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常世の浪 1


 頬を何回か軽く叩かれる衝撃で瞬きをした。地味に痛い。


「よかったあ、起きた!」


 さんさんと照りつける太陽の下、美少女が視界に入り込んできた。


「死んでるかと思ったよ、よかった、ほんと……」


 よかった、と逆光の中で繰り返す彼女を見て、とりあえず起き上がる。違う、起き上がろうとして、だけど、全身の関節が痛んで、僕は砂の上に倒れた。身体が重い。


「ってえ」


 かろうじて呻き声を絞り出す。その拍子に口の中に砂が入った。しょっぱい。


「だ、大丈夫!? 肩貸すから!」


 焦ったように言って、彼女は抱き起こしてくれた。健康的な小麦色の肌の彼女のしっかりとした筋肉を服越しに感じて、なんか恥ずかしい。


 それから彼女は僕の両腋の下から腕を差し入れ、ずりずりと引きずり、大きめの流木の傍へ運んでくれた。痛い。自分のかかとが砂浜の上に模様を作っていた。そこで気づいた。靴がない。よく見れば、シャツもジーンズもあちこち破れて、ぐったりと濡れていた。ポケットに入れていたスマホもなくなってる。やばい。


 僕の背を流木に預けてから、ふう、と息を吐いて彼女が隣に座る。


「見た感じ、流されてきたみたいだけど……この辺の村の子じゃ、ないよね?」


 流されてきた?


 そうだ、僕、三重のひいばあちゃんの家に行ったら、せっかくやし観光しておいでって言われて、それで、海の方に歩いて行ったら、なんか急に大きな波が迫ってきて、それで。


 それで、どうなったんだ、僕。


 ってか、あんなに大きな波だったんだ、どっかで地震が発生したとかか? ひいばあちゃん大丈夫か、ちゃんと避難できたのか?


「あの僕」


 喉が引きつって、咳き込んでしまった。痛いくらい喉が渇いていた。


「あっちょっと待ってて、今水持ってくるから!」


 立ち上がって、彼女が走り出す。


「ごめん、お待たせ!」


 そう言って竹筒を渡される。


「え」


「ほら、水、飲んで!」


 中には確かに水が入っているみたいだった。でも、こんなの時代劇でしか見たことない。彼女の服装もよく見ると、時代劇っぽい。白いワンピースの腰のところを縄で結んだだけの格好だ。ドラマの撮影でもしてたのか、それともコスプレ歴女か?


「飲みなって!」


 手に持ったままじっと見ていると、ひったくられて口元へ持っていかれた。


「あ、おいしい」


「でしょ! で、さっき何言おうとしてたの」


 そうだ、まずは状況を把握しなきゃ。


「あの、ここ、どこですか……?」


「ここ? イセだけど」


 伊勢か、伊勢ならそう遠くないな。


「伊勢神宮とかの、近所ですか」


「じんぐう? え、なんだろ、砦ならあるけど……。」


 伊勢神宮を知らないとかマジか? ありえないだろ。


 イセって名前の別の場所か? それにしても日本人なら普通名前くらい知ってるだろ。


 さっきから日本語で通じてるから意識してなかったけど、もしかしてどっか外国の島に流れ着いちゃったとか?


「じゃ、じゃあ、なんか今日、めちゃくちゃデカい波来ませんでした?」


「え、今日? 今日は私、朝、漁に出たけど、特に荒れてる感じはしなかったなあ。魔王軍も今日は来てないし、久しぶりに平穏そのものって感じ」


 魔王軍、今、魔王軍って言ったよな。


「魔王軍って、何すか……今あんまそういう冗談に付き合えるほど余裕ないんですけど」


「は? 冗談? あたしが冗談言ってるように見えたわけ!? そうだね、魔王軍なんてのが全部冗談だったらよかったよ! あんな、あんなのが……」


 唐突に怒り、大きな目に涙まで溜め始めた彼女の様子に焦る。


「なんか、すいません、あの、どういうことですか……」


 さっきはつい語気を荒げてしまった自覚はある。そう、まずは状況把握、冷静に。


「まさかほんとに知らないの!?」


 それはこっちのセリフだ、と言いたいのをぐっと堪える。


「あのね、魔王軍ってのはさ、東海州を中心に今勢力を広げてて、というか、もう東海州と北海州は魔王のものになっちゃったんだけど、ここ、イセは都を守る最前線なの。それは分かるよね?」


