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第9話 真紅の鋼鉄魔艦

「おい! なんなんだよあれは!」

 俺は食堂の入り口から中を振り返った。

「ラッシュ!」


「あれはグラン・グラン最大最強の魔法戦艦、アイアン・ルージュ」

 黒猫は静かに言った。

「この振動は島と魔法戦艦の巨大な魔力が干渉し合ったもの」


 最大最強ってラスボスかよ!

 ていうかそんなの出てきたらマジでまずいだろ俺ら!


 窓際に立っていたコニーが、背を向けたまま言った。

「そこをどきな、ゆーじ」


「え?」


「ヴェルギリウス!」

 コニーが右腕を伸ばして叫ぶ。

「ここへ!」


「あぶない!」

 クマザサが猛然とダッシュし、俺にタックルした。


「うわっ!」

 俺とクマザサはもつれあって床に倒れた。

 その瞬間、入り口から垂直に立った太い棒が猛スピードで飛び込んできた。

 あそこにいたら確実に激突していたぞ。


 床の上をすっ飛んできた長い棒を、コニーはバシッと握った。

 黒い棒の上端には大きな宝石をちりばめた金属の冠。

 これは魔法の杖か?


 氷の少女は棒をガン!と床に突いた。

「ヴェルギリウス! 対空防御!」


 いきなり黒い魔法の杖が細かく分裂した。

 分解したパーツが広がり重なって、棒人間のようなヒトガタに変型する。

 これロボットなのぉぉぉ?


 頭部の宝石が輝くと、窓の外が青く染まる。

 魔法の防御結界が張られたのだ。


「あの」

「え?」

「ちょっと、危ないです」


 視線を戻すと、すぐ目の前にクマザサの美しい瞳があった。

 鼻先が触れ、少女の息が俺のくちもとに熱くかかる。

 ち、近い……!


 クマザサに覆いかぶさっていた俺は、そのままふわりと浮き上がった。

 え? なにこれイリュージョン?


「ちょっとゆーじ?」

 首をねじって右を見ると、眉を怒らせたピンクが立っている。

「ゆーじはあたしの勇者じゃなかったの?」


「いいえ、こいつはわたし専用の愛撫係です」

 左を見るとラッシュが片手で俺を吊り上げている。

 ていうかなにエロいこと言ってんだ!


