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第7話

「私の方は、もう落ち着いたから。大丈夫だよ、うん。さあ告白して?」

 しばらく無言で私を抱きしめていた友香が、やっと私を解放してくれて。そして、そんなことを言う。

 何かを諦めたような、悟ったような、いや、いっそ清々しい雰囲気を感じなくもない。

 私を抱きしめている間に何を考えて、どんな心境にあったのか、それを察するのは困難を極める。

 だが、この感触だ。もしかして、もしかすると。

「いやえーっと、あの、そうやって催促されるのは、それはそれでやりにくいと言うか、」

 ぐだぐだと言い訳をする私に、

「もう、じれったいわね。いいからさっさと言っちゃいなさい。椎子ちゃんも佑輝君のことを好きなんだって」

 沢渡さんは見事に私が抱えた爆弾を破裂させてくれた。

「……えっと、あの? 椎子は私のことを好きなんじゃなくて、佑輝のことが……?」

 沢渡さんはなんてことをしてくれたのか、そして友香はやっぱり、そっちの方向に勘違いしてたのか。

 私は心の中でだけ頭を抱えて、けれども表に出る表情は毅然としたものを保って、

「友香ちゃんは、もちろん好きだよ? 親友って意味でね。……それでね、私が好きなのは、恋をしてるのは佑輝君なの」

「名乗ルンとかこっそりあだ名付けてたのに?」

 うるさい沢渡さん黙れちくしょう、とばかりに軽く睨みつけると、

「……ごめんなさいね。静かにしておくわ」

「はいそうして下さい。それで、」

 友香はしばらく心ここにあらずといった風に呆然としていたようだったが、やがて気を取り直したのか、

「そっかー。そうなのかー。あはは、ちょっと勘違いしちゃってたのは恥ずかしいなあ」

 頬を掻きつつ、更に言葉を継ぐ。

「私ね、椎子ちゃんの恋を応援するよ!」

「いやそれは、」

 駄目だ。だって、友香は佑輝君のことが好きなんでしょう? そう思った私の疑問に答えるように、

「いいの。だって、あいつは私にとって弟みたいなものだもの。ほら、知ってるでしょ? 私達って親同士も仲が良いし、ほんとに生まれた頃から一緒なんだよ。家族よ家族。手の掛かる弟なのよ、ほんとに」

 早口で捲し立てられるその言葉に、私の胸の奥が少しだけ痛む。

「ほんと、小さな頃からずっと、遊びに行く私の後を付いてくるばっかりで、何かあるとすぐ私の後ろに隠れちゃうような臆病な男の子でさ、」

 私の知らない、私と出会う以前の佑輝君のことを語る友香に、私はほんの少しの嫉妬を覚える。でも、だからこそ、

「じゃあ、いいんだよね? 私が佑輝君に、告白しても」

 友香の言葉を遮り、私はそう言った。友香は少しだけ驚いたような表情を見せて、けれども、

「うんうん大丈夫。全力で応援するわ。佑輝の姉である私が一肌脱ぐわよ」

「ありがとう、友香」

 納得出来ない部分が、ないとは言えない。けれども、私はたしかに伝えたのだ。だから、

「うふふ。椎子ちゃん? 私は一肌どころか、全部脱ぐわよ? 服は拾って頂戴ね?」

 だから、あーもー、この人は!

 色々とぶち壊してくれる沢渡さんのことを、しかし私はやっぱり嫌いになんてなれないのだった。

「むしろ私のこと、大好きなんでしょ? 知ってるわよ?」

 沢渡さんが、抱きついてくる。うぐぐぐぐ、胸が、胸に、胸を、苦しい……。

「あはは。椎子が佑輝と結婚したら、私は椎子のお姉ちゃんになるんだよねぇ……」

 あっちはあっちで、何かあらぬ想像をしているし。

「友香ちゃん、それは気が早すぎ」

「そうよ? だって椎子ちゃんは、私と結婚するんだもの」

「……え?」

「……え?」

 え、じゃないよまったくもう!

 私は沢渡さんの胸から逃げ出すと、軽く舌を出してあかんべーをして見せた。

 それはちょっとした抗議のつもりだったのだけれども、それを見た沢渡さんは目を見開いて、固まってしまった。

「あれ、沢渡さん……?」

 そんなにショックだったのだろうか、と心配になり声を掛けると、

「あ、あの。今のもう一度やってもらえるかしら!?」

 食い気味に言われて、私はちょっと引いてしまう。

「えっと、あかんべーのこと?」

 うんうん、と二度頷く沢渡さんの興奮気味な様子に軽い恐怖を覚えつつも、

「べー」

 繰り返すと、沢渡さんはガサゴソと傍らにあった通学鞄をあさり、


――パシャリ。


 フラッシュがたかれた。

「あの、何を?」

「ああ椎子ちゃん、ちょっともう一回あかんべーして。そのままでお願い!」

 沢渡さんが手にしていたのは、デジタルカメラだった。

 中学生が持つには高価で、しかも貴重なものである。

 なんでそんなものを沢渡さんが持ち歩いているのかと思考の深みに嵌るその直前に、

 ……いや、ここではそうでもないのか。

 そのことに気付き、苦笑する。

 この街に引っ越してきて、一年以上が経つ。

 外地の常識とこの街の常識は、異なるのだ。そのことを忘れそうになって、けれどもたまにこうして思い出させるような何かがあるから、


――パシャリ。


 また、写真を撮られた。

 いつの間にか私は、友香に抱きつかれていた。

「姉として言わせてもらうわ。あいつのこと、よろしくね?」

 なんだこの状況。そして沢渡さんは沢渡さんで、

「いいねー、いいですよ二人とも。新しいカップル誕生。――これが明日の学級新聞の一面よ!」

「やめて! そんなことされたら私明日からクラスでどんな顔してたらいいかわからない!」

「そんな困った顔の椎子ちゃんも素敵よ!」

 パシャリパシャリと、撮影は続行される。

 私は半ば諦めの境地でされるがままになっていると、

「それじゃ、代わって貰おうかしら?」

 沢渡さんが、友香にカメラを渡していた。そして私を抱きしめてくる。

「さあ友香さん、撮影をお願いね?」

 私の頭を優しく撫でる沢渡さんを見て、友香が一言。

「沢渡さん、お母さんみたい」

「うふふ。お母さんでも良いけれど、私はやっぱり椎子ちゃんの恋人になりたいわね」

 言って私の頬を両手で抱くようにして、

「だから、愛の口づけを交わしましょう? 友香さんは撮影をお願いね?」

「いやちょっと待ってそれはぐぐぐぐぐぐぐ」

 必死の抵抗を行って、迫る沢渡さんの唇から、なんとか逃れることに成功したのだった。

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