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第7話

 この日のこの後のことは、実は記憶がやや曖昧である。

 長野さんや三吉君とあんなに自然に笑い合えたのは嘘か幻であったのだろうか、と思わずにはいられない。

 後になってよくよく思い返してみれば、私に話しかけてくれる人も少なからず居たはずである。

 だが、少なくともこの時の私は、あまりにも余裕がなかった。

 けれども、それを救い上げてくれる人と、私は出会うことが出来たのだ。

 つまるところ、この街に来て三人目の友人、いや、私の側からそう呼ぶのは烏滸がましくて、きっと彼女の取り巻きに何やら言われるかもしれないが、それでも。

 私は、彼女に対しては感謝の念を抱かずには居られない。

 それくらいに、大切な出会いであったのだ、これが。


***


 入学式が始まる少し前。教室で私達は名簿順で指定された席に着いて時間を待っていた。

 誰もがソワソワとして、しかも私の方を皆がチラチラと見ているようでもあった。

 それは、長野さんが言っていたように、私が珍しかったのだろう。

 その好悪はどうあれ、人の注目を集めている現状というのは何だか妙に心が落ち着かなかった。

 だが、今の私の心持ちが傾き始めていたのは、そんな些細なことが理由なのではなかった。

 この教室という場で同年代のクラスメイトと共に過ごすことになるという事実こそが、外地での私の記憶を刺激して止まない。

「……少なくとも、仲間には絶対になれない」

 この街へと来る直前、私達はほとんど垂れ流しの詰め込み型に近いながらも、この教室のような場で教育を受けてきた。

 同い年の少女達が集められ、少なくとも建前上は希望者のみで構成された『第二百十八期街都解放志願隊』の仲間達。

 もしあの全員がこの街への転送に成功していたのならば、同級生が百名ほど増えていたはずである。

「……それはそれで、なんとなく大変そうな気がするけれど」

 主に関係各所が大混乱だったのだとは思うのだが、それはともあれ。

 きっと同じ釜の飯を食った仲間が傍に居るというのは、絶対に心強くて安心できて、だからきっと私はこんな弱気な気持ちになることもなかっただろう。

 精一杯、今でも胸を張れていた筈である。それが今の私に出来ないのは、心が弱っていってしまうのは、

「……あの仲間達に、もう二度と会えないかもしれないから。……ううん、二度と会えないんだ」

 この街のどこにも姿がないということは、転送に失敗したということであり、それはつまりはそういうことである。

 彼女達は、どこに行ったのか。

 仮説の一つとしてあったのが、戦争相手であった隣の世界のどこかに転移している、というものであったが、しかしそれも研究者達の最低限の希望に近い幻想に過ぎなかった。

 少なくともこれまで転送に失敗した、とされた少年や少女達の痕跡はどこでも何も発見されてはいない。

 ほとんど自殺に近いとも揶揄されるこの街への転送。それに志願する少女が後を絶たないのは、やはり外地という世界が、そこで生きていくことが、

「……あの、皆川さん? 何か言いまして?」

「あ、いえあの、何でもないです……、って、うわぁ」

 隣の席の女の子に話し掛けられて、というか独り言を咎められて、私は我に返る。

 私の脳裏に浮かんでいた『地獄』、という単語は霧散して消えた。

 というか、むしろ私の脳に新たに刻まれたのは、とびっきりの美少女の姿だ。

 故に、思わず私の口から、ややもすると外聞の悪いような感嘆の声が漏れてしまったのだが、それを美少女がどう解釈したのか、

「え、なんですの? 人の顔を見て『うわぁ』って……」

 半目で私を睨んでくる。

「あ、ごめんなさい。その、悪い意味とかじゃなくて、ただ、」

「ただ……? なんですの? どう意味かきちんと教えて下さいますか? そして、責任取って下さいます? 私、貴女にそんな目で見つめられると、ドキドキしてしまいますもの」

 最初は、会話に失敗してしまったと思ったのだが。

 しかしよくよく話を聞いてみると、どうにも話が変な方向に向いているような気がしないでもなかった。

 だから私は、その印象が間違っていないか確認しようとして、

「えっと、その、凄い美人だなって思って。ちょっとびっくりしただけなんです。気を悪くさせてしまったのならごめんなさい」

 頭を下げた。それで相手の溜飲が下がるなら、それに越したことはないのだ。というか、

「そうですか。まるで貴女が、今にも消えて居なくなってしまいそうでしたもの。ちょっと心配になったのですよね」

「いえ、あの、私は大丈夫ですから。……えっと、その……?」

「ああ、自己紹介がまだでしたわね? 私は沢渡ですわ。よろしくお願いしますわね、皆川さん?」

「はい、よろしくお願いします、沢渡さん」


 こうして私は、沢渡さんとも知り合った。

 というか、この時からずっと、沢渡さんは私を気にかけてくれて、そして構い続けてくれている。

 そのことに、本当に本当に多大な感謝の念を。そして、――。


「……ところで、あの、沢渡さん? 私が自己紹介する前から私の名前を知ってたようですが、それは?」

「うふふ? 良い女の子は、細かいことを気にしないものよ? それが女子力と言うものよ?」

 この時は何とはなしに尋ねて、しかし返ってきた答えの意味が分からなかったが、しかし。

 ……いや、後になってもやっぱり分からないのではあるが、しかし。

 なんというか、沢渡さんなのだな、という理由で納得はしておこうと思う次第である。

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