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第1話

 私の名前は、皆川椎子。

 佐名川中学二年二組出席番号七番、水泳部。

 容姿は特に目立つようなこともない、ごくごく普通の一般人レベル。美人だとか可愛いだとか言われたことはなく、かといってその逆だと言われたこともない。……ないはず。

 クラスメイトで学年一の美人だって言われている沢渡さんと席が隣通しで並んでしまうのは、ちょっとした劣等感に苛まれないこともないので避けたいお年頃。

 六月の席替えからずっと、毎日横並びしちゃってるんだけれども、これはもう慣れた。

 それに今週を乗り切れば夏休みに入るから、そしたら沢渡さんと毎日顔を合わせることもなくなるよなぁ、なんて。

 昼休みの終わりも間近、そんなことをぼんやりと考えていると、

「そんな卑屈にならなくてもいいのに。椎子ちゃんはあたしと違って、恋してるんだから。恋する乙女は、どんどん綺麗になるものよ」

 一年の頃から同じクラスで、それなりに仲の良い沢渡さんが、そんなことを言ってくる。

 同じ中学二年生のはずなのに、沢渡さんの言葉はまるで人生経験豊富な人であるかのように、深い。

 沢渡さんとは席が隣なのもあって、こうしてそれなりに話もするというか、むしろ一方的に沢渡さんが話しかけてくるというか、

「いやあのっ、恋をしてるのは否定できないけれど、でもっ、そういうのはおおっぴらに言わないでほしいって言うかっ」

「あは。そうやって真っ赤になってる椎子ちゃんも可愛いわ」

 私の恋愛事情をいきなりバラされて、私は慌てる。そして慌てる私を、沢渡さんはこうやってニコニコと眺めているっていうのが、私の日常、みたいなものである。

 私が恋をしていることを、沢渡さんは知っている。

 その人を好きなんだと私が自覚したのは、沢渡さんが「椎子ちゃん、あなた恋してるでしょ」と言ってきたからである。

 それが私の初恋で、その恋は今でも続いていて、けれども、

「片思いなんて、つらいでしょう? 当たって砕けろ、なんて幸先の悪いことは言わないけれど、告白するべきだと思うわよ。そうしないと、誰かに取られちゃうかもしれないわよ」

 幸いにして、と言うべきなのかどうなのか。

 沢渡さんは、私の好きな相手が誰なのかを知らない。少なくとも私から話したことはない、そもそも聞かれたこともない。

 そのあたり、沢渡さんなりに気を遣ってくれているのか、それとも、

「バレバレ、よ。名前は挙げないけれども、椎子ちゃんを見ていればわかるわ」

 そっかー、バレてたのかー。それに、告白、かぁ。

 色んな思いが一気に胸に渦巻いて、私は机に突っ伏す。

 こんな会話が交わされているとはいえ、周囲でその話を聞いていた誰もが、私の恋バナに興味を示すことはない。

 男子共は遠巻きにこちらを、というか沢渡さんを眺めているばかりで、その顔には「沢渡さんは今日も綺麗だなあ」と書いてあるばかり。

 女子からは、「そんなことより、沢渡さんには意中の方はいらっしゃいますの?」とかなんとか、沢渡さんに話しかける口実扱いで終わりである。

 やけに古風な喋り方をするクラスメイトを、

「私のことこそ、どうでもいい話だわ」

 軽くあしらう沢渡さんである。

 話題になんてして欲しくないから、私の話こそそんなこと扱いでいいんだけれど。いいんだけれども、なんというか、なんだろう。

「椎子ちゃん、もっと話題にして欲しいって、顔に書いてあるわよ」

 突っ伏したままの私の顔が見えていると豪語する沢渡さんに、

「そんなことないですっ」

「あら、どこに行くの?」

「ちょっと顔でも洗ってこようかと!」

 勢いよく立ち上がり、教室を出る。

「いってらっしゃい、顔が見れると良いわね」

 背後から聞こえる沢渡さんの声には、聞こえなかった振りをしておこう。

 私がこれから向かうのは、隣のクラスに居る親友の、友香のところだ。

 顔を洗う、なんてのはその場を抜け出す為の口実。

 でも、沢渡さんにはバレていたけれど。


 もちろん、親友のところに行くっていうのも口実だけれども。

 そこはそれ。察して頂きたいものである。


 私が好きになったその人は、その親友と同じクラスに居るのだから。

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