第30話 新世界の始まり
「いってー!」
硬い床に尻から落ちた俺は叫び声を上げた。
「おしりが、おしりがぁぁぁああ!」
「ゆーじ!」
クマザサがぶつかるように抱きついてくる。
「よかった! 生きてる!」
「こ、ここは?」
俺はまぶしさに眼をしぱしぱさせながら周りを見回した。
大きな白くて広いドーム、大聖宮の真ん中だ。しかし中央にあった六角柱はなくなっている。
「急に柱が消えて、ゆーじたちが落ちてきたんだよ。っていっても1メートルもなかったけど」
「そうだ! アヴィは!」
「あっち」
ホールの真ん中、六角柱があった場所が階段状に高くなっている。
その一番上のステージにアヴィとベルガの姿があった。ふたりはなぜかレスリングのように互いの両手をがっしり握りしめ、力ずくで相手を押さえ込もうとしている。
「わ、わたしが王に、なるのだッ!」ベルガメイズがうめく。
「あなただけは、王にはさせない!」アヴィが叫ぶ。「あなたでは、みんなを、しあわせにできない!」
「甘いのよ! 政治はおバカじゃできないんだから!」
「あたしはバカじゃない! きっとこの国を良くしてみせる!」
「あんたじゃ無理!」
「あなたこそ!」
「ふんぬー!」
「ぐぬううう!」
俺はぽかんとして、髪を振り乱してつかみ合う二人を見た。
「なにあの女の戦い?」
「あの玉座に座った者が、新しい王になれるみたいです」
ステージには円柱のような白い石の椅子がせり上がっている。
王が座る椅子にしてはシンプルというかちょっとしょぼいぞ。
俺は階段ステージに足をかけた。
「アヴィ! いま助けに」
「こないで!」アヴィが俺を見て叫ぶ。「これは王家の」
「スキあり!」
ベルガメイズの足払いでアヴィはステージに倒れ込んだ。
「きゃあ!」
「だからあんたはバカなのよ! あたしが王になる!」
「しまっ……」唇を噛むアヴィ。
「そこで見ていなさい!」
俺は階段を駆け上がり、アヴィを抱え起こした。
「大丈夫か? 怪我は?」
「ゆーじ、あたし……!」
アヴィは俺にしがみつき、悔し涙を流した。
「……ほんとうにバカ……」
「もう頑張らなくていい! アヴィ! 俺がお前を守るから!」
「ゆーじ……」
「いつまでもやってなさい!」
ベルガメイズは吐き捨てると、円柱に腰を降ろした。
「これで私が、王よ!」
何も起きない。
「あ、あれ? おかしいな」
ベルガは何度もお尻を上げ下げした。
「どうして? どうして新王の布告が出ないの!」
「……行こう、アヴィ」
ジタバタしているベルガを見ながら、俺はアヴィを抱え起こした。
「魔力がなくなったらもう王様とか意味ないだろ。これからは国民自らが国を動かしていくんだ」
「そうだね。あたしも無理してたみたい。国のことよりも」
アヴィは疲れたように俺にもたれかかった。
「今はゆーじと一緒にいたい……」
「お、なんかデカイ椅子が出てきた。ちょっと休もう」
俺は床からせり上がってきた立派な石造りの椅子に座った。
「硬いけど座りやすい。いいねこれ」
「あ」
アヴィとベルガが目を大きく見開き、立ちすくんでいる。
「え? どしたの?」
ふぁふぁふぁふぁーんと、古風なファンファーレがドームに鳴り響いた。
「な、なんだぁ?」
アヴィとベルガが並んで俺の前に立ち、ひざまずいて頭を垂れた。
「王よ!」
「はい?」
「新王に祝福と栄光を!」
ドラモンの声が聞こえた。
「歴代の王もゆーじを王として認めている!」
ホールの壁に過去の王たちのレリーフが浮き上がっていた。
「おっさん!」
足を折っていたドラモンがホールの入口に立っている。その両脇にミナージュとコニーベルが。
「足は? 大丈夫なのか?」
「二人の回復呪文でなんとか歩けるようになった。魔力が消え去る前にな」
「なにか変な気分だよ」
コニーが指先を振る。
「力がなくなるっていうのはね」
「私はかえってすっきりしました」
ミナージュはドラモンに微笑む。
「なければないで、暮らしていけますわ」
「新時代だ!」
ドラモンは両手を広げ、高らかに声を上げた。
「魔力のない、誰もが平等な世界が始まるのだ!」
「だといいですけど……」クマザサがつぶやく。
「え、じゃぁ、あの最初の椅子は?」
「あれは后の座る椅子よ」ミナージュが言った。「座る順番があるの」
アヴィとベルガは同時に叫んだ。
「聞いてなーい!」
