第6話 魔法島コニーアイランド
俺はローストビーフを頬張りながら鶏の唐揚げとトマトスパゲティとミートボールと豚の角煮とキノコと野菜の炒め物の大皿を引き寄せがつがつとむさぼり食った。
チーズをのせて焼いたパンが濃厚でうめー。新鮮なグリーンサラダがしゃきしゃきでうめー。揚げたての白身魚のフリッターもうめー。
俺はテーブルの上座で微笑んでいる、白いドレスの美少女を見た。
「この魚美味いっすねー、タラですか?」
「シーラ・カーンよ」
吹いた。
「いやー! ゆーじきったなーい!」
右の席でアヴィが叫ぶ。
「最低ですねこのオス」
左から黒猫が冷ややかな眼で見る。
「おほほほほ」
この城館の主、白い豪華なドレスを着た美小女がしとやかに笑う。
美少女っていうかモロ小学三年生。
ここでロリキャラぶっこんできやがったか。
「なにか言ったかしら」
「いえ、ゴホッ! な、なにも」
俺とアヴィ、ラッシュは城に入り、クマザサに奥まった部屋まで案内された。
そこは王族の宮殿のように贅を尽くした豪華な大広間で、白い壁に白い床、鏡張りの天井からは燦々と輝く豪華なシャンデリア。そして巨大な長テーブルには豪華な御馳走が並んでいるといった豪華づくしのおもてなし。
飢えきった俺たちはありがたくいただいていたところだ。
白いドレスに豪華なダイヤのティアラをつけたロリ美少女。
縦巻きロールの銀髪にアイスブルーの瞳。髪飾りのリボンがひらひら揺れる。
優雅なしぐさで白ワインを飲むと、アヴィに優しげな眼差しを向けて言った。
「ほんとうに久しぶりね。会いたかったわ、アヴリル・アストリア・ナナナ・エリシア・グラン・アリストレイタス」
「……はい」
アヴィは水のグラスをテーブルに置き、背筋をしゃきっと伸ばした。
「えー、このような場で唐突ではございますが、おばあ様には変わらずご健勝のことお喜び申し上げますと共に、改めて、深く深く!」
アヴィは腰を折って深々と頭をさげた。
「お詫び申し上げます!」
「まぁ、本当に改まってどうしたの、アヴリル?」
「いえ、おばあ様! たいへんたいへん、申し訳ありませんでしたァァァ!」
「顔を上げてちょうだい、アヴリル。そんなことで」
ロリ少女は声を低める。
「……許してもらえると思っているの?」
大広間の温度が急速に下がっていく。
「…………」
アヴィは伏せていた顔をゆっくりと上げ、ひくひくと微笑んだ。
「……で、ですよねー?」
部屋の温度が氷点下になった。
無言で見つめあうピンク魔法使いと白いロリ美少女。
料理がピキピキと音を立てて凍り始める。
「おい、なんかヤバくない?」
俺は左に座るラッシュに耳打ちした。
「あ、耳はやめて。感じちゃう」
だめだこのエロ猫。
「ま、まぁまぁまぁ!」
俺は両手を振りながら腰を浮かせた。
「あの、いろいろおありでしょうが、せっかくの御馳走がカチンカチンに」
柔らかな笑みを消し去ったロリ少女は、氷の視線を俺に投げかけた。
「アヴリル、この男が『勇者』なのかい? お前が召喚したという?」
「さすが、情報が早いですね、ラララ」
「おや、我が名を呼び捨てかい? ナナナ」
俺は距離を置いてラッシュにささやいた。
「なにあのナナナとかラララとか? ミュージカル?」
「封印名です」
「封印名? 言っちゃいけないのか?」
「そうです。絶対に口にしてはいけない禁忌、魔界の称号です」
「ま、魔界? どんな設定だよ!」
俺はごくりとつばをのんだ。
「てっきり恥ずかしいキラキラネームかと」
「ちがうわい!」
ピンクとロリが同時に叫ぶ。
「ていうかロリって言うな!」
氷の少女が俺を指差す。
「我はこの島の領主、コニーベル・キャンディレイン・ラララ・クリスタ・グラン・アリストレイタスである!」
「ああ、だからコニーアイランドなのかぁ!」
俺はポンと手を打った。
「謎は氷解! でも俺は寒くて氷結しそうだけど!」
「……ふん」
氷の少女は青い眼で俺を見つめ、文字通り凍りつくような冷笑を浮かべた。
「アヴリル、この『勇者』使いものになるのかい? なんだかぱっとしない男じゃないか。どうせろくでもない馬の骨なんだろう?」
「な!」
俺は思わず立ちあがった。なんて失礼なやつだ!