「この方は命がけで私を守ってくれました」

 立ちあがったクマザサがぽっと頬を赤く染める。

「私、捧げます。……初めてのくちずけを」


「これあたしの!」アヴィ。

「いいえわたしの!」ラッシュ。

「命の恩人です!」クマザサ。


「うっるさーい!」

 コニーが振り返って怒鳴る。

「なにやってるのアヴリル! 早く隠れなさい!」


「通信要請アリ……上位権利ガ行使サレマシタ」

 杖が変型した魔法ロボット、ヴェルナントカがしゃべった。

「アイアン・ルージュヨリ、ベルガメイズ様ノ交信ヲ受ケ入レマス」


「くっ」コニーが悔しげに唇を噛む。


 魔法ロボの冠から光線が照射され、食堂に真紅の美少女が現れた。

 真っ赤なロングヘア、ジャケットも超ミニもニーソックスまですべてが真紅。

 貴族的で美しい顔だが、眼も鼻もあごもツンツンとがって、見るからに気が強そうなお嬢様だ。


「オオ! おっばーサマー! ごぶさたぶりデース!」


 真っ赤なお嬢様はまずコニーに挨拶すると、眼を細めてぐるりと周囲を見渡した。アヴィを見つけ、嬉しそうにニコニコと手を振る。


「アヴリルちゃーん! やっぱりココでしたネー!」


「ベルガ! 元気だったー?」

 アヴィも無邪気に手を振る。


「はっ!」

 真紅の美少女は表情を一変させ、あざけるように鼻先で笑う。

「相変わらず能天気ね」


「え?」

 キョトンとするピンク。


「アヴリル、じゃない、ピンクランページ! あんた指名手配されたのよ。知らないの?」


「……ベルガ、なに言ってるの?」


「密貿易容疑、魔法による武器の構築および民間人への攻撃。どれも重罪よ。逮捕するわ」


「はい?」


「逮捕よ逮捕! 王都に連行して監獄入れるから! 一生出られないから!」


「ベルガ?」

 アヴィが声を震わせる。

「どうしてそんなこと……?」


「あんた本当に頭悪いわね! 自分がなにやったかわかってないの?」


「あたしは……なにも……」

 泣きそうになるアヴィ。


「あーもうイライラする! マジウザイ! とにかく結界解いて出て来なさい! 早く! 今すぐ!」


「おい!」

 俺は思わず前に進み出た。

「いいかげんにしろよ!」


「はっ!」

 お嬢様は腕組みし、真っ赤なロングヘアをバサリと振る。

「なんだおまえは?」


「勇者です」ピンク。

「愛撫係です」黒猫。

「命の恩人」忍者。

「変態」おばあ様。


「ちがーう!」

 俺は叫び、赤髪の少女にビシっと指を突きつけた。

「その傲慢な態度はなんだ! 無礼にも程がある!」


「はぁ?」

 ベルガメイズは美しい眉根を寄せた。

「程のある無礼って、教えてもらいたいわ?」


「うっ! へらず口を!」


「負けてますね」忍者。

「負けてるな」黒猫。


「傲慢のどこが悪い? 強者が弱者に配慮する必要がどこにある?」


 赤いお嬢様の鋭く強い視線に、俺はたじろいだ。


「い、いや、しかし……」


「ならば教えてやる、傲慢な強者にひれふす屈辱と、その快感を!」


「じょ、女王様かッ?」


「負けてます」忍者。

「撤退だな」黒猫。


 ベルガメイズは手を大きく広げ、威厳に満ちた声で宣言した。


「人間は支配される生き物! 支配され、与えられた役割の中で生き、そして死ぬ。それがこの世界の真理!」


「そ、そうなの?」

 そこまで言い切られると、なんか自信なくなってきた。


「さぁ、ひれ伏せ! 凡庸平凡なる男よ! その無能を忠勤に変え、支配者のために生涯を捧げるのだ!」


「違うよベルガ……人を支配なんかしないで」

 アヴィの声が静かに響く。

「人は誰かのためじゃなく、自分のために生きるんだよ。生きていいんだよ」


「本当に馬鹿。そんな好き勝手したら人間は怠けるだけ。社会も国も進歩しない」


「進歩したら、幸せになれるの?」


「当然。豊かな生活、充実した一生が送れる」


「一部の人がね」


「……」


「みんなじゃない」


 赤髪の少女がアヴィをぐっと睨みつける。


「あたしはみんなが幸せに生きる世界を作りたい。朝起きて、今日は何をしようかワクワクする世界を作りたい。働くことは苦しい事じゃない。何かを作ることはとても楽しい事なの。辛いことがあっても、同じくらい楽しいことがあってほしい。あたしはこの世界をそうしたいの。だから……あたしの魔法は、そのためにあるのだと思うの」

