第5話
皆川さんと沢渡さんとは、僕と友香の教室の前でお別れである。
「それじゃ、お昼から遊びに行くの楽しみにしてますね、佑輝、……三吉君」
「私もそれなりに楽しみにしてるのよ?」
……凄く気になるのだが、何故に皆川さんは僕の名前を一旦呼んでから名字に言い直すのだろうか。
これは友香に聞いたら教えてくれるだろうか。
いや、なんとなく碌でもない結果になりそうな気がするから聞かないでおこう。
一歩を踏み出す勇気が出ない、と言えなくもないが、まあそこはそれで。
そんな僕の心情を知ってか知らずか、教室に入って友人に一通り挨拶して帰ってきた友香が話しかけてくる。
「いやぁ、佑輝と椎子が、あの話をするくらいに仲が良かったなんて、私びっくりだよ。いつの間に仲良くなったの?」
「いやそれ、友香の勘違いだから。そもそも話だってほとんどしたことないんだって」
「……んー? その割に、結構意味ありげというか、親しげというか、二人にしか通じない何かがあったというか……女の勘ってやつよ? これは間違いないわ」
「女……? 誰が……?」
「おーう、佑輝坊や? 死にたいらしいね?」
「あーごめんなさいごめんなさい何でもないんです冗談なんです気のせいなんです聞き間違いなんですー」
そんないつも通りな遣り取りを交わして笑い合っていると、
「お前ら、相変わらず仲良いな。夫婦漫才なら隣のクラスでやってきてくれ」
聞き覚えのありすぎる、友人の声がした。
たしかにその声は、野球部でピッチャーでエースで四番、僕の友人でもある清水英詩のものであったと記憶しているのだが、しかし。
「……ふむ、僕に外国人の知り合いは居ない」
そちらを振り向くと、真っ黒ないがぐり坊主が居た。
その存在をよく理解できないので、僕は友香に向き直る。
「なんだろう。外国人の転校生かな? 僕としては可愛い女の子の方が良かったと思うんだけど」
がっかりだ、と友香に同意を求めるも、
「うーん、たしかにこの真っ黒な物体は扱いに困るけど、だからと言って可愛い女の子が良かったってのに同意するのもはばかられると言うか。それは椎子に悪いし」
「うん? なんで皆川さん?」
「いやべっつにー? なんでもないわ、忘れて」
「あー、はいはいわかりましたよって、うわッ!?」
真っ黒が、僕と友香の間に割り込んできた。
「お前らさあ、特に佑輝。久しぶりに会う友人にそんな態度はないんじゃないの?」
「なんかツッコむのも面倒くさくってさ。……何その真っ黒具合? 部活?」
「うむ、その通りだ。毎日朝から晩まで白球を追いかけて毎日汗を流した成果がコレだ」
胸を張る英詩に、しかし、
「相変わらず頭の中身が筋肉みたいで安心したよ、英詩」
「そうね、私も安心したわ。夏の暑さで頭がやられちゃったかと思ったけどそうでもなかったわね?」
僕と友香は淡々と語る。
「お前ら、ほんと仲良いな。息ぴったりって感じで。……で、この夏休み、お前らどこまで行ったの?」
たぶん英詩は、ちょっと下品な笑みを見せているとは思う。黒すぎてちょっと表情がよくわからないけれども。
「もー、清水? 私と佑輝はそういうないからね? ほとんど姉弟みたいなもんなの。そーいうのないんだからね!?」
「そうそう、友香の言う通り、僕ら兄妹も同然だから!」
「うん? 何かさ、私と佑輝でなんとなく言ってるニュアンスが違わない?」
「……気のせいじゃないかな?」
僕からすれば、友香は妹みたいなもので、守らなきゃいけない対象だと常々思っているように。
友香もまた、僕のことを弟みたいなもので、だから導いて行かなきゃいけないと、きっと思っている。
そのことをわざわざ指摘して否定したり言い争うようなことはしない。
だって、お互いがお互いのことを大切に思っているのは変わらないのだから。
「でもさー、兄妹とかそーいう方がむしろ萌えない?」
で、この英詩は一体何を言ってるんだろうね?そして、
「むしろ清水がよく燃えると思う。……燃やそうか?」
友香は友香でとても怖い。
そんな、夏休み明けの朝の教室での騒がしい一幕は、担任が教室に入ってくるまで続くのであった。




