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第8話 勇者でも借金は無理だから!

 ローストビーフにフライドポテト。目玉焼きにソーセージ、カリカリベーコンをのせたトースト、トマトスパゲティにグリーンサラダ。

 昨夜の残りを使って、ちょっとしたアメリカンな朝食ができた。


「アヴィ、運んでくれ」

「はーい」


 ピンクは厨房から大きな丸テーブルに料理の皿を運び、どんどん並べていく。

 なかなか手際が良い。


「ねぇゆーじ、あたしたち食堂とかできそうだよね。なんかよくない?」


「ああいいかもな。俺は料理得意だし、お前は接客に向いてそうだし」


「ねー」

 アヴィはニッコリ笑うと、テーブルを振り返った。

「ねーみんなー?」


「いいからもう座りなさいアヴリル」

 コニーが苦虫を噛み潰したような顔で言う。機嫌悪そう。


 俺とアヴィは口をつぐみ、そそくさとテーブルについた。


 白い城館の主、コニーベルの声が朝の食堂に響く。

「では、いただきます!」


「……いただきまーす……」

 暗い声が続く。


「へくちっ!」

 ラッシュがくしゃみをして鼻をすする。全裸で芝生の上で寝ていたからだ。


「あー栄養取らなきゃー回復しなきゃー」

 クマザサは美しい顔に似合わず、がつがつと料理を口に詰め込んでいる。


「えへへ、なんかいろいろあったみたいねー、ゆうべ?」


 アヴィは周りの顔色を伺いながらフライドポテトをパクパク食べている。

 一人だけ朝まで爆睡していたのだコイツは。


「はぁー」

 コニーは吐息をついて白ワイン。子供なのにいいのか。


 俺はトーストを何枚も重ね、間に目玉焼きやベーコンをいっぱいはさんだ分厚いサンドイッチを作りながら軽い調子で言った。


「いや〜まさか若いころ行方不明になってた爺さんがこっちに来ていたなんて〜。ほーんと不思議な事もあるもんですねぇ〜」


 ヘラヘラしているのは見せかけで、俺の頭脳はクールにフル回転している。


 コニーアイランドは今も魔力でどこかへ向かって航行中だが、ここに運ばれてきたときの黒い飛行船があるはず。このビッグサンドを食料にしてすぐに脱出だ。

 とにかくここはヤバイ。

 昨夜は魔獣に殺されかけたし、この先何が起きるかわからないぞ。


「ゆーじ」

 コニーがこっちを見て、ドスの利いた声で言う。

「逃げるんじゃないよ」


「……はーい」

 俺はたらりと汗をかきながら、サンドの角をかじった。


「はぁー」

 コニーはまた溜め息をつく。

「……これも運命なのかしら」


「そんなおおげふぁなぁー」

 アヴィがスパゲティを頬張りながら言う。

「なにくぁのぐーふぇんでふよ〜」


「食べながらしゃべるな!」女三人が突っ込む。


「あの、ひとつ良いでしょうか?」

 ラッシュがこわごわ手を挙げる。服装は黒Tシャツとスパッツに戻っている。


「なんだい猫?」


「ゆーじを召喚した魔法陣はとても古いものでした。もしかして、勇者リュウを召喚したのと同じ魔法陣だったのでは?」


「その魔法陣は残っているのかい?」


「いえ、術式が終わると同時に消滅しました」


「証拠はなしか……」

 白い少女は頬杖をつき、きれいな眉をひそめた。

「魔法陣を用意したのは、あのおかしなマントと帽子の魔導士ファンファンだったね。……あいつ、なにか企んでいるのか?」


「あの、アヴリル様? どうしてウムウの港にいらっしゃったのですか? 大きな騒ぎがあったと聞きましたが?」


 クマザサが澄んだ声で話しかける。黒マスクないと変わり過ぎ。てか同じ人ー?


「あ、ええと、ちょっと黒服会とトラブっちゃって」


 黒服そのまんまじゃねーか!


