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第6話

 僕は少しだけ期待していた。

 新学期が始まり、このクラスに美少女な転校生がやって来るのではないかと。

 去年の夏に僕が読んだ例の小説のごとく、そんな素敵なイベントが発生するのではないかという、そういう期待。

 夜のプールでの出会いを済ませたのだから、その次には。

 あの少女は、アリスは幽霊なんかではなかったのだと、実在の女の子であったのだと、――。


 ……そんな甘くて温い希望は、クラス担任である水野先生が単独で教室に入ってきて、朝の挨拶もそこそこに業務連絡を始めた段階で消えてなくなった。

 転校生、なんて話はどこにも出てこなかった。

 僕は、心の中でだけ溜息を吐く。

 つまりは、それなりに退屈な学校の日常が始まるのだと、そういうことである。

 そしてやっぱり、あの夜のプールの出会いは、つまりはこの学校の七不思議である何かであったのか、それとも僕が見た幻覚であったのだろうか。

「ほら、佑輝? 始業式行くよ?」

 思考の渦に陥ってる内に、担任の話は終わっていたらしい。

「あー、ありがと友香。行こうか」

 幼馴染に声を掛けられて、僕はクラスの皆に倣って席を立って体育館へと向かった。


***


 物凄く長ったらしい校長の話を右から左に聞き流して、始業式を終える。

 教室に戻ってきて、宿題を提出する。

 誰も彼もそれなりにやる気がなく、その作業はダレ気味で手際も悪いものであったが、どうやら担任も似たような心持ちではあったらしい。

 どちらかと言えば普段から緩くて優しい側の先生ではあったが、今日はその雰囲気が顕著である。

 口に出して「だるい」だの「早く帰りたい」だのと愚痴っている生徒達とは違い、その手の不満を口にしないだけの分別はあったようではあるが。

 ともかく、そんなどこか弛緩した作業の最中、ぶつんッ、と教室の前方、黒板の上に据えられたスピーカーが音を立てた。

 皆がそちらをそれとなく注目する中、

『えー、連絡致します。二年二組担任の水野先生、至急職員室までお戻り下さい。二年二組担任の水野先生、至急職員室までお戻りください。以上連絡を終わります』

「……ん? なんだ? ちょっと行ってくる。きちんと宿題集めておけよ? ……委員長、頼んだぞ?」

 いってらっしゃーい、と生徒達に送り出され、少しだけ怪訝そうな顔をした担任が教室を出ていった。


 後に残された生徒達のやる気たるや想像の通りで、後を任されたクラス委員長が苦労したのは言うまでもない。


***


「……なんだろね? 何かあったのかな?」

「別に何でもいいんだけど、担任が戻ってこないのはどうかと思うよね」

 校内放送があってからかれこれ一時間は経つ。

 だらだらのろのろと作業をしていた僕らではあったけれども、それでも委員長の頑張りもあって宿題は集め終わっている。

 そろそろお昼に近い時間で、今日はもう下校時刻扱いになるはずだからこそ、皆が担任の帰りを待ちわびている。

 クラス中に、そわそわとした雰囲気が満ちていく。

 ふと、隣のクラスで一斉に生徒達が席を立つような音が聞こえる。

「うわ、三組の奴らもう帰れるのかよ、ずりーな」

 誰かが発したその声に、クラスの誰もが同意をして隣のクラスを羨み始める。

「水野先生はどうしたんだよ、何があったんだ?」

「委員長、ちょっと職員室行って聞いてきてくれよ」

「えー、面倒くさい」

 ざわざわと教室が騒がしくなっていく。と、そこで、

「あー、お前らすまん、遅くなった」

 良いタイミングと言うべきか、皆が待ちわびた担任が帰ってきた。

「先生、遅いですよー」

「三組の奴ら、もう帰ってるじゃん、もっと早く帰ってきてよー」

 皆の愚痴に対して担任は、

「悪かったな、明日からのことでで校長とか教頭あたりとちょっと色々と打ち合わせみたいなことしててな。とりあえず今日は終わりだ、日直、号令を頼む」

 起立、気を付け、礼、と挨拶を終えて、これで晴れて新学期初日が終わった。

 放課後になった自由からか、クラスのざわめきも最高潮になる。

 その喧騒に負けないように担任が、最後に一言、

「明日からこのクラスに転校生が来るから、お前ら頼むぞ? ……先生は打ち合わせの続きがあるから行くぞ、じゃあな」

 そう言い残して、教室を出ていった。

 担任の爆弾発言に、ざわめきがおよそ三倍に膨れ上がって収集がつかなくなった。

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