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第26話 魔法戦艦ピンクランページ

 第三皇女ベルガメイズの女王即位式の朝。


 王都グラン・ル・ルージュの空は暗く重い雲に覆われている。

 曇天の下をちぎれ雲が風に吹かれ飛ぶように走っていく。

 嵐が近づいているようだった。


 王都の中心に大通りが放射状に伸びるロータリーがある。

 その内側の円形広場に、大勢の市民が集まっていた。

 夜明け前から集まり出した人々は広場からあふれ、大通りを埋め尽くし、更にその数を増やしつつある。


 駆けつけた憲兵隊が群衆の中に分け入ろうとして、小競り合いが起き始めていた。


 円形広場の中心に大型の運搬用箱車が止まっている。

 その荷台の上に市民運動のリーダーたちが並び、メガホンを口に当てて叫んでいる。


「解放の時は来たーッ!」

 リーダーの一人、ひげ面の男が群衆をあおるように叫んだ。

「我々の怒りを解き放つ時がーッ!」


「そうだ!」群衆が声を上げる。


「市民の生活を踏みにじる圧政を!」

 別のリーダーが甲高く叫ぶ。

「いまこそ覆すのだ!」


「そうだ!」

「圧政反対!」

「暴政を食い止めろ!」


 アジテーションが聞こえるのは箱車の周辺だけだったが、群衆の怒声は波紋のように広がり、集まった数万の集団の後方にまで届いた。

 リーダーは群衆を見渡し、ひときわ高く叫んだ。


「即位反対!」


「即位反対!」群衆が一斉に叫ぶ。


「王政打倒!」


「王政打倒!」


「即位式を!」

 リーダーは両手を天に突き上げた。

「粉砕するぞーッ!」


 ウオオオオオオオオ!