コニーベルはふんと鼻を鳴らした。
「ちゃんと習ったはずだよ。バカだね、ふたりとも」
「そんなぁ〜」
床に座り込むアヴィ。
「え、それじゃぁゆーじの后は?」
「は? 私?」
ベルガがきょとんとする。
「いや冗談でしょ、こんな変態の奥さんだなんて絶対イヤだからね!」
「変態じゃない!」
俺は鼻息荒く玉座から立ちあがった。
「どいつもこいつも勝手に決めやがって! 椅子に座ったら王様だなんて椅子取りゲームじゃないんだ! 次の王様は国民に選ばせろ!」
「なるほど、そういうこともあるな」ドラモンが深く頷く。「いい考えだ」
俺はアヴィに駆け寄り、手をとって立ち上がらせた。
「……逃げるぞ、アヴィ」俺は小声で言った。
「え?」ぽかんとするアヴィ。
「二人で逃げよう。そして、一緒に暮らすんだ!」
「……」
アヴィの眼から涙が流れ、そして花が咲いたような笑顔になった。
「……うん!」
「行くぞ!」
俺はアヴィと手をつなぎ、階段ステージを駆け下りた。
「ごめんみんな! さいならー!」
「ま、待てゆーじ!」ドラモンがあわてて叫ぶ。
「待ちなさい!」コニーベルが鋭く叫ぶ。「勝手なことは」
「行かせません!」
クマザサがコニーベルの前に立ちはだかった。
「たとえお館様でも、ここは通しません!」
「……クマザサ……あんた……」
「許してあげましょう」
ミナージュがおっとりと言った。
「みんないい顔ですよ。大人になったんですねぇ」
「そういうものなの?」
ドラモンが不思議そうに訊く。
「そういうものです」
ミナージュは、にっこり笑った。
俺とアヴィは王宮を抜け出した。
市街に出ると大勢の人々が混乱して歩き回っている。無理もない。即位式の朝から魔法戦艦同士の戦いがあり、王宮の宮殿も半分近くが墜落した戦艦に破壊されたのだ。
誰もが何が起きたのかわからず、正しい情報を求めている。街のあちこちで不安な顔の人々が集まっていた。
ただ人々がわかっていたのは、もう王政が力を失ったことだった。そしてこれからは民衆の自治の時代が来ることを、誰もが直感的に感じていた。
やがて王家の特権だった魔法の源である魔力がこの世界から消え去ったことを人々は知ることになる。
だがそうなる前に、すでに魔力は人々から求められてはいなかったのだ。どんなに強い力であっても、使い方を間違えればそれは誰からも望まれないものになる。
皮肉なことに、それがわかった時には、もうその力は失われていたのだが。
俺とアヴィは隠れ家に寄って服とお金を持ち、長距離の乗り合い箱車に飛び乗った。行き先も確かめなかったのだが、それはウムウの港行きだった。
俺とアヴィは狭くて硬い座席に座り、気がつくとお互いにもたれかかり、ずっと眠り続けていた。今までの疲労がどっと出てきた感じだった。
「お客さん、お客さん」
運転手に揺さぶられ、俺は眼を覚ました。
「ウムウの港ですよ。降りてください」
「あ、はい、すいません……」
俺はぼうっとして眼をこすった。
「アヴィ、降りよう」
箱車の停留所は、ちょうどバザールの前だった。
時刻はもう夕方で、中世のような建物に囲まれたバザール広場から見上げる夕焼けの空は藍色に色を変え、夜になり始めていた。
「なんだか懐かしいな……」
俺は声を落とした。
「……ここから始まったのか」
「本当に、不思議だね」
アヴィは俺の指をそっと握った。
「……行こうか、ゆーじ」
あの公園近くに安い宿をみつけた。部屋は狭いがベッドのシーツも清潔でシャワーまである。俺とアヴィはバザーで買ってきたサンドイッチを夕食にし、その後は交代でシャワーを浴びた。
ベッドは一つしかない。灯りを消した部屋に、シャワーを浴びたアヴィが戻ってきた。窓から差し込む月の光の中で、アヴィは身体にまいたバスタオルを落とした。肌に残った水滴が微かに光る。
「……アヴィ」
「……ゆーじ」
毛布の間に入ってきたアヴィの身体を抱きしめる。まだ濡れているアヴィの肌は冷たかったが、身体が重なった部分はすぐに燃えるように熱くなった。俺は柔らかなアヴィの中で、深い眠りに落ちていった。
顔に朝日が当たっているようで、目を閉じていても眩しくてたまらない。
……もう、朝か……。
ぼんやり目を開けて顔を起こすと、目の前に二人の女の子がしゃがみこみ、俺を心配そうに覗き込んでいる。
……あれ、なんか見たことあるよーな?