 アヴィは映像に向かって真摯に語りかけた。


「やめろ!」

 ベルガは怒りを込めて叫んだ。

「お前の魔力は災厄でしかない! 暴走させたことを忘れたかッ!」


「もうしない!」

 アヴィは懸命に言った。

「あれは子供だったから! もう大丈夫! 絶対に!」


「おまえは!」

 真紅の少女は声を震わせて叫んだ。

「父と弟を殺したーッ!」


「……!」


 よろめくアヴィをラッシュが支える。


「お前の暴走に巻き込まれて何人が死んだ? それなのに幸せな世界だと! ふざけるなッ!」


「やめなさい、ベルガメイズ」

 氷の白い少女、コニーベルが映像の前に立った。

「あれはあなたの父が魔界の門を開こうとしたため。アヴィはその魔力を食い止めたのよ」


「信じない! それはお前たち王家の者が作り上げた偽の記録!」


「真実よ」


「嘘!」


「どうしたら信じるの?」


 不意に赤い少女は口をつぐみ、目を閉じて天を仰いだ。


「…………」


「ベルガ?」アヴィが小さく声をかける。


「……もう、いい」


「え?」


「時間の無駄」


 目を開け、アヴィとコニーベルをにらみつける。


「グラン・アリストレイタス、魔力を持つ王家の者よ」

 赤の少女は冷え切った声で言った。

「魔法が使えるだけで支配者として君臨していたおまたちの時代は、終わった」


「……え?」アヴィが息を呑む。


「グラン・グランにもう魔法は必要ない。魔法では経済も産業も発展しない。魔法も、お前たちも、これから私がすべてこの国から排除する」


「……聞き捨てならないね」

 コニーベルが低く呟いた。

「それは、アラストラメリア家の総意として受け取っていいのかい?」


「当然。当主は私、ベルガメイズ・オルガ・ベラドンナ・アラストラメリアなのだから!」


「ん?」俺は思わず口を出した。「ナナナとかラララとかないの?」


「なっ!」

 オルガは目を見開いて叫んだ。

「わ、私は、魔女ではないーっ!」


「魔女?」


「帰りな小娘」

 コニーベルは穏やかな声で言った。

「この世界に魔法があるってことは、そこに何かの可能性があるってことさ」


「ふん!」

 真紅の少女の髪の毛が炎のように揺らめき出す。

戯言たわごとを!」


「魔法のない世界ができなかったことを、やるためにあるんだよ」

 白い少女は俺をちらりと見た。

「きっとね」


「……わかった」

 ベルガメイズは声を低く震わせた。

「もう逮捕はしない。今ここで粛清する! すぐに!」


「ベルガ!」アヴィが叫ぶ。


「煉獄の炎に、消え去るがいい!」


 最後の声を残し、かき消すように赤い少女の姿が消えた。


「お館様!」

 クマザサが窓の外を見て叫ぶ。

「アイアン・ルージュの砲塔が!」


 赤い戦艦の前後の巨砲が回転し、コニーアイランドの城館に向けて照準を合わせた。


「……狙いをつけるだけでも戦争だよ」

 コニーベルは、深い吐息をついた。

「まったく、あの小娘じゃ先が思いやられるわ」


「おばあ様?」

 アヴィが心配げに訊く。

「あたし、どうしたら……?」


「ここは逃げるんだよ、アヴリル」


「でも」


「戦力が必要だ。わかってるね。王家の魔杖兵を復活させるよ」


「魔杖兵って、どこに?」


「道は示される」

 コニーベルは窓の外に向かい、足を踏みしめた。

「早くお行き!」


「いや! あたしもおばあ様と!」


「クマザサ!」


 忍者少女がピンクのみぞおちに当身を入れる。

 ぐったりとしたアヴィを俺は抱きかかえた。


「お館様!」クマザサが叫ぶ。


「行きなさい!」

 コニーが叫んだ

「早く!」


「砲撃ガ始マリマス」

 ヴェルギリウスが淡々と告げる。

「防御結界フルパワー」


 アイアン・ルージュの砲口が火を吹いた。

 艦砲射撃を受けてドーム状の防御結界が砲弾を跳ね返し、青く輝く。

 しかしその衝撃波を受けて、強固な城館がグラグラと揺れた。


「なにしてんだい!」

 コニーが両手を前に突き出し、足を踏ん張って叫ぶ。

「ゆーじ!」


 俺は気を失ったアヴィを背負い、食堂を振り返った。


「防御結界パワー損失63%」魔法ロボットが告げている。


「頼んだよ、ゆーじ」

 コニーが肩越しに微笑んだ。

「その子を、守ってやってくれ」


「とりあえず、預かっときます」

 俺は白い少女に言った。

「また、お返ししますよ」


「できればね」


「できますって」


 第二斉射が防御結界を叩き、窓ガラスが割れて飛び散った。


「……じゃぁ」


 俺とおばあ様は同時に言った。


「白、最高!」


 俺はアヴィを背負い、ラッシュ、クマザサと共に廊下を突っ走った。

 突き当りのドアを開けると薄暗い格納庫に出る。

 係留されている黒い飛行船のゴンドラに入り、アヴィをシートに降ろした。


「クマザサ、出せるか?」


「はい!」


 クマザサがエンジンを始動させ、両舷のプロペラが回り出した。 

 格納庫のスライド扉を開けたラッシュが駆け戻ってきた。


「早く!」


 前方に荒れた海と、雲に覆われた灰色の空が広がった。


「よし! 行くぞーっ!」


 黒い飛行船は格納庫から飛び出し、急角度で一気に上昇した。

 振り返ると真紅の鋼鉄戦艦の砲撃を受けて、白亜の城館が粉々に砕け、煙を巻き上げながら崩壊していく。

 城館が形を留めなくなっても戦艦は容赦なく砲弾を撃ち込み続けた。


「大丈夫です!」

 クマザサが泣きながら叫ぶ。

「お館様は、絶対に大丈夫です!」


 俺はクマザサを抱きしめた。

 少女は声を押し殺し、俺の胸で泣き続けた。


「どうします、ゆーじ?」

 操舵桿を握ったラッシュが静かに訊く。

「引き返して、戦いますか?」


 俺はシートに横たわるアヴィ、胸にしがみつき嗚咽するクマザサ、震える手で操舵桿を握りしめているラッシュを見て、ゆっくりと答えた。


「冗談だろ」


 コニーアイランドが小さく遠ざかっていく。

 砲撃を終えた赤い戦艦の艦首がこちらを向くのが見えた。


「絶対に、逃げ切るぞ」


「……それでこそ、勇者です」


ラッシュは飛行船を上昇させ、分厚い雲の中にその姿を隠した。

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