「おいアヴィ、なんか言え! おい!」
「……」
「なんで黙ってるんだよ!」
「ぐうの音も出ない」
俺は盛大にひっくり返った。
「おーほっほっほっ!」
コニーベルは口元を白い扇で隠し、高らかに笑った。
突き抜けた笑い声は、たしかに脳天気なアヴィに似ている。
「で、でも」
俺はテーブルの縁をつかんで顔を出し、ピンクと白い少女を見比べた。
「おばあ様って、アヴィよりずっと年下じゃないか?」
「それは……」
アヴィが眼をそらす。
「そーなのよあなた! よくぞ聞いてくれました!」
コニーベルは我が意を得たりとばかりに、何度もうなずいた。
「もーあたしがね~、こ〜んなになっちゃったのはー、ぜーんんんぶこの子のせいなのよ〜」
「は、はあ?」
なんか急に喋りがおばあちゃんぽくなったぞ?
「あのね、この子がまだちっちゃいときにあたし具合悪くなっちゃって、それでね、この子に治癒魔法かけてもらったのよ。この子のはすっごく効くから」
「はぁ」
「でもね、この子ったら治癒魔法かけっぱなしでお城の中、探検に行っちゃったのよ! そしたら治癒どころかこ〜んんなに若返っちゃって! もうたぁ〜いへん!」
「でも若くなったんだからいいんじゃ」
俺の言葉を手で遮って、氷の少女はブンブンと首を振った。
「今もね、若返り続けてるの、あたし」
「え? はぁぁあああ?」
「このままだと赤ちゃんになっちゃうわ」
「なんでぇぇえええ?」
「この島の魔力です」
ラッシュが静かに言う。
「魔法で消費する魔力がチャージされ続けているんです。魔界から」
「説明ありがとうラッシュさん。全然わかんない」
「……聞け、異邦人よ」
白い氷の少女は、急にシリアスな口調になった。
「お前のように異世界から引き寄せられ、あるいは迷い込む者が後を絶たない。それはこの世界、グラン・グランが別次元へ繋がっているからではないかと、推測している」
「別次元?」
「魔法とは本来、精霊の力を借りて自然界の現象を拡張・増幅したものだった。魔法によって水脈を豊かにし、良い地脈を拡げて土地を肥やし収穫を増やした。雷撃も火球も自然現象を増幅し圧縮したものだ。しかし『魔力』は違う……」
コニーベルはパンパンと手を叩き、天井を見上げた。
「あークマザサいる? ちょっとストーブ持ってきて。猫が凍りかけてるから」
「ラッシュゥゥゥ!」
俺は固くなった黒猫を揺さぶった。
「異邦人よ」
少女は再びシリアスな口調になって言った。
「『魔力』とは別次元から引き出される力を言う。その高次元の力はこの世界の物理法則さえ変える。無から膨大な質量を生み出し、重力さえ断ち切ることが出来る。この島のように」
ガチャン!