「密輸品を受け取る仕事だったんだけど行ったら憲兵隊が大勢待ち構えててマジ危なかったんだけどその間黒服たちは別の場所で品物受け取ってたのよなんかあたしたち囮にされてたみたいもう騙すとかひどくなーい?」


 俺は頭を抱えた。やっぱりこいつお人好しすぎる。


「でもね!」 

 アヴィは腕まくりしてクマザサにニッと笑ってみせた。

「きっちり落とし前はつけたよ! ドッカーンって!」


 幼児の表現レベルかおまえは!


「へぇ〜! すごいです!」


 いやクマザサちゃん感心しちゃだめだよ!


「あのね、アヴリル」

 コニーはげっそりした顔で能天気な孫娘を見た。

「やばい仕事はピンクランページを使えって裏社会では有名になってるわよ。どうしてあんたはそんな裏の仕事を受けて、しかもいいように使われてるのよ。仮にも魔法王国グラン・グランの次の女王になろうという立場だったのよ。よく考えなさい!」


 アヴィは首をすくめ、恐る恐る言った。

「でもあのおばあ様、利子を払わなくちゃいけないんで、あたし」


「利子!」コニーはぐっとつまる。「そ、そうだったわね。それは払わなくちゃいけないわね」


「はい。で、やばい仕事ほど高報酬じゃないですかー、あたしがんばって稼げるだけ稼ごうと」


 がんばる方向がとんでもなく間違ってるよ!


「はぁー」

 コニーはがっくりと肩を落とした。

「ほんとに困ったわねー。こんな時にアホ息子はどこにいるのかわからないし、いったいどうしたら……」


「おいアヴィ」

 俺は隣のピンクに小声で訊いた。

「おまえ……借金あるのか?」


「うん、二千億グランくらい」


「あ、説明はいいぞラッシュ。俺にも凄い金額だってことはわかる」


 俺はそっと腰を浮かした。

 やっぱり逃げるしかない。

 こんな借金まみれの女にかかわってちゃだめだ!


「ちょっとトイレに」


 コニーがアイスブルーの瞳でじろりと睨む。

 立ち上がりかけた俺はガクッとつんのめった。

 靴底が凍りついて床に貼り付いている。


 逃げられねェェェ!


「ああ、アヴリル。あんたはホントに人が好いわねぇ。どうしてそう誰でも信じちゃうのかしら?」


 コニーベルの言葉に、ピンクはしゅんとうなだれる。


「はい、同じこと言われました。……ゆーじに」


 ちらちらこっち見んな!


「政策破綻の責任をおしつけられたと民は知っています、アヴリル様」


 クマザサはテーブルに身を乗り出し、真剣な顔でピンクに言った。


「憲兵隊に密告されるのが怖くて誰も口にはできませんが、第三皇女のベルガメイズ様が縁者の組織に国営事業をすべて不正に落札させ、さらに莫大な追加予算を承認したためだと」


「えー、ベルガがそんなことするはずないよー」


 俺以外の女三人が頭を抱えた。ベルガって誰?


「じゃぁ、借金ていうのは本当は違うのか?」俺はコニーベルを見た。


「本来の王位継承者が実権を奪われ、国庫にもない莫大な追加予算を負債として背負わされて王宮から追放された。まぁ簡単に言うとね」


「いやそれおかしいだろ!」


 俺はドン! とテーブルを叩いて立ち上がった。


「もともとは王宮にいる奴らの失敗なんだろ? それを全部アヴィに押し付けて追い出したってひどすぎるぞ! それに国民が知ってるくらいなら、なんで誰もその不正を暴かないんだよ!」


 食堂がしーんと静まりかえる。

 俺は腕組みをして、テーブルの女達を見回した。ラッシュもクマザサも視線を落とし、口をつぐんでいる。

 コニーベルでさえはっきりと答えられずに考え込んでいる。

 なんかかなり面倒くさい事情がありそうだ。


 ……やっぱ、逃げよう。


 凍った靴を脱いでそっと歩き出すと、服のすそをつかまれた。

 アヴィがすがるような眼で俺を見つめている。


 ごめん二千億とか絶対無理だから!


 服をつかんでいる手を必死に引き離そうとする俺と絶対に離すまいとするアヴィ。もみ合っていると、黒猫娘が低く言った。


「……隠者ハーミット……」


 はーみ? なにそれ?