どちらも黒短髪でシャープな目つき、そして二人はそっくりな顔をしている。
「あ……未央と真央……?」
「やーっと眼が醒めた!」
未央は身体を起こすと、腰に手を当ててぷーっとふくれた。
「もー眠すぎだよお兄ちゃん! 早く朝ごはん作ってよー!」
「あとお弁当もね!」
真央も同じポーズで同じ顔をする。
「もーいない間大変だったんだから! 洗濯物も溜まってるからね!」
「は、はい?」
俺は万年床の上に起き上がってあぐらをかいた。
「あれ、ここどこだ?」
「家に決まってるでしょう!」二人で叫ぶ。
「あら、やっと起きたのねゆーじ」
ドアを開けて上の姉の美琴と、下の姉の鈴音が顔を出した。
「とりあえず大丈夫そうね。再召喚成功っと!」
「あ、あれ、アヴィ!」
俺はすぐ横に寝ていた大切な人の名を呼んだ。
「アヴィ! どこいった!」
「誰その人?」
未央が眼を細める。
「あ、あっちで恋人でもできたの?」
「まっさかー!」
真央が鼻で笑う。
「兄貴に限って、それはないない!」
「おい、鈴姉! 再召喚ってなんだよ!」
「だから再召喚よ。呼び戻したの」
鈴音は当然のように言った。
「ほんと勝手に連れてかないでほしいわよねー。我が家の労働力を」
美琴はバッチリメークの美しい顔をしかめた。
「まぁ母さんがうまくやってくれたわ。召喚術もすぐマスターしたし、さすが母さんね」
「母さん!」
俺は部屋を飛び出し、台所のテーブルでお茶を飲んでいる母親に駆け寄った。
「一体何が起きたんだ!」
「落ち着きなさいゆーじ」
母の美寿々は読んでいた英字新聞を置き、俺に視線を向けた。
「召喚術であなたを異世界から連れ戻したのよ」
「はい?」
「わからない?」
「なんでこっちの世界に魔法があるんだよ?」
「何言ってるの? 魔法はずっと昔からあるじゃない」
俺は椅子にへたりこんだ。
「なんてことだ……」
「どうしたの?」
初めて美寿々は真剣な眼で俺を見た。
「……ゆーじ、連れて行かれた異世界で何があったの?」
「グラングランから魔力がなくなった代わりに、こっちの世界に魔力が滲み出してきたんだ。世界が変わってしまった。いや」
俺は頭を両手で押さえた。
「これはもう違う並行世界だ。俺がいた世界じゃない!」
テーブルのスマホにメールが着信した。
素早く読んだ美寿々は娘達に声をかけた。
「阿佐ヶ谷商店街に魔物出現。すぐに出るわよ!」
「了解!」
「行くわよ、ゆーじ!」
美寿々は立ち上がり、腰帯に黄金の長剣を差し込んだ。
「勇者シドウの血統の力、見せてやろう!」
「あ、あははは……」もう笑うしかなかった。
それから俺は魔物退治の日々を送っている。魔法のスキルアップと剣術の鍛錬も怠らない。いつかまだこの世界にはない魔解門が現れ、魔王が出現した時に備えるためだ。そして高等魔法である召喚術も学んでいる。
おそらく人類最強の魔法使いであるピンク髪の少女を召喚するために。
そう。
おバカで可愛い。
最愛のピンクランページを!