越冬隊員のような防寒コートのクマザサがストーブを置いた。
「この島は空だって飛べるんだぜ、驚いたかボケ」
しつけが必要なパンク忍者はコニーベルの脇に控えた。
「この島には別次元への門があるのよ」
ずっと黙っていたアヴィが、かすれた声で言った。
「子供だったあたしは、面白半分に……その門を開こうとしてしまったの」
「流れ出した『魔力』で治癒魔法は止まらなくなった」
コニーベルが言葉を続ける。
「それだけではない。門が開くのを防ぐためには『魔力』の流出増大を抑えなければならない。だからこの島を切り離し空を飛ばすことで膨大な『魔力』を常に使い続けているのよ」
「まさに浮き島として世界をさまよっているのか……」
「いやいやいや」
コニーベルとクマザサは一緒に手を振った。
「いつもはもっと南の海に浮かんでるんだけどね。ピンクランページがウムウの港に現れたっていう情報をつかんだから、今度こそつかまえようと急いで飛んできたわけよ。そしたらあんたたち、自分からこっちに向かってくるじゃない? ラッキーって」
「あ……」
たらりと冷や汗。船を走らせたのは俺だった。
「あたしは……『勇者』の導きだと思ってる」
アヴィは椅子から立ちあがった。
「おばあ様、いままで逃げ回っていてごめんなさい。もっと早くここに来て門を閉じるべきでした。でも、怒られるのが怖くて……」
コニーベルは深い吐息をつき、小さく微笑んだ。
「ほんとうに手のかかる子ね。でも許してあげる。門を閉じる力があるのは、あなたしかいないから」
俺はまじまじとピンクを見た。やっぱり凄い魔法使いなのかこいつ?
「でも、これが勇者ねぇ?」
コニーベルは腕組みをし、疑いの目で俺をジロジロ見た。
「さえない男じゃないか。ちょっと質問するよ、ほらこっちきて」
俺はあわてて進み、コニーベルの前に立った。
なんか面接受けるみたいだ。
「あんた、向こうじゃなにしてたんだい?」
「えと、主にバイトを」
「家族は?」
「母に姉が二人、双子の妹がおります」
「女系家族に男一人か。苦労してんだろ?」
「はい(泣く)それはもう」
「将来の夢は?」
「安定した老後」
「資格やスキル、特技とか?」
「資格はありませんが避けには自信があります。攻撃はまずアタリません」
「なるほど、じゃあ防御魔法を使えるようにしてあげよう」
「へ?」
コニーベルは人差し指でクルリと輪を描いた。
俺のからだが黄金色の光りに包まれる。暖かくて気持ちが良い。
しかし、光はすぐに消えてしまった。
「な、何だこれは……?」
クマザサが黒マスクの下で、ふんと鼻を鳴らす。
「防御魔法レベル1。だっせー勇者だぜ」
「あんたが本当に勇者なら……」
コニーベルは目を細め、うす青い瞳でじっと俺を見た。からだの中まで見透かされるようだ。
「この子を守ることも出来るだろうよ。しっかりおやり」
「え、あ? はい」
わけがわからないまま、俺はうなずいた。
馬の骨とかひどい言われようだが、少しは期待されているのかもしれない。
「では、続きは明日にしましょう。いいわね、アヴィリル?」
「はい。おばあ様」
ピンクは従順に頭を下げる。
クマザサが椅子を引き、白い氷の少女は優雅に立ちあがった。
髪飾りのリボンを揺らし、ドレスの長い裾を引いて大広間の扉に向かう。
「クマザサ、この者たちを寝室に案内してやりなさい」
「はい、お館様」
パンク忍者は俺を見てちっと舌打ちを忘れない。ほんとムカつくなこいつ。
「おばあ様」
ふいに、アヴィリルが声をかけた。
「お尋ねにならないのですか? 馬の骨の名前を」
なんだとぉぉ!
ピンクを睨みつけたが、あいつは真剣な眼で氷の少女を見つめている。
「そうだったわね」
コニーベルは足を止め、顎を上げながらゆっくり振り返った。
「……おまえ、名前は?」
「志堂勇士……ユージ・シドウです」
「……な?」
コニーベルは背を反らしたまま、目を見開いて叫んだ。
「なんですってぇぇぇっ!」