 昂った群衆の雄叫びがうなりをあげて広がっていく。

 広場と大通りを埋め尽くした数万の人々が、ざわざわとうごめき、王宮の方向にむかって移動を始めた。


 集団の先頭には箱車が数台並び、若いリーダーたちが屋根に立っている。

 行進の最前列にはライフルを持った男たちが並んでいた。


 その数十メートル前方に憲兵隊が人の壁を作っている。

 既に集団にむけてライフルを構え、発砲する態勢を取っていた。

 指揮官の将校が接近する群衆にメガホンで解散を呼びかけているが、その声は喚声と靴音に飲み込まれ、一言も聞き取れない。


 ついに憲兵隊の指揮官が片手を上げた。

 対峙する市民集団の男たちが一斉に銃を肩に当てる。

 将校の手が振り下ろされる、その瞬間。


 突然、上空から瀑布のように雪が降り注いだ。


「うわぁぁぁぁ!」


 雪崩のような大量の雪は、憲兵隊を押しつぶさんばかりに轟々と落下する。

 集団の先頭は足を止めようとするが、後方から押されて大混乱になった。


「お、押すなぁぁぁ!」

「雪だ! いや、雪崩だ!」

「何が起きたんだ!」


 人々は大通りの上空を見上げ、大きな叫びを上げた。


「魔法船だ!」


 銀色の立体的な帆を張ったシルバー・ブリーズが、大通りの上、建物に挟まれた空間を十数メートルの超低空で音もなく滑空して来る。

 デッキから身を乗り出した白い服の女性が腕を振るたびに、周囲にいる憲兵隊が豪雪に埋まった。


「このまま突っ込みな!」

 コニーベルが艦橋に叫ぶ。

「猫! しくじるんじゃないよ!」


 大きな舵輪を持ったラッシュが前方の円形広場を睨んでいる。

 ラッシュは大通りからロータリーに出た瞬間、舵を大きく切った。

「にゃーっ!」


 地面にいる群衆はどんどん高度を下げて接近する魔法帆船から悲鳴を上げて逃げ出した。

 船体を傾け横滑りするように広場に突っ込むシルバー・ブリーズ。

 進行方向には市民運動リーダーの乗った箱車がある。


「逃げてーっ!」

 艦橋からアヴィが叫んだ。


「もう魔法などたくさんだーッ!」

 荷台に一人残ったリーダーが腕を突き上げて怒鳴る。

「魔法使いどもは、ひっこんで」


 シルバー・ブリーズの船底が広場の石畳を削った。


「うわーっ!」


 間一髪で逃げ出したリーダーをかすめ、魔法船は箱車を押しつぶして停止した。


「ちゃ、着底しました!」

 ラッシュが船長席のミナージュを振り返り、汗を拭った。

「うあー、まじあせったー!」


「ありがとうラッシュ。とても素敵な操船でしたよ」

 ミナージュがおっとりと微笑む。


「あの、早くしたほうが」

 クマザサがミナージュのドレスを引っぱった。


「あら、そうでしたわね。では」

 銀のドレスの淑女はすっと立ち上がると、優雅に腕を広げた。

「シルバー・ブリーズ、トランスフォーム!」


 一瞬で構築していた船体が消え、ラッシュやクマザサは一直線に落下した。

「きゃーっ!」


 いったん解体した魔法船は円形広場の中心で、大きなステージに再構築された。


「な、何だあれは!」

「何がおきたんだ?」


 突っ込んできた魔法船を避けようと身を伏せていた群衆が次々に立ち上がる。

 王宮に向かおうとしていた数万の人々は、今、全員が広場に出現したステージを見つめていた。


 ステージの中央にド派手なピンクの衣装を着たアヴィが立った。

 後方にはスピーカーが並び、照明が輝いている。

 アヴィはスタンドマイクをつかむと、声の限りに叫んだ。


「みんなーッ!」


 キーン!

 おそらく今までグラングランの市民が聴いたことがない大音量がスピーカーからほとばしった。


「ま、魔法だ!」

「ピンクの魔法使いだ!」

「ええーと、なんだっけ?」


「あたしはピンクランページ! みんな、あたしの歌を」アヴィが叫ぶ。


「ああ、あのおばかな王女じゃないか」

「どこ行ってたんだ? ていうかなんで出てきたの?」

「ひっこめー! バカ王女ー!」


 数万の群衆から激しいブーイングが飛ぶ。


「うううっ」

 思わぬ反応にたじろぐアヴィ。


「アヴィ! 歌え!」

 俺はドラムセットの場所から叫んだ。


「でも、みんなが……」


「大丈夫、みんな聴いてくれる!」

 俺はどよめきにかき消されないように声を張り上げた。

「恐がるなアヴィ! 歌うんだ! 思いっきり歌え!」


「……わかった!」

 スタンドマイクを握りしめたアヴィは左右に立つギタリストを見た。

「いける? パパ?」


「もちろんだ、アヴリル!」エレキギターを抱えた王様。


「魔王は?」


「すべてはレディのために」余裕の魔王デス。


 斜め後ろにコーラスのラッシュとクマザサがいる。


「ゆーじは?」


 俺はドラムセットの椅子に魔法ロボットを固定しようと悪戦苦闘中。

 ドラムは魔王がパターン入力したヴェルナントカが叩くのだ。


「ちょっと待って、金具がどっか飛んだ」


「仕方ない。ゆーじ、しっかり支えていろ」

 王様は前を向いた。

「始めるぞ!」


「うそぉぉお!」


 困惑しざわめく数万人に向かい、アヴィは静かに歌い出した。


 

 あてのない不安

 眠れない夜

 笑われそうな夢

 話せないでた


 今の場所から

 歩き出す勇気

 誰かから もらえたら

 変わることもできるんだと


 王様のギターが柔らかくアルペジオを鳴らし、アヴィの声をそっと支える。


 だけど気づいた

 恐れもためらいも 

 捨てはしなくていい

 吹き抜ける風が 背中を押す

 船出の朝は いつか来るのだと


 それが今だと 

 wow wow!


 ドラムが打ち鳴らされ、二本のギターが一斉に鳴り響く。

 パワーに満ちたその音は、大群衆を激しく揺さぶるように空間を駆け抜けた。


 Grand Blue!

 広がる 碧い海原

 さえぎるものはない

 白い帆が 風を受けて

 大きくふくらむ

 それは希望 

 それは明日

 風は未来へ吹いている


 Grand Blue!

 特別な日じゃない

 いつもの毎日

 でも遥かな世界 

 まだ見ぬ空

 進み出そう

 君を待ってる

 今始まる Sail on!


 共に 進んでいこう

 共に 生きていこう

 未来という海へ

 白い帆広げて

 いま進み出そう


 風は 吹いている



 数万人の群衆はしんと静まりかえっている。

 だがアヴィの歌声は確かに人々の心に届いているように思えた。

 群衆の荒れて昂ぶっていた感情が収まり、穏やかになっていたからだ。


「よくやったアヴィ」

 俺はほっと息を吐いた。

「これなら、即位式へのデモを止められるぞ!」


「まだまだァーッ!」

 アヴィが突然叫んだ。

「みんなーっ! 立ち上がれーっ!」


 えええええええ?