「……猫……」

 白い少女が呟く。

「……おまえ……見たのかい?……」


「……王宮で………気配を感じました……」

 ラッシュはささやくように声を落とす。


「……操られているのよ……ベルガメイズも……」

 コニーは更に声をひそめる。


「……隠者ハーミットに、ですか……?」

 ラッシュが眉根を寄せる。


「……まさか……実在するとは……」

 クマザサが小首を傾げる。


「……えへへ……なになに?……」

 アヴィが大きな眼できょろきょろする。


「……黙って……て!」

 女三人が突っ込む。


「……ぐす……ん!」


「なにコソコソ話してんだよ! うっとおしいわ!」

 俺はイラッとして叫んだ。女のひそひそ話は大嫌いだ。

「ハーミだかベルガだか知らないが、要はアヴィが人が良すぎて騙されたってことだろ?」


「単純でいいわね。これだから男は」コニーがふんと鼻で笑う。


「違うのか? おいアヴィ、お前は悪くないぞ。お前は騙され利用されたんだ!」


 アヴィは涙目になって、俺を見上げた。


「ゆーじ!」


「お前だって本当はわかってるんだろう? 言ってたじゃないか、失ったものを取り戻す、王宮を奪還するって!」


「うん!」


「やってやろうじゃないか! まずそのベルガってやつに会ってアヴィの借金をチャラにしてやる! 利子なんか払うことないからな! いいかアヴィ!」


 あれ、なんで俺、こんな熱くなってしゃべってんだ?

 逃げるんじゃなかったのか?


 ピンクが赤い瞳を輝かせながら、俺を見つめている。


「うん! ありがとうゆーじ! やっと勇者らしいこと言った! 《《ただ》》の変態勇者じゃなかったんだね!」


『変態勇者』にどんな形容詞がついても変態なんですけど。


「……やっぱり、こうなるのか」

 コニーベルは椅子から立ちあがった。

「リュウ・シドウも超ド変態の大馬鹿者だったけど、勇気と正義感だけは燃え盛っていたわ。まさか馬鹿と勇気が隔世遺伝した勇者が、もう一度現れるなんて」


「変態が抜けてます」ラッシュがささやく。


「馬鹿と勇気と変態が隔世遺伝したスカートの中が大好きな勇者が」


「ごめんなさい。もう勘弁してください」俺は頭を下げた。


「ええと、なにかあったの? よくわかんないけど、おばあ様も協力してくれるの?」とアヴィ。


「もちろん力を貸すわよアヴリル。アリストレイタス家の金庫を封鎖した御礼もしなきゃね。もう節約生活は終わりにするわ。使用人たちを全員呼び戻すわよ」


 白い少女は背筋を伸し、凛として声を上げた。


「流れは変わった。時が来たようね!」


「ありがとう、おばあ様! あたしは王宮を奪還するわ!」


 アヴィの声に、ラッシュとクマザサも立ち上がる。

 アヴィは拳を高く突き上げた。


「みんな! いっくわよー!」


 コニーベルは食堂の窓に歩み寄ると、はるかな洋上を見つめた。

 昨日までと天候は一変し、空には暗い雨雲が重くたれ込め、鈍色の海は荒れ、うねっている。

 嵐が来るのだろうか。


「こうなるのも計算済みかい、魔導士ファンファン? でも、アンタの企みなんて、吹き飛ばしてやるよ」


 なにか意味ありげなセリフを呟いているロリばあさんの後ろを、俺はそうっと通り過ぎた。靴を脱いでるから足音がしない。ラッキー!


……ごめん、やっぱ逃げるわ!


 勢いで『やってやる!』とか言ってしまったが、王宮奪還なんて出来るわけない。こんな女子供ばかりでどーすんだよ。勝てるわけないだろ。


 廊下に出ようとしたとき、突然床が振動しはじめた。いや、建物が、どっしりした石造りの城館がビリビリ震えている。

 地震か?

 いや、ここは魔力で浮いている島だぞ!

 俺は入り口から食堂を振り返った。


 窓の向こう、低く垂れた灰色の雲から巨大な船が降下してくるのが見える。 

 それは船体から艦橋まですべてが真っ赤な、空を飛ぶ軍艦だった。


 なんだあれぇぇぇ!

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