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第1話

皆川椎子視点でのお話となります。


 かつて転校生だった私が、この街を好きになった時の話をしよう。

 好きになったということは、すなわちその前は嫌いだった、という訳で。

 だからこの話は、どちらかと言えば面白いものではない部分の方が多い、とも思う。

 むしろ辛くて苦しくて、けれども忘れることの出来ない大切な思い出が私の心に刻まれた日のことで、だから私にとっては大事にすべき記憶なのだ。


――私、皆川椎子はその日、人生で初めての恋に落ちた。


***


 一年前の春。四月五日。

 その日付が意味するところは、私の通う佐名川中学の入学式前日であり、私がこの街へと引っ越してきたその日でもある。

 そして、私が恋に落ちる前日でもあった。


 この街の外の世界を意味する外地から来た私にとって、この街は驚きの連続をもたらすばかりであった。

 驚く程に穏やかな時間が流れていて、誰もが平和を当たり前に享受しているこの街。

 この街では、あの異世界との戦争は二十年ほど前に終わったことになっている。

 少なくとも、それがここでの現実である。

 外地では、未だ終わりの兆しすら見えない悪夢の中にあるというのに。


 あの研究所にて、今期にこの街へと転校することが決まっていた『第二百十八期街都解放志願隊』

 そのおよそ百名全員を集めての事前教育にて、そのことについては学んで知っていた。

 頭では、理解しているつもりだった。

 けれども知識として理解しているのと実際に体験するのとでは、受ける印象も抱く感情も大いに差が出来るものだ。


 この街に転送されて、私自身の二本の足で立っていると気付いた時、まず私は喜びを爆発させた。

 成功したのだ。これまで何千どころか万にも届く行方不明者を積み重ねて、とうとうたどり着いたのだ。

 これまで、成功例はたった一人の一例しかなかった、と聞いていた。

 だが、この成功が後に続く同胞達の資となるし、私が志願するに至ったその目的を果たすことも、もしかすると叶うかもしれない。

 研究の出資者たる人々の悲願たるこの街を解放することも叶うかもしれないし、過去に行方不明者として名簿にその名を連ねることになってしまった、姉を捜すという目的も、百名近くにも及ぶこの人数が居れば、

「……あれ? 私だけ、なの……?」

 そこでようやく、私は気付いた。

 一緒に転送装置に入ったはずの、ぎゅっと手を繋いで転送の時を迎えた同期である少女達の姿が全く見えないことに。


『第二百十八期街都解放志願隊』からは、たった一名の成功者と、それからおよそ百名に及ぶ行方不明者を排出した。

 研究所からしてみれば、公式の記録において二人目の成功者である私を観測出来て、きっと歓喜に包まれていたことだろう。


 だが、その成功者たる私は逆に、――。


 あてもなく、街を彷徨う。

 事前に、この街の地理は頭に叩き込んでた。

 気力を振り絞り、ともすれば落ち込みそうになり負の方向に思考が引っ張られそうになるその心を引っ叩いて、前を向いて歩く。

 可能性のある場所を、同期達が隠れたり休んだりしていそうな場所を巡る。

 班の皆でこの街の地図を広げて議論を交わし、集合場所に最適だと判断した中央公園。

 街での生活に慣れて余裕が出てきたら行ってみたいと皆の意見が一致した、カラオケという遊びが出来る店。

 大戦以前と同等の食事を提供しているとされる飲食店の数々。


 一緒に訪れようと約束した同期たる彼女らの姿はどこにもなく。

 けれども現実を認められなかった私が、中央公園にて他の誰かが来ることをただただ待ち続けていて、そして。

「皆川椎子ちゃんだね? 迎えに来たよ。さあ、儂らの家に帰ろう」

「あらあら、こんなに可愛い女の子がうちに来てくれるなんて、おばあさん嬉しいわ。晩御飯は精一杯のご馳走を用意していますからね?」

 陽が落ちる頃に私の元にやってきたのは、この街の協力者にして私がこれから住むことになる、この街に住む老夫婦だけであった。


 吐き気がするほどに平和なこの街で。

 外地であれば真っ先に粛清か口減らしか囮か、そのあたりで生きてはいられないであろう老齢の夫婦の姿を目の当たりにして。

 この街は本当に平和なのだと再確認をさせられて。

 そんな平和の象徴たる老夫婦に手を引かれて、これから住むことになる家へと招かれるのであった。

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