「今日、世界は変る! グラン・グランは変わる! でも、変えるのは王族でも法王でも魔法使いでもない! みんなだ!」

 ピンクの魔法使いは数万の群衆に向けて叫んだ。

「世界を変えるのは、みんなだーっ!」


 ちょ、なにアジってんだよ?

 暴動起こすつもりかよ?

 やめろアヴィ!


「世界を!」 

 アヴィはマイクを握りしめ、絶叫した。

「変えろォォォォッ!」


 ドッギャーン!

 ドラムとギターの轟音が炸裂した。

 曲調が一転し、重く叩き出されるビートに乗りディストーションのかかった攻撃的なギターリフが激しくかき鳴らされる。

 マイクを持ったアヴィがステージを走り、群衆に向かって拳を突き出した。


 Don't be afraid

 Don't shiver

 Raise your face

 and shout!


 You are the only one in the world

 Only one person

 There is no substitute

 Only in the universe

 All things of yourself


 叫べ

 誇らしく

 叫べ

 高らかに


 お前がお前自身であることを

 世界に宣言しろ


 全てが尊いひとりなのだと

 誰もがそうなのだと


 叫べ

 誇らしく

 叫べ

 高らかに


 そして自由を

 取り戻せ!


 今!


 

 ぴたりと演奏が止まった。

 群衆はあっけにとられて眼を丸くしている。

 演奏の残響が建物の間をこだまして遠ざかっていく。


 アヴィは、はぁはぁと喘ぎながらバンドを振り返った。

 ドラモンはギターを肩から降ろし、腕を伸ばして王宮の方角を指差した。


「真紅の烈女はかなりお怒りのようだな」

 王様は不敵にニヤリと笑った。

「……現れたぞ!」


 王宮の上空に真っ赤な雷光が走った。

 灰色の雲と王宮を結び、数十本もの深紅の稲妻が猛スピードで明滅する。

 閃光は急速に激しくなり、空間に真っ赤な光の塊ができた。


 ドン! バリバリバリ!


 空気をふるわせ轟音が響き渡る。

 広場の群衆は悲鳴を上げ、恐怖の眼差しを王宮の紅い光に向けた。


 紅い光を突き破って真っ赤な船首が現れた。

 深紅の魔法戦艦がその巨体を出現させ、建物の屋根をかすめる程の低空をロータリー広場に向かって一直線に突き進んで来る。

 赤い雷光をまとったその姿は、狂気を思わせるほど危険な凄みがあった。


「出やがったなアイアン・ルージュ!」

 俺はぶるっと身震いした。

「お前の攻撃は、全部俺が食い止めてやる!」


「では行こうか、アヴリル」

 ドラモンがさらりと言った。

「皆の力と心はお前と共にある。私たちを信じてくれ」


「ありがとう、パパ、みんな! じゃぁ、いくね!」

 アヴィは正面から接近する鋼鉄魔艦を見据えた。

「ベルガごめん。戦いたくなかったけど、あなたはどうしても止めなくちゃならないの」


 アヴィは大きく息を吸い、赤いカードを高くかざした。


「マジカル・コンストラクション!」

 四つの魔解門ゲドムゲートにつながったカードから強い波動がほとばしる。

「リアライズ! ピンク・ランページ!」


 ステージが突き上げられるように激しく振動した。

 床から戦艦の艦首が斜めに突き出し、そのまま船体が空に向かって伸び上がっていく。艦体が次々に実体化され、ステージ上の俺たちを取り込みながら巨大な戦艦となって空に舞い上がった。


 艦橋の窓から長大な前甲板が見下ろせる。

 ウムウの岬で黒服会に追われて構築した時の船とは比べものにならない大きさだ。あれが駆逐艦だとしたらこの船はまさに戦艦だった。

 ただし船体はピンクで艦橋や甲板にはお花の絵。砲塔はやっぱり猫の顔で、艦橋の後ろにはイルミネーションがピカピカ輝くでかい観覧車が回っている。あの時からいろいろあったけど、アヴィの頭の中はメルヘンカオスなままで、なにも変わってはいないようだ。

 

「だがそれでいい!」

 俺は腕を組み深くうなずいた。

「おばかのアヴィでいいんだよ!」


「なにか言った、ゆーじ?」

 後ろの艦長席からアヴィの低い声。


「いえなんにも」


 俺は艦橋の一番前にあるテラスに出た。風が正面から吹きつけて来る。


「危ないよ! ゆーじ!」

 クマザサが後を追ってきた。

「風で飛ばされちゃうじゃないですかー!」


「クマザサ!」俺は感激した。「心配してきてくれたのか!」


「いや、だから縛りつけておけって、みんなが」


 振り返ると全員が俺を見てサムアップしている。

 なんだそのいい笑顔は!


「おまえらー!」


 クマザサは細いロープで俺の胴をぐるぐる巻きにして、テラスのてすりに縛り付けた。


「ははは、このロープ、ラッシュでも切れないやつだよね」

 俺は固い縛り目をつかんでもがいた。

「てうかこんなでかい船まるごと包む防御結界なんて無理だから!」


「わかってます。コニーベル様からの伝言です」

 コニーとミナージュは広場のステージに残してきた。危険すぎるからだ。

 クマザサは俺の腕をつかんで引き寄せ、耳に口を寄せた。

「船のダメージは無視して、艦橋だけを守りなさい」


「……お、おう」


「みんなの命は、ゆーじにかかっている、と」


「……わかってるよ」

 俺は手を伸ばし、クマザサの髪の毛をわしゃわしゃした。

「お前らは絶対に守るからな」


「子ども扱いしないでください」

 クマザサは俺の頬に唇を押し付けた。

「これが終わったら、ほんとにキスしてあげます」


 艦橋の中に駆け戻っていく。


「……あのバカ、フラグ立てやがった……」


 嫌な予感しかしない。俺は正面に顔を向けた。


 真っ赤な鋼鉄魔艦がぐんぐん突っ込んでくる。

 主砲がまっすぐこちらを狙っている。このままだと直撃食らうぞ!


 そう思ったと同時にピンクの戦艦は急角度で船首を上げ、上昇を始めた。

 しかし相手からはこちらの船底が丸見えだ。撃ってくれといってるようなもんだ。


「アヴィ! 撃たれるぞ!」

 俺は縛られたまま、背後に叫んだ。


「大丈夫、照準は追いつかない」

 艦長席のアヴィは冷静に言うと赤いカードを両手で捧げ持った。

「最大船速に加速! みんなつかまって!」


 魔法戦艦ピンク・ランページが垂直に立ちあがった。

 いや、そう思えるほどの仰角で曇天の空に向かってフルパワーで上昇していく。

 打ち上げか!


 アイアン・ルージュの主砲が火を噴いた。

 しかし砲弾はピンク・ランページの船尾をかすめて飛去っていく。

 赤い戦艦も艦首を持ち上げて高度を上げ始めるが、その動きは重い。


 ピンクの魔法戦艦は分厚い雲の中に突入し、周囲は灰色の帳に覆われた。


「ラッシュ!」アヴィが叫ぶ。「市街地から離れて海に出て! そこで待つ!」


「はい、姫!」


 黒猫は戦艦を水平にもどし、舵を切った。


「レディ、深紅の魔艦はこちらの位置がわかるのか?」

 ラッシュの横に立った魔王デスが訊く。


「お互い強い魔力を放ってるから感覚でわかる。もう、追ってきている」


「なるほど。さて、どうするつもりだ?」

 魔王はドラモンに言った。


「そりゃあもちろん、ドーンといってバーン! だ」


「ふむ、なるほど」


「わかるの?」ラッシュがびっくりする。


「手段はどうあれ、敵船に乗り込む。ファンファンを倒すしかこの戦いは終わらないからな」

 魔王は黒猫を見つめた。

「我々の力を合わせれば、ファンファンを上回れるかもしれない。私と共に戦ってくれるか?」


「もちろん」

 ラッシュは魔王の手を取った。

「姫のため、そして……あなたのために」


 魔王デスは初めて躊躇ためらうような、苦しげな表情を見せた。


「……すまない……レディ。魔力を捨てて人間としてレディと生きる事もできたのだが……」


「いいえ、ファンファンの魔力をも得て魔界に還りましょう。そして倒すのです、暗黒王を」


「え?」

 ドラモンが口を挟んだ。

「暗黒王って、とっくに死んでるんじゃ?」


「ああ。今は魔界で大魔王をやっている」


「どんだけすごいんだよ……」ドラモンがぶつぶつつぶやく。


「海に出たわ。降下して、ラッシュ!」

 艦長席のアヴィが声を上げた。

「アイアン・ルージュを、迎え撃つ!」

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