第2話
中学校の裏門に到着する。
家から学校まで、自転車で走ること十五分ほど。
自転車に乗っている間は夜風を切って心地良かったが、降りた途端に一気に汗が吹き出してきて、肌にシャツが張り付いて気持ち悪い。
だからこそ、学校のプールで泳いだら気持ちいいだろうなと、気分が盛り上がっていく。
今宵は満月で、裏門のあたりは月のいち関係で影になっていた。
自転車をここに停めておいても目立たず、そもそもこんな時間に通行人はまず居ないだろうが、それでもより人に見つかりにくそうで安心する。
どこかで一匹だけセミが鳴いている。相手が見つからないのだろうか、どこか寂しげな鳴き声にも思えた。
僕はプールバッグを入れたリュックを背負い直して、閉じている門をよじ登り、乗り越える。
夜の学校への侵入を、なんてこともなく果たす。ここまでは、びっくりするくらい順調だ。
ふと、保健室の隣に当直室があったことを思い出す。
学校の先生達が当直をやっているなんて話は聞いたことがなかったが、もし見回りの先生に鉢合わせでもしたら今回の計画は失敗だ。
裏門側から校舎を見る限り、夜の校舎に明かりが点いている様子はなく、誰かが居るようには思えないが、でも油断は出来ない。
目当てのプールは、ここから測ると校舎を挟んで反対側、グランドを抜けた先にある。
当直室は校舎の一階、グランドを見渡せる場所にあるので、もしそこの電気が点いていたら要注意だし、そうでなくとも各教室の窓からグランドは見えるし、あるいは屋上からグランドを監視している何かが、
――いや待て、何かってなんだ、何かって。
どこか手に負えないところに着地しそうな思考を引き戻す。
夜の校舎は、どこか不気味だ。
中学の入学祝いとして父に買ってもらった防水型の腕時計、そのバックライトを点灯させて現在時刻を確認する。
緑色のライトで浮かび上がる時刻は「19:50」で、撤退予定時刻としている二十一時まで一時間以上の余裕がある。
まだ、おばけの時間ではない。
だから、何かなんて居ない、大丈夫だ。何かなんてないさ、何かなんて嘘さ、とかなんとか脳内でリフレインさせつつ歩いているうちに、グランドに到着する。
ここまでは、校舎の陰に隠れるような形だったので、対して周りを注意することなく歩いてきたが、ここからは違う。
グランドの向こう側には、高い壁で囲まれた場所がある。そこが、今回の目的地であるプールだ。
そこまでたどり着ければ、その壁が外からの視界を遮ってくれるので何も問題はない。
だが、そこにたどり着く為には、この遮蔽物が何もないグランドを通らなければならないのだ。
校舎にさっと視線を走らせ、明かりが点いていないのを確認する。
それ以上の確認はしない。教室の窓や屋上からこちらを監視しているかもしれない何者かのことは忘れよう。
そんなものはいないのだから。
よしいくぞ、と心を決めて。
全速力でグランドを駆け抜ける為に足を踏み出して、そして、
「――っ!??!!?!?」
足を滑らせて、左腕から地面にキスする羽目になった。
いや、かっこよさげにキスとかなんとか表現してみたけれども、事実としては盛大にすっ転んだだけである。
喉から出かかった悲鳴をなんとか飲み込んで、すぐさま立ち上がり、今度の一歩目は慎重に、二歩目以降は大胆に、前へ前へと地面を蹴る。
立ち止まることはもちろん、振り返ることもせず全速力で僕はグランドを走り抜けた。
少なくとも走っている間は、左腕に痛みらしい痛みを感じることはなかった。