第5話
さて今現在、どこで何をしているのかと言うと、
「放課後で、先生に呼ばれたっていう友香さんを教室で待っているのよね」
説明セリフありがとうございます、沢渡さん。
「これくらいお安い御用よ、椎子ちゃんの一世一代の告白シーンに立ち会えるんですもの、この程度任せて欲しいわ」
これには私も苦笑い。話を本当に全く聞いてくれないのは、もう諦めた。
たしかにこれから、私は友香に大事な話をするのはたしかで、それはある意味告白と言えなくもないのだが。
「告白と言えば、やはり愛を伝えるってことになるわよね。素敵だわ」
それが勘違いだというのに……。でも沢渡さんが何だか楽しそうだし、それはそれでいいか。
しかし、今日は本当に災難である。クラスの皆には、私が友香に愛の告白をすると思われているし、そもそもこの放課後の場だって、下手をすれば大人数が集まっていたかもしれなかったのだ。
沢渡さんの取り巻きである彼女達が口を揃えて立ち会いたいと言ってきた時には、目眩さえしたものだ。
危うく公開処刑になりかけたその場を、上手くいなして彼女達を帰宅させたのが沢渡さんである。
だから沢渡さんには感謝してもしきれない恩が出来たと思うので、何かお礼に、
「それなら、椎子ちゃんのキスが良いですわね」
そうですか、キスですかー。それはちょっと気が引けるので別の何かに……っていうか、誤解の原因からして沢渡さんですからねッ!?
危ない危ない、種を蒔いた人にお礼をするとか、やっちゃ駄目なパターンに陥るところだった。
「あれ、もしかして椎子ちゃん、怒ってたりするの?」
どこか不安げな表情を見せて沢渡さんが私を見てくるが、その問いには即座に横に首を振る。
私が沢渡さんのことを嫌ったりだとか、嫌になるようなことはありえない。少なくともこれまでなかったし、これからも絶対にない、と断言出来る。
何しろ私は沢渡さんが大好きなのだ。私のことを親友だと言ってくれた人に対して、これっぽっちも悪い気持ちを抱くなんてことは有り得ない。
「そうだったのね。ありがとう。私も椎子ちゃんのこと、大好きよ」
沢渡さんが、頬を染めて微笑んでいる。向けられた言葉とその表情とに、私も何だか恥ずかしくなってきて、
「沢渡さんって、私の心が読めて会話も出来て、なんだか超能力者みたいですねッ!」
それを、私は冗談のつもりで言ったのだが、しかし。
「あら、やっと気付いてくれたの?」
沢渡さんは、浮かべる表情を真剣な色に変えて、
「私はね、椎子ちゃん限定で心が読める能力者なのよ?」
そんなことを大真面目に宣言するのだった。
笑どころがわからなくて、だから私は、
「はいはいそうですねー、それは凄いですねー」
そうやって流すのが精一杯だった。
「もう、信じてないわね? でもいいわ。少しだけ、私の話を聞いてくれる?」
とかなんとか、沢渡さんは語りモードに入り、
「私のこの能力はね、愛の力の結晶なの。私が心の底から好きになった人が、私のことを好きになってくれたら発動する能力なの。だから私達、相思相愛なのよ?」
えへへ、と笑う沢渡さんがその時に見せた笑顔。
ドクン、と私の胸が高鳴った。
いつもの余裕のある微笑みなんかではなくて。年相応というか、ともかくとても愛らしくて可愛らしい少女の笑みで。
まるで、恋に落ちてしまったかのような感覚に、
「いやいや、能力って何ですか能力って! そんな思春期真っ盛りな男の子みたいな、」
「あら、私達くらいの年頃なら、誰でもみんな持ってるような能力よ? たとえば人混みの中でも好きな人を一瞬で見つけられる能力とか、好きな人の声を一瞬で聞き分けられる能力とか、無限に好きな人を目で追い続けられる能力とか、」
いやあの、そういうのは恋する乙女の基本装備と言いますか、当たり前だと思うんですが。
「そうよ? だから私も、椎子ちゃんの考えていることがわかるのよ?」
「ていうか! もしかして私、今、告白されちゃってます!? え、なんで!?」
学年一の美人とも言われる沢渡さんに、こんなにも直接的に想いを伝えられて、ときめかない女子が居るだろうか、いや居ない――じゃなくて!
「だって、もし椎子ちゃんの告白が成功して二人が両想いになったとしたら、今夜は私が涙で枕を濡らすことになるじゃない? その前に、私の想いをきちんと伝えておこうと思って」
椎子ちゃんのことが大好きだから、と頬を染めて微笑む沢渡さんにを今すぐ抱きしめたい、と思ってしまうが、ぐっと堪える。
「そんな、我慢しなくてもいいのに。私はいつでも大歓迎よ?」
言って、沢渡さんは両手を広げてさぁ私の胸に飛び込んでおいでのポーズ。
「いやいや、からかってますよね、やっぱり。ていうか、そうだって言ってくださいお願いします」
うふふ、と笑うばかりの沢渡さんにひとしきり抗議しつつも、私は思う。
もし本当に沢渡さんが私の心を読めているのなら、きっと気付いているはずだ。
「そもそも、私が友香に話そうとしているのは、愛の告白なんかじゃなくて、」
――宣戦布告、なのだから。




