢渡さんと共に教室を後にした。
……あれ、これはもしかして椎子が恋に落ちる相手ってこの流れだと沢渡さんになるんじゃ……?
というか、そっちの方が書いてて楽しそうな気がしないでもないっていう妄想をば。
……いえ、そういうルートにはこの時点では絶対に行かないですし書かないですが。
そういう恋愛話を書きたい欲求が高まってどうにもならなくなってきたら、息抜きがてら全く別の関係ない甘い短編とか書いてますね、はい。
今もちょっと別の話書こうかなとか思わなくもないような、あるような。