 いや、全然。


「まず東海州とか北海州ってどこのことなんですか?」


「え、ええ、そこから!? あなた、ヤマトの民じゃないの!?」


 そう言いつつも、彼女は小石を拾って砂に地図らしきものを描き始めた。


「ヤマト、がこの国の名前なんですか?」


「そうだよ。あ! もしかして、あなた、外から来た神さまとか? でも、神さまって感じしないしなあ」


「いや、僕はめちゃくちゃ普通の男子高校生っすよ」


「男子こうこうせい? って何か分かんないけど、確かに普通だよねえ。服は変だけど」


 自分で言う分には構わないけど、初対面の人にこうもさっくり普通と言われて、少し傷ついた。


「よいしょ、と。あんまり上手く描けないんだけど、ね、まず、ここがイセ、そして、ここが都、畿内ね、こっちが北海州、こっちが東海州、で、こっちは西海州、で、この島が南海州」


 大まかではあったが、本州と九州を合わせたような地図が描かれた。どうやら都が京都か奈良辺りにあるらしいこと、その周辺は畿内と呼ばれていること、北海州は北海道のことではなくて東北や北陸、東海州は関東と中部、西海州は中国、南海州は九州に当たることが分かった。イセは畿内の右下にあり、東海州と接しているようだ。


「あのさ、これ、都を守るイセに住む者なら知ってなきゃって、はちようさまが教えてくださったの。はちようさまはすごいからさ、その、あなたのことも何か分かるかも……まあ、会えたら、だけど」


「……ありがとう、ございます」


 とりあえず、ここが僕の知ってる伊勢ではないどころか、日本ですらないことが分かっただけでもよかったって思わないとやってられない。絶望的なのは変わりないけど。


「で、魔王の話に戻るんだけど、本当に酷いの、あれのせいで、イセはもうめちゃくちゃ。イセだけじゃない、ヤマトはもう……はちようさまのお力で、今はまだなんとかなってるけど……魚も貝も全然獲れなくなっちゃってさ……あたしの住んでた村も燃やされてね、今は近くの村の生き残りのみんなで、とりあえず漁は続けようって、がんばってんの」


 僕は黙って聞いていた。明るく振る舞っているけど、僕と同い年か少し年上かってくらいの女の子が住んでいた場所を奪われて平気な訳ない。


「魔王に逆らう者はみんな殺されていくの」


 そう言って、彼女は俯いた。


「あの、その……さっき言ってた外から来る神さまって何ですか?」


 何か話題を変えたくて、不自然かも知れないが訊いた。有名な邪神的なあれか、と気になってはいたし。魔王がいるってことは、邪神もいるかも知れないし。


「質問ばっかだなあ!」


 彼女は少し笑った。


「あのね、外から来る神さまの昔話があんの。昔むかし、神さまの国に迷い込んでしまったこの国の姫さまを、神さまが送ってくださったの。しばらく二人は幸せに暮らしたんだけど、神さまがお帰りになるということで、姫さまは一つの箱を神さまに捧げた。この国にいつかまたいらっしゃってほしいという気持ちを込めて。結局、その神さまはこの国にいらっしゃることは二度となかった、って感じの話」


「その神さまってもしかして、浦島太郎?」


「そうだよ! え、この話は知ってたの!?」


「いやまあ、僕のいた国にもそういう昔話があったから……」


「じゃあやっぱりあなた、神さまの国から来たの!?」


「え、ハハ、そういうこと、になるのかなあ……」


 しばらく彼女は何か考えていたようだったが、やがてゴシゴシと目元を手の甲で拭うと、立ち上がって砂を払った。


「村へ行こう!」


 彼女に差し出された手を取って立ち上がる。不思議と身体の痛みは消えていた。




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