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第2話

 この街に初めてやってきて、そしてこれから暮らすことになる家へと招かれて。

 玄関の表札には『皆川』と書かれていて、そのことに少しばかりの疑問を覚えたものの、事前の研究所担当員からの説明で聞かされていたことだったと思い返す。

 この街への転送に成功したならば、私はこの『皆川』の家にお世話になるのだと、そういう話であった。

 そこまで珍しい名字という訳でもないので、単なる偶然だろうと私は思っていた。

 あるいは、姓が異なると今後のこの街での生活で不便や不都合があるかもしれないので、出来る限りその手の懸念を排除するよう考慮されていたのかな、とも思う。

 そのあたりの真実はわからないが、ともかく。

 初めての夕食の席で出された、食べきれない程の量の食事を前にして私は固まった。

 見たこともなく、これまで味わったことのない料理の数々に、私は散々に打ちのめされた。

「……あらあら。そんなにがっついて食べなくても大丈夫ですよ?」

「外地ん子らは、食べるものにも困っておるって話じゃったからのぅ」

 お婆さんとお爺さんが、勢い良く食べ物にかぶりつく私を見ながら微笑みを浮かべている。

 私の食べっぷりの何がそんなにも嬉しいのかわからないが、喜んでくれるというのならそれで良しとしよう。

「……この街の外では、戦争が未だ続いているなんて。本当なんでしょうかねえ? 私らがこの街を出ても、隣町にたどり着くだけですし……」

「詳しいことはわからんがのぅ、どうやらそれが真実のようじゃのぅ。……むしろ、何でこの街は引き篭もってるんじゃと、儂はそちらの方が気になるわい」

「あれからもう十九年にもなりますわね? たしかにあの時、私達は、」

「ばあさん、それ以上は言わぬが華じゃよ」

「そうでしたわね。……それにしても、椎子ちゃんは本当に良く食べるわねえ。育ち盛りの女の子はこうでなくちゃ」

 老夫婦が、何か二人にしかわからない会話をしているのを右から左に聞き流していると、いつの間にやら私の話題に戻っていた。

「だって、おいひいんだもの」

「あらあら。お口にモノを入れて喋るんじゃありませんわよ? でも、作り甲斐があって嬉しいわ」

「そうじゃの。ばあさんの料理はいつも美味いからのぅ。ついつい食べすぎてしまうんじゃ」


***


 食べ過ぎた。

 お腹いっぱいで苦しい、というのは生まれてこの方、初めての経験であった。

 姉が旅立つあの夜も、私が旅立つことになったあの夜も、家族で囲んだ最後の食事は配給のパンとソーセージに、野草が少々という有様だった。

 子供の門出を祝う晩餐であっても、それが精一杯であった外地での私の常識は、たった一食の食事の席で破壊された。

 食事の後は、勧められるままに入浴をし、そして今は宛てがわれた私個人の部屋のベッドの中に居る。


 目を閉じて眠りに就こうとして、けれども、

「眠れない……」

 眠るのが、怖くなったのだ。

 こんなに幸せでいいのか。寝て起きたら、実は夢だったというオチが待っていやしないだろうか。

 竜や異世界の悪魔に怯えることもない平和な生活。

 それは、外地の誰もがきっと夢見て、あるいは夢見ようとしている光景ですらあるのだろう。

 この街を解放するということは、この家の主である老夫婦達をも含めてこの街に住む人々をあの竜や悪魔が闊歩する地獄に落とすということである。

 あるいは、この街に発生している未だ全容の解明には至っていないこの現象を解き明かすことが出来たならば。

 外地に残してきた父母と妹とも、こんな幸せな生活を送ることが出来るかもしれない。

 だとすれば、私がやるべきことは、――。


 いつの間にか意識は闇に呑まれ、私は夢の世界へと旅立っていた。